仕事をしながら療養する
自身のがん体験を生かし、職場のメンタルヘルスケアに取り組んだ

取材・文:菊池憲一 社会保険労務士
発行:2009年4月
更新:2013年4月

  
武田雅子さん 「働き続けるために」が
人事のテーマという
武田雅子さん

武田雅子さん(41歳)は、36歳のとき、乳がんと診断された。3週間の休暇を得て、乳房温存手術を受けた。休暇中は、公休と年次有給休暇を利用。職場復帰後、産業カウンセラーの資格を取得し、実績を上げて人事部長に昇進。自身のがん体験を生かして、傷病によるリハビリ復帰のための短時間勤務制度の導入など、社員が働き続けられる制度つくりに積極的に取り組む。

「働き続けるために」が人事のテーマという武田雅子さん

武田さんは、大手クレジット会社の株式会社クレディセゾンの人事部長を務める。部下33名を束ねて、社員3072名の人事をマネジメントする。乳がんと向き合いながら、責任の重い仕事をこなしている。

乳がんを告げられたのは2004年4月、36歳のときである。1年ほど前に、乳頭に出血があった。04年3月頃、右の乳房にしこりが見つかり、4月初め、そのしこりが大きくなった。4月14日、多忙な仕事の合間をぬって大学病院を受診。翌朝、通勤途中に病院に電話を入れると医師は「乳がんでした。今日、来院できませんか」と言った。瞬間的に、「今日は面接が入っていますので……」と答えた。

その日は、30分刻みで次年度の新卒学生の面接が入っていた。学生と会社に迷惑がかかると思った。当時、営業計画部トレーニング課と人材開発課の2つの課長を兼務し、10名の部下と現場教育、社員採用から新入社員研修までを担当。とくに4月は、新卒採用面接や、現場への受け入れ研修を行う時期で多忙だった。課長としての責任もあった。

出社後、部長に「乳がんと告知された」ことを伝えた。部長の隣には役員もいた。部長は、武田さんに「すぐに病院へ行きなさい」と言った。部長と役員に促されて、武田さんはその日の午後、大学病院に行った。

主治医からは「粘液がんです。しこりは3.5センチ。乳房温存手術をしたほうがよいと思います」との説明を受けた。武田さんの決断は素早く、すぐに入院の準備と仕事のスケジュール調整を始めた。

04年5月24日に、入院。武田さんは、この休みを「しばらくゆっくり休みなさい」というメッセージとして受け止めた。入院して2日後、乳房温存手術を受けた。リンパ節転移はなかった。6月中旬に退院、入院期間は18日間だった。その後3日間、自宅で療養した。入院費用などは、民間の生命保険で支払った。休暇中の収入は、年次有給休暇の利用と健康保険の傷病手当金の支給でカバーした。幸い、入院治療による経済的負担はほとんどなかった。

職場のメンタルヘルスケアを学ぶために産業カウンセラーの勉強を始める

武田さんは、3週間の休暇後に職場復帰した。会社に迷惑をかけるわけにいかなかった。術後放射線療法を受けるため、毎朝、自宅から大学病院の外来に通院し、午前11時頃に出社した。

管理職だったから出社・退社の時間は自由だった。求められるのは成果だった。仕事量は、入院前と変わらず山積みだった。手術の影響で、利き腕の右腕が弱くなり、字がうまく書けなくなった。面接など、サポートしてもらって仕事をこなした。

6週間の放射線療法は仕事のやり方を工夫するなどして乗り切り、その後ホルモン療法を受けた。治療を始めてから、副作用の更年期障害に悩まされた。うつ状態に見舞われ、つらかった。1人になると、突然涙があふれてきた。感情の起伏が激しくなり、うまくコントロールができなかった。情報を集め、若年性乳がんの会に参加し、先輩から話を聞いた。

「病気やハンデを持っていても、とても幸せそうな人がいました。すごい仕事をしている人がいました。自分は甘いなと感じました。この経験をしていなかったら、自分が満たされていることに気がつきませんでした」と武田さんは語る。

うつに悩まされながらも、少しずつ生活することへの活力がわいてきた。

05年4月から、産業カウンセラーの勉強を始めた。職場のコミュニケーションや、メンタルヘルスケアなどを学ぶためである。(社)日本産業カウンセラー協会主催の養成講座で約1年間、主に週末に講義やカウンセリングの実習を受けた。うつになった社員への対応などについても学んだ。うつ体験を持つだけに、身体に染みるように、よく理解できた。体調がすぐれないときもあったが学び続けて、資格を取得した。

「養成講座で学んだ理論と演習は、人事の仕事にとても役立ちました。また、病気になった自分の気持ちや考え方を整理するうえでも非常に有益でした」(武田さん)

がん罹患後に人事部長に昇進し、短時間勤務制度を導入

08年春、人事部長に昇進した。がん体験と産業カウンセラーの知識をもとに、職場のメンタルヘルスケアに取り組んだ。嘱託産業医と看護師に社員のメンタルヘルスケアを依頼し、会社の方針をまとめた。

同年9月、病気をしても社員が働き続けられるように、リハビリ復帰制度を導入した。病気による通院や、身体的にきついときなどに、1日最高2時間まで就労時間の短縮を認める短時間勤務制度である。慣らし運転をして自信をつけてからフルタイム勤務に戻る制度だ。

例えば、Aさんはうつ状態で休職後、リハビリ復帰を希望した。産業医と面接後に、人事部長が就労時間を1日2時間短くしたリハビリ復帰を決めた。Aさんの所属部門の責任者に、残業と出張を禁止する就業制限を出して働きやすい職場環境を整えた。2週間ごとに産業医と面接をし、リハビリ復帰を続けて1カ月後に職場復帰した。

この短時間勤務制度は、がん患者が放射線治療などで通院するときにも役立つ。

「人事の仕事は、社員1人ひとりの力を最大限に発揮させながら、組織としてのパフォーマンスを発揮し、成果を上げることです。そこが腕の見せ所です。がん体験を仕事に生かし、みんなの人事部を目指しています」と武田さんは語る。

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リハビリ復帰の短時間勤務制度
傷病で休んだあと、一定の期間、就業時間を短くして、職場復帰がしやすいようにする制度です。育児のための勤務時間の短縮等の措置や、家族の介護のための勤務時間の短縮等の措置は、育児・介護休業法によって定められています。傷病によるリハビリ復帰に短時間勤務制度を導入している企業は全国でも数少ないようです


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