仕事をしながら療養する
ワーキングプアを体験後、仲間とともに就労セカンドオピニオンでがん患者を支援

取材・文:菊池憲一 社会保険労務士
発行:2009年2月
更新:2013年4月

  
桜井なおみさん HOPE★プロジェクトの
理事長を務める
桜井なおみさん

桜井なおみさん(41歳)は、37歳のとき、乳がんが見つかった。会社を約8カ月間休んで、全摘手術と術後化学療法、ホルモン療法を受けた。休職中は、年次有給休暇と健康保険の傷病手当金を活用した。職場復帰して約1年9カ月後、ホルモン療法の副作用(更年期障害)に苦しんで退職。雇用保険の失業手当などを利用しながら職探し。ワーキングプア体験後、やっと再就職先を得た。

中間管理職として働いていた37歳のとき、見つかった乳がん

桜井さんは、造園専門家である。大学卒業後、緑化事業を行う設計事務所に勤務した。社員数は約10名。平均年齢30代後半の若い集団だった。現場に出かけることが多かった。設計の締め切りに追われて、深夜になることもあった。多忙だったが、充実した毎日だった。中間管理職に抜擢されて、大きな仕事をまかされるようになった。

2004年7月、37歳のときだった。会社のがん検診で、右乳房に乳がんが見つかった。仕事の引継ぎを済ませ、すぐに手術を受けた。入院期間は年次有給休暇を利用した。年次有給休暇は、それまでほとんど利用してこなかったため、40日ほどあった。

04年8月、右乳房の全摘手術で、2週間ほど入院。腋窩リンパ節の切除術で、22個のリンパ節を取り除いた。

3年後には、胸壁にしこりが見つかり、大胸筋の部分切除手術を受けた。窓口で支払った治療費は、1回目の手術・入院が約25万円。2回目が11万円ほど。高額療養費制度を利用したため、医療費の一部は戻ってきた。

04年9月から05年1月まで、手術後の化学療法を受けた。エンドキサン(一般名シクロホスファミド)、ファルモルビシン(一般名エピルビシン)、5-FU(一般名フルオロウラシル)の3剤併用によるCEF療法という化学療法だ。その後、ホルモン療法が始まった。ゾラデックス(一般名ゴセレリン酢酸塩)を月1回ずつ2年間、3年目からはリュープリン(一般名リュープロレリン)を3カ月に1回ペースで受けている。

手術から化学療法の治療期間だけは、会社を休職した。健康保険から傷病手当金の支給を受けた。療養のため、仕事を4日以上休んで給料を受けられないときに支給される所得保障で、最長で1年6カ月受けられる。

通院のため、5日間を要する仕事を4日でこなす

桜井さんは、05年4月1日に職場復帰。外科や心療内科など、隔週1回の外来通院をしながら仕事を再開した。通院のため有給休暇はあっという間に無くなり、欠勤が増えて減収。

ホルモン療法による副作用(更年期障害)はつらく、早朝覚醒、骨粗鬆症、イライラ、うつ状態、ホットフラッシュなどが次々と起こり、精神状態が不安定になった。

仕事量や内容は、病気になる前とほとんど変わらなかった。それどころか、通院治療に要する時間を補うため、5日間で行っていた仕事を4日でこなさなければならなかった。会社では、CADと呼ばれるコンピュータを用いて設計・製図をしていたが、夕方になると右腕の握力が低下、マウスが握れない状態になった。

「がんは切ってからはじまる病です。手術後の補助療法や後遺症、病気への不安と向き合いながら仕事を続けることは容易なことではありません。私は、このままでは無理だなと思いました」(桜井さん)

がん患者の1/3人が転職・退職を経験しているという現状

06年12月に退職。退職後は、雇用保険の失業手当(基本手当)の支給を受けながら、新しい職場探しを始めた。しかし、条件に見合った職場はなかなか見つからなかった。

「仕事を失って初めて、仕事の大切さ、自己実現のために働いていたことがわかりました。仕事はアイデンティティなのです」と桜井さん。

フリーの造園専門家として働いたが、月収は手取りで10万円ほどにしかならず、収入は激減した。一方、ホルモン療法や検査などで、平均月3~4万円の治療費が家計をひっ迫し、治療費を支払うために働くような状態になった。「このままではワーキングプアになってしまう。強い危機感を抱きました」と桜井さんは言う。

08年2月、運よく、社団法人日本植木協会に職を得た。職員は5人。4人の職員は50~70代だ。同協会の入社面接を前に、桜井さんは、主治医に「病気のことを言ったほうがよいでしょうか?」と相談した。「業務に支障を及ぼすこと以外は言わなくてもいい」とアドバイスされた。そして、採用後、上司に病名を告げ、治療のために毎月数回、時間休暇をとること、半年に1回、検査のために数日休暇が必要なことを正直に伝えた。すると、上司は「自分も病気で通院中です。一緒ですよ」とさらりと答えた。この上司の対応に、桜井さんは、新鮮な驚きを感じたという。

桜井さんは、退職から再就職までの体験を通して、がん患者の就労と雇用について、強い関心を持った。08年7月、東京大学医療政策人材養成講座(HSP)4期生に合格をし、6人の研究員とともに「がん患者の就労・雇用支援に関する提言」(※1)をまとめて発表した。

アンケート調査(有効回答403人)で、がん患者の3人に1人が解雇、退職も含め転職を経験し、就労者の4割が収入減となっているなどの厳しい就労実態を明らかにし、がん患者が社会的弱者になりつつある窮状を社会に訴えた。

現在、桜井さんは、特定非営利活動法人HOPE★プロジェクト(※2)の理事長としても活動中である。

「09年には、仲間とともにCSR(※3)プロジェクトとして、働くがん患者のピアサポート(グループ療法)や就労セカンドオピニオン(個別相談)、働くがん患者のコミュニケーション・スキル・トレーニングを実施します。この問題は同世代の皆で考え、訴えていかなければならない問題。ご興味のある方はぜひお問い合わせください」と桜井さんは語る。

※1 「提言」は、東京大学医療政策人材養成講座のホームページで紹介されました。
※2 特定非営利活動法人HOPE★プロジェクトの活動はホームページで紹介されています。
※3 CSRとは、Corporate Social Responsibility で、企業の社会的責任

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就労セカンドオピニオン
がん治療後の働き方について、がん患者や家族の相談を受けて、支援する活動です。産業カウンセラーや、ソーシャルワーカー(社会福祉士)、産業医などが第3者の立場で、会社との話し合いの方法、雇用保険や健康保険、年金などの社会制度の活用法などについて意見を述べます


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