仕事をしながら療養する
会長の「会社は待ちます」の一言で、安心して治療に専念できた

取材・文:菊池憲一 社会保険労務士
発行:2009年8月
更新:2013年4月

  
キャシー・松井さん ゴールドマン・サックス証券、
ストラテジストのキャシー・松井さん

キャシー・松井さん(44歳)は、ゴールドマン・サックス証券会社の汎アジア投資調査部門統括チーフ日本株ストラテジストを務める。36歳のとき、乳がんと診断された。会社のクリティカル・ケア・サポート室などのサポートを得て、休養後に職場復帰。06年、欧米の経済誌アナリストランキングで日本株式投資戦略部門1位に返り咲いた。

仕事も家庭も充実していた01年春、乳がんが見つかった

ストラテジストとは、高度な専門知識と分析力で、投資戦略を立案し、機関投資家やファンド・マネジャーにアドバイスする仕事である。

世界最大級の投資銀行であるゴールドマン・サックス証券は、グローバル企業のため、仕事は昼夜を問わず続く。

松井さんは東京・六本木ヒルズ森タワーに勤務し、毎日多数のミーティングと海外出張を繰り返しながら、多忙な日々を送る。

両親は日本人だが、自身は米国カリフォルニア州生まれの米国籍。ハーバード大学を卒業後、日本輸出銀行(現国際協力銀行)、バークレイズ証券会社を経て、1994年、ゴールドマン・サックス証券株式会社に入社した。2000年と2001年には欧米の経済誌アナリストランキングで日本株式投資戦略部門1位に選ばれるなど、輝かしい実績を持つ。同じ職業の夫との間に、2人の子に恵まれ、仕事も家庭も充実していた。

ところが、幸せいっぱいだった2001年春、乳がんが見つかった。36歳のときだ。世界を駆け回る多忙な仕事の合間に検査を受けたカルフォルニア州サンフランシスコの大学病院の医師から携帯電話で乳がんを告げられた。

家族性乳がんで、ステージ(病期)2と言われた。

「いつまで生きられるのか、仕事は続けられるのかどうか……」という不安に押しつぶされそうになった。

帰国後、上司の日本の支店長に事情を話した。たまたま、日本に滞在中の米国本社の会長(元米国財務長官)にも相談することができた。

「会社は待ちます。安心して治療に専念してください。元気になったら復帰してください」

会長の一言は、松井さんを勇気づけた。休暇をとって、治療に専念することにした。

米国の民間医療保険会社の保険に加入していたから、米国で治療を受けた

乳がんを告げられたとき、医学知識はほとんどなかった。

米国の病院でオンコロジスト(腫瘍内科医)をしている弟に、治療法を相談した。そして、米国の乳がんの専門医と病院を紹介してもらった。ある専門医から、電話相談に応じてくれる10人の乳がん患者を紹介してもらった。10人の先輩の乳がん患者に電話で、治療法の選び方や、治療による身体への負担などについて聞いた。先輩患者の元気な声は、大きな精神的支えとなり、励ましになったという。

会社のクリティカル・ケア・サポート室によるサポートも得られた。医師や看護師などの医療専門スタッフが、乳がんに関する最新の医学文献を探してくれた。自らもインターネットを駆使して、医療情報を集めた。日本の医師と病院にも相談した。そして、ストラテジストとして身につけた冷静な分析力と判断力で、最善の治療法を探し求めた。

結局、米国カリフォルニア州の病院で手術を受けることにした。

松井さんは日本語も堪能だが、母国語の英語を用いたほうが医師との意思疎通ができる、と思ったからだ。また、会社は米国の民間医療保険会社の医療保険に加入していたから、米国の医療制度を用いて治療をしたほうがよいと考えた。

人事部に、休暇届を提出した。医療費は、民間の医療保険会社から支払われる。休暇中、賃金の基本給は支給された。

手術で、リンパ節転移が見つかった。そのため、抗がん剤による化学療法と放射線療法、ホルモン療法も受けた。手術の入院期間は1週間ほどで、その後は、米国カリフォルニア州の実家で療養をしながら通院で治療を続けた。

「職場復帰後は、仕事と家族との生活バランスがとれるようになった」

療養中は、毎月、治療状況を人事部に報告した。

米国の実家で1歳の娘と過ごすうちに、「このまま、専業主婦をしていたほうがよいのではないか」と迷い始めた。夫と話し合った。

たまたま、読んだ本の中に、「がんこそが、これまでの人生で最高の贈り物」という言葉を見つけた。そして、「会社からサポートも得ているし、せっかく積み重ねたキャリアを捨て去るのは惜しい。とにかく、一度、復帰してみよう」と思い直した。

8カ月間の休養後、職場復帰した。かつらをかぶって出社した。

復帰後は、出張回数を少なくした。仕事の調整と工夫で、勤務時間が長くならないように心がけた。

週末は家族と過ごすようにした。夫も家事や育児を助けてくれた。

「職場復帰後は、仕事と家族との生活のバランスがとれるようになりました」という。

米国出身の自転車プロロードレース選手のランス・アームストロングは、職場復帰後の松井さんの大きな励みになった。アームストロングは、精巣腫瘍の闘病後、98年、27歳でプロに復帰し、99年から05年まで7年連続優勝を達成し、世界中のがん患者を感動させた。

松井さんの体調は、ゆっくりと回復した。そして、06年に、欧米の経済誌アナリストランキング日本株式会社戦略部門1位に返り咲いた。

「休養中は、もう元の自分には戻れないと思いました。1位に評価されて、やっと戻れたと実感しました」と語る。

松井さんは、国際金融業界のアームストロングを目指す。

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クリティカル・ケア・サポート室
ゴールドマン・サックス証券会社独自の社内組織。医師や看護師などの医療専門スタッフで構成されます。社員本人やその家族が、がんなどの病気になったときに、治療に関連する医療情報などを入手し、提供してくれます。そのほか、さまざまなサポートをしてくれます


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