仕事をしながら療養する
「生活保護」のサポートを得ながら、治療と療養に専念する

取材・文:菊池憲一 社会保険労務士
発行:2008年8月
更新:2014年1月

  
岡本隆行さん 55歳で直腸がん手術を受けた
岡本隆行さん

岡本隆行さん(現在、56歳)は、派遣社員だった55歳のとき、直腸がんで手術を受けた。友人のアドバイスなどで退院後すぐに生活保護を申請した。現在、生活保護の支給を受けながら、通院外来で、抗がん剤治療を続ける。生活保護の医療扶助によって、医療費の自己負担はゼロになった。生活保護のサポートを得ながらしばらくは治療と療養に専念し、「体調が回復したら、たとえ半日でもいいから働きたい」という。

大腸の内視鏡検査で直腸がんと診断

岡本さんは、05年1月頃、東京都内の派遣会社の社員になった。派遣先の物流会社の倉庫で、電気製品などの仕分け作業に取り組んでいた。勤務時間はその日によって変わる。昼間は午前10時から午後5時、夜間なら午後6時から翌朝3時である。雇用保険、国民健康保険、国民年金に加入していた。雇用保険に加入したのは派遣会社が初めてだった。

若い頃は、調理やお菓子作りの職人として4年間ほど働いた。約10年間、建設現場で鉄骨の組み立て作業員として汗を流した。その後、個人経営の運送会社で運転手として働いた。国民健康保険と国民年金に加入していた。身体を動かし、汗を流して働くことが好きだった。

07年1月中旬頃、55歳のとき、貧血がひどくなった。ふらふらして歩けなくなった。近くの総合病院を受診し、輸血をしてもらった。その日、大腸の内視鏡検査を受けた結果、直腸がんと診断された。病気の予兆は06年8月頃からあった。便が真っ黒になり、しばらく血が止まらないこともあった。「変だな」とは感じつつも、病院に行くのが嫌で受診しなかった。

担当医から手術と術後の抗がん剤治療の説明があった。入院予定は3月下旬、手術は4月10日に決まった。手術後、用便の回数が増える、尿が出にくくなる排尿障害、性機能障害などがあるとの説明を受けた。「ショックでした。手術後の生活設計がまったく立たず、どうしたらよいのか、悩みました」と岡本さん。

すぐに、派遣会社の担当者に、入院日、手術予定日、手術後の早急な職場復職の難しさも伝えた。入院までの2カ月間は、いつものように働き続けた。現場で働いている間は、病気のことは忘れられたという。

福祉事務所に出向き、生活保護の申請

予定通り、07年3月下旬に入院。4月10日に手術を受けた。手術後のベッドの上で、退院後の生活について苦しみ始めた。

「入院費用は預金で支払えました。しかし、退院してすぐには働けません。収入がなければ、手術後の抗がん剤治療の医療費の自己負担や、国民健康保険料の支払いが難しくなります。仕事を失うことの厳しい現実をひしひしと感じました」(岡本さん)

見舞いに来てくれた運転手時代の友人に相談した。友人から生活保護の話を聞いた。相談しながら、「退院後は生活保護を受けるしかない」と思った。

07年4月19日に退院。派遣会社を退職。都内の住居を処分し、住民票を友人が住む千葉県A市に移した。すぐにA市の福祉事務所社会援護課に出向いて、生活保護の申請を行った。所定の用紙に必要事項を書き込んだ。面接室で、担当者から家族や、収入、預金、これまでの職歴などについて聞かれた。申請手続きはそれほど面倒ではなかった。申請してから2週間ほどで、生活保護が決まった。

岡本さんは、友人宅で2カ月間過ごしたあと、1Kの集合住宅に転居した。転居資金の支援も得られた。1人住まいを始めてから、家賃などの住宅扶助4万円、生活に必要な食費や光熱水費などの生活扶助8万円など、毎月12万円弱が支給されている。

医療費は生活保護の医療扶助で自己負担はゼロ

抗がん剤治療は、手術をした病院の紹介先の千葉県がんセンターですることになった。07年5月2日、抗がん剤治療をするために、右胸の下に、中心静脈リザーバーを造設した。自宅で持続点滴できる携帯型ポンプだ。そして、5月8日から抗がん剤治療を始めた。2週間に1度、外来通院でFOLFOX療法を受けた。通院化学療法室で、1回4時間ほど、5-FU(一般名フルオロウラシル)、ロイコボリン(一般名ホリナートカルシウム)、エルプラット(一般名オキサリプラチン)の3剤の薬の点滴治療を受けた。その後は、携帯ポンプで2日間かけて、5-FUを少しずつゆっくりと注入する。7月上旬から外来通院でアバスチン(一般名べバシズマブ)を加えた4剤の併用療法を続けた。さらに、08年6月初めからFOLFOX療法をFOLFIRI療法に切り換えた。これは、5-FU、ロイコボリン、カンプト(一般名イリノテカン)の3剤による治療である。

抗がん剤治療の医療費は、月40数万円から80数万円になる。しかし、岡本さんの場合、生活保護の医療扶助で、自己負担はゼロになる。毎月1回、福祉事務所社会援護課に顔を出して診察依頼書(入院外)の申込み用紙に書き込んで提出する。受理された診察依頼書を病院の窓口に提出する。この手続きで、岡本さんの医療費は、福祉事務所が直接、病院に支払うことになる。

「生活保護の医療扶助のおかげで、抗がん剤治療を続けられています。本当にありがたく思っています。診療費の内容を見ると、しばしば、申し訳ない気持ちになります。現状では、働くのは難しいです。非常に疲れやすく、歩くことはできますが、物を持ち上げたり、走ったりすると息切れがします。体調がよくなったら、半日とか1日でも働いて、行政の負担を少しでも減らせるようにしたいと思います」(岡本さん)

現在の1日の生活は、午前6時起床、朝食は午前7時、昼食は正午、夕食は午後5時、午後7時頃には寝るというリズムである。とくに、睡眠時間は十分にとって、心身を休めるようにしている。

また、物事を前向きに受け止めること、笑うこと、音楽を聴いて明るい気持ちになることに心がける。お気に入りの音楽は、ビートルズ、マドンナ、マライア・キャリー、坂本冬美などだ。部屋にいるときは、いつもCDや、FM放送などから明るい音楽を流す。気持ちと心構えは、すでに職場復帰直前である。

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生活保護法に基づいて行われています。生活保護には、(1)食費や光熱水費などの生活扶助(2)家賃などの住宅扶助(3)義務教育に必要な学用品代、給食費などの教育扶助(4)介護サービスが必要な場合の介護扶助(5)医療に必要な医療扶助(6)出産に要する出産扶助(7)技術を身につける、就職準備などの生業扶助(8)葬儀などの葬祭扶助の8種類があります。このほかに、転居資金や被服費などが支給されることがあります。介護費や医療費は、福祉事務所が本人に代わって、介護機関や医療機関などに支払います。生活保護世帯は、107万5820世帯(06年度)です


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