仕事をしながら療養する
がん体験が健康診断で発覚し辞職。次の職場では告白し長期勤務

取材・文:菊池憲一 社会保険労務士
発行:2010年12月
更新:2013年4月

  
緒方真子さん 緒方真子さん

緒方真子さん(63歳)は1993年、46歳のとき、会社員だった夫の赴任先の米国で、子宮頸がん1B期の広汎子宮全摘手術を受けた。その5年後、日本で原発性の肝細胞がんのために2回目の手術。53歳から仕事探し。健康診断でがん体験が発覚、採用辞退という失敗にもめげず、老舗の食器販売会社に就職。がん体験を打ち明け、勤務を続ける。

大手食器メーカーに販売員として採用

緒方さんは1993年、米国在住中の46歳のとき、子宮頸がん1B期の広汎子宮全摘手術を受けている。96年に帰国。ところが98年12月、51歳のとき、人間ドックの超音波検査で肝臓に1センチほどの腫瘤が見つかった。自覚症状はなかった。精密検査でがんとわかった。子宮頸がんの転移ではなく、原発性の肝細胞がんだった。

神奈川県立がんセンターでの肝細胞がんの手術は、子宮頸がんの手術よりもつらく、手術後の1年間は心身ともに落ち込んだ。長女に「動けなくても本は書けるでしょう」と言われた。初めは時間つぶしに本を書いた。1年ほどかけてやっと書き上げ、2000年に体験記『がんよ、ありがとうがらし』を出版。本を出してから、心身ともに上向き状態になった。

がんセンター内の張り紙でがん患者会「コスモス」を知り、参加。すぐに打ち解けて、楽しい時間を過ごせた。新しい仲間と出会い、その後の経過は良好だった。2人の子供も自立しつつあった。夫の退職、再就職という厳しい現実とも向き合った。さまざまなことに後押しされ、社会復帰をめざして職探しを始めた。

仕事は食器販売を希望した。食器が好きだったからだ。大手の食器メーカー販売員の募集広告を見て応募。履歴書には健康状態良好と書いた。人事課の採用担当者から「お元気そうなので、大丈夫です」と言われ、社員並みのフルタイムで採用。周囲から祝福を受け、喜びに満ちていた。

働き始めてから、会社の産業医による健康診断を受けた。質問事項には「大きな病気をしましたか」「手術をしましたか」とあった。「ある」と回答すると、病名、手術などについても書かなければならない。少し迷ったが、働きづらくならないようにとの思いから、「なし」と回答した。

ところが、胸部エックス線検査で異常が見つかった。産業医から「精密検査が必要です」と言われた。肝細胞がんの手術の影響で、肺の一部が変形したように映った。それを知らずに、肺は大丈夫と思い込んでいた。再発、転移が不安なころでもあった。「再発かもしれない」と思って、「実は、がんの手術を2回しています」と、正直に産業医に話した。

翌日は休みで自宅にいた。会社の人事課から電話がかかってきた。正直に言わなかったことがいたたまれなかった。思わず、「採用はなかったことにしてください」と申し出た。担当者は、戸惑った様子で、「お引き止めはしません」と小声で答えた。このことでかなり落ち込んだ。フルタイムの勤務は無理だと思った。また、患者会の活動との両立も考えた。

仕事をまじめに、丁寧にしようと思った

そこで、横浜市の元町商店街にある老舗の洋食器専門店のパート勤務に応募した。海外のお客さんも数多く、英会話の能力も活かせると思った。社員数はパートを含め約20人。幸い、週3回、1日約6時間のパート勤務で採用された。01年、53歳のときだ。社長は温厚な人格者で、海外経験も豊富だった。2回のがん手術を正直に話せば、理解してもらえると思ったが、「海外で病気をした」としか言えなかった。

「私はがんで2回も手術をしたけれども、働かせていただいている。万が一、言わなければいけないとき、『でも、あなたはいてほしい』と言ってもらえるように、仕事をまじめに、丁寧にしようと思ってきました」と言う。

勤務地の支店は、6人のスタッフが交替で毎日3人勤務。勤務を始めて約1年後のある日、緒方さんも含め、4人のスタッフがのっぴきならない用事で、休まなければならなくなった。緒方さんは病院の検査日だったが、「はずせない用事」という理由で、休みを申し出ていた。「3人は休みの理由を述べている。私も言わなければいけない」というプレッシャーを感じた。もはや限界だと思った。

社長の次男である店長に、正直に2回のがん体験を話した。店長は「大事なことを話してくれてありがとう。これからもお願いしますよ」と、すんなりと受け入れてくれた。予定どおり検査もした。2年前に出版した自著を店長に手渡して、患者会活動のことも伝えた。気持ちがすっきりした。

「会社での人間関係もできていたし、仕事もおろそかではなかった、という小さな自負もありました。それで、正直になれたのかなと思います」

仕事と患者会活動を両立させている

週3日はパート勤務、それ以外の日は患者会活動に取り組む。患者会の旅行などのときは、会社の協力を得て交替勤務で対応。パート勤務と患者会はどちらも大切なもの。どちらも、楽しいこと、つらいことがある。会社と患者会の2つの場所を行き来することで、気持ちの切り替えができるという。

2回目の手術から11年目。健康状態は良好だ。月1回の外来検診、年2回のMRI検査と超音波検査で、早期発見・早期治療を心がける。

健康管理は一般の人よりも細やかだ。もちろん、異状があったらすぐに会社に連絡して、迷惑をかけないようにするつもりだ。

患者会でも、健康診断のことが時々話題になる。「私と同じような経験をしている人もいました。がんのことを言うべきかどうか、意見は分かれています。がん仲間が経験と知恵を出し合って、不安を解消し、気持ちの整理に役立てられたらいいなと思います」と語る。

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健康診断
労働安全衛生法は、事業者に「雇入れ時の健康診断」を義務づけています。雇い入れたさいの適正配置、入職後の健康管理に役立てるためで、採用・不採用を決めるためではありません。検査項目は、既往歴・業務歴、身体計測・視力・聴力、胸部エックス線、血圧、肝機能、尿、心電図などです。また、健康管理のために年1回の「定期健康診断」も義務づけています。検査項目は、雇入れ時の健康診断とほぼ同じです。


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