仕事をしながら療養する
高額療養費制度、がん保険を利用し入院費を自己負担せずに済んだ

取材・文:菊池憲一 社会保険労務士
発行:2009年10月
更新:2013年4月

  
野田真由美さん 野田真由美さん

野田真由美さん(現在、51歳)は、千葉県がんセンターの患者相談支援センターで、県の嘱託職員として、がん患者と家族の相談員を務める。自らの10年間の乳がん体験と、膵臓がんの実父を看病した体験を生かして取り組んでいる。パート勤務先では入院休暇や療養休暇、家族の看病のための休暇などを利用した。相談業務を通して、「医療負担の軽減など、公的制度の充実の必要性を痛感しています」という。

ホルモン療法をしながら、2カ月間の療養休暇後に職場復帰した

1998年4月、40歳のとき、主婦検診で左の乳房の異変を指摘された。5月、マンモグラフィの画像診断で、右乳房の乳管内に石灰化が見つかった。11月、生検で乳がんと診断された。がんの疑いがあるとわかってから、自宅のパソコンで乳がんに関する情報を必死に集めた。体験者のホームページにたどり着き、インターネットを通じて、たくさんの方から励ましを得たという。当時、千葉県内の自宅で、大手石油化学会社に勤務するご主人、子供3人、自身の両親の7人家族で暮らしていた。野田さんは、教育費や住宅ローンなどの家計を助けるため、財団法人のパートタイマー事務員として、1日6時間、週3日ほど勤務していた。ご主人の会社の健康保険組合の被扶養者だった。

乳房全摘手術、温存療法のどちらがよいのか迷ったが、治る確率の高さと、再発や転移への不安を小さくしたいという理由で、全摘手術を選んだ。

入院期間は、年末年始を含めて1カ月ほど。退院後のリハビリ期間を含めて、2カ月間の休みをセンター長に申し出た。「復帰後は、現在の雇用条件で受け入れます」との回答を得た。職場では、野田さんを含む4人のパートが交替で仕事をしていた。実は、そのうちの1人も乳がんで療養休暇後に職場復帰し、元気に働いていた。

「がん患者の先輩がいたため、職場の理解が得られやすかったです。同僚も気持ちよくカバーしてくれました。元気になれば働けると、心強かったです」と野田さん。

98年12月、右乳房の全摘手術を受け、病理検査で非浸潤性乳管がんと診断。リンパ節郭清はしなかった。入院費の支払いや、病院の窓口で支払った医療費の自己負担額が一定額以上になると支給される高額療養費制度の手続きはご主人の健康保険組合が行ってくれた。ご主人が加入していた民間のがん保険からも支払いがあった。幸い、入院費の自己負担はほとんどなかった。

99年1月に退院。再発予防のために、ノルバデックス(一般名タモキシフェン)を用いたホルモン療法をしながら、予定通り、2カ月間の療養休暇後に職場復帰した。仕事は、入院前とほとんど変わらずにできた。

膵臓がんの父の看病に専念するため今度は長期休暇を認めてもらう

退院直後、今度は実父が膵臓がんで入院し、その看病に追われる日々が続いた。

がん患者であると同時に、がん患者の家族としての苦悩に直面した。精神的にきつく、苦しい時期だった。そんな中、パソコンに向き合って自分の乳がん体験を綴ったホームページ「まゆりんの乳がん騒動記」を開設。書くことで、気持ちの整理もできた。また、サイトに集まってくれた人たちにメールで励まされ、支えられた。ネットを通じて知った患者会に入り、運営スタッフにもなった。

99年12月、退職も覚悟して、財団法人の上司に「実父の看病に専念したい」と申し出た。「しっかりと看病しなさい」という温かい言葉とともに、いつまでになるかわからない長期休暇を認めてもらった。00年1月11日、実父は旅立った。

再度の職場復帰も、従来と変わりなく勤務した。03年3月、5年間勤務した財団法人を退職。その後、パソコンインストラクターとがん関連雑誌のライター仕事を続けた。野田さんは、軟式テニスでインターハイに出場したほどのスポーツウーマン。地域で、主婦バレーボールも楽しむ。そのスポーツ仲間の紹介で、04年4月、医療・介護職関係の大手派遣会社に採用され、週3日ほど、総合病院薬剤部に助手として仕事を始めた。06年5月、千葉県がんセンターへ異動、予約事務を担当。数カ月後、病院事務局から「がん体験者による相談サービスを始めたいが協力してもらえないか」との打診を受けた。病院内に「ほっとステーション」コーナーが設置された。全国初の試みだ。「7年間、患者会、個人相談を行ってきた経験が生かせる」と考えて、引き受けた。ほっとステーションでは、ピアカウンセラー()と呼ばれた。ネット情報を一緒に調べ、上手な検索の仕方を手伝った。

「ピア(同じ立場の仲間)としての共感をベースに、正しい知識に基づいて対応することを心がけました」

ピアカウンセラー=相談者と同じ心の痛みがわかる経験者(当事者)として話を聞き、相談者の心の支えになろうとする人たち

「働きながら治療できる社会のしくみ、例えば、がん基金制度などがほしい」

相談者に寄り添った相談は、7カ月間で250件を超えるニーズがあった。07年4月、患者相談支援センターの相談業務にピアカウンセリングも組み込まれた。現在、室長の医師を中心に、室長代理の看護副部長、看護師1人、ソーシャルワーカー2人、ピアカウンセラー2人が在籍し、相談業務にあたっている。08年4月から、県の嘱託職員に採用された。健康保険・厚生年金、雇用保険に加入。医療資格なしで、相談経験を評価されての採用は、前例がない。

手術後、常に再発・転移の不安を抱えてきた。また、左乳房への新しいがんの発症が気がかりだった。半年に1回ペースで、検査を受ける。このときばかりは、弱くて、不安だらけの患者になる。どれだけ情報を持っていても怖い。不安になる。再発・転移したときは、抗がん剤治療をしなければならない。高額療養費制度を利用したとしても、毎月かなりの出費が必要となる。

「教育費、住宅ローンの支払いも残っています。家の経済状態を考えると、かなり厳しくなります。がん相談の中では雇用の問題や教育費、住宅ローン、医療費を抱えての闘病など、経済問題も多くあります。働きながら治療できる社会のしくみ、例えば、がん基金制度などがほしい」と言う。

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雇用保険の適用範囲の拡大
09年4月1日から、短時間就労者、派遣労働者の方の雇用保険の適用基準が変わりました。新しい適用基準は(1)6カ月以上の雇用の見込みがあること(2)1週間あたりの所定労働時間が20時間以上であること―です。従来は(1)が1年以上でしたが、適用範囲が拡大しました。雇用保険の事業主負担率、被保険者負担率ともに、従来よりも低くなりました。一定の条件を満たせば、失業したときの給付のほかに、家族を介護するための介護休業給付や、育児休業給付なども受けられます。失業等給付は、3月31日改正により、疾病などで自己都合離職した場合、特定理由離職者となり、受けやすくなりました。また、治療中は受給期間の延長もできます


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