仕事をしながら療養する
肝移植を受けた患者とドナーのために役立ちたい

取材・文:菊池憲一 社会保険労務士
発行:2008年7月
更新:2013年4月

  
伊東寛さん 生体肝移植を受けた
伊東寛さん

不動産業者の伊東寛さん(現在、59歳)は、33歳でC型肝炎ウイルスによる慢性肝炎と診断され、37歳で肝硬変、42歳で肝がんを発症。手術、インターフェロン療法などをしたが、54歳で再発。56歳で生体肝移植を受けた。39歳のとき、20歳代から続けてきたコンビニ経営を断念し、自社ビルの管理運営を始める。障害基礎年金の支給を受けながら経営者として働き続けている。

37歳のときに肝硬変と診断

伊東さんが肝臓の異変を知ったのは、80年の春頃、31歳のときだ。肝臓の病気を示すGOT、GPTの数値がやや高くなった。33歳6カ月頃、A病院で、非A非B型肝炎ウイルスによる慢性肝炎と診断された。当時、C型肝炎ウイルスは発見されていなかった。治療法もなかった。慢性肝炎の原因がC型肝炎ウイルスによるものだとわかったのは、その10年後、90年頃だ。

伊東さんは、老舗の酒店の長男で、その経営を引き継いだ。酒類販売のできるコンビニエンスストアを中心に、石油燃料の配達、賃貸テナントなども行っていた。早朝から深夜まで、働き続けた。夏場は、とくに多忙だった。経営するコンビニ近くの逗子海岸は、海水浴客で賑わう。清涼飲料水などの配達に追われた。

肝炎に対する周囲へのイメージがあまりよくないこともあって、伊東さんは、病気のことを胸の奥に仕舞い込んで、仕事に打ち込んだ。飲酒と喫煙も止めた。しかし、過労が病状を進行させた。

37歳のとき、B病院で肝硬変と診断された。担当医から「治らないから治療ではなく、社会復帰を考えよう」と言われた。そして、後は言葉を濁した。当時は、余命の宣告やがん告知は絶対にしない時代だった。伊東さんは、自分で調べて、「5年はもたない。3年位で静脈瘤破裂による吐下血で、亡くなる方が多い」という意味を理解して、非常なショックを受けた。それでも、仕事を休まなかった。診断されて数カ月後、ようやく病院に2週間入院。その後は、近くのCクリニックに週2回通院し、肝機能を保つ強力ネオミノファーゲンCの静脈注射を受けながら働き続けた。

その頃、肝硬変は、障害年金の支給対象になる可能性があるとの情報を得た。伊東さんは、国民年金に加入していた。そこで、障害基礎年金の申請をした。肝疾患による障害の程度は、自覚症状や、検査成績、治療及び病状の経過、具体的な日常生活状況等により、総合的に認定される。「市役所の窓口で相談して申請しました。しかし、認定されませんでした。あきらめずに、1年ほど後で、再度、申請をしました。2回目も、検査成績などが基準に達していなかったとのことで、認められませんでした。残念でした」と伊東さんは言う。

ビルの管理運営と障害基礎年金で生計を維持

88年、39歳のとき、崖っぷちに立たされた。

肝硬変が悪化してD病院に入院した。コンビニなどの経営を辞めて、近くに新築したばかりの伊東ビルの管理運営に専念することにした。幸い、ビルの入居者はすぐに決まり、テナント料が入るようになった。生活設計の目途はつき始めたが、体調はあまりよくなかった。

42歳で、E病院で多発性肝臓がんと診断され、大きな衝撃を受けた。92年1月25日、43歳のとき、F病院で、13時間の手術で右葉の3つの腫瘍を切除した。手術後の6カ月間は熱が続き、苦しんだ。医療費の捻出などに不安もあり、障害基礎年金の3回目の申請をした。手術後の心身ともに苦しい時期の4月に、障害基礎年金の支給がやっと決まった。当時、長男と次男は小学生だった。障害基礎年金の額は、生計維持をする18歳到達年度末日までの子がいるときは、子の加算額が加算される。2人の子の加算額を加えた障害基礎年金額は年間124万7900円(現在の計算)になった。「医療費の捻出と生活を維持するうえで、大きな支えになりました」と伊東さん。ビルの管理運営と障害基礎年金の支給で、何とか生計を維持した。

46歳頃から、神奈川県の肝臓病患者会でボランティア活動を始めた。電話相談や、会報作成、ホームページの管理運営など、得意のパソコンのスキルを発揮して、患者会の活動に貢献した。

肝臓がんの再発後、生体肝移植で回復

再発防止のために、50歳から55歳までの5年間に5種類5回も最新のインターフェロン療法を受けた。毎回、39度の高熱が出て、悪寒で全身がガタガタと震えた。頭痛、食欲不振などの副作用に耐えた。医療費は、自己負担3割でも、年間約80万~100万円ほどかかり、その負担にも苦しみ続けた。残念ながら、手術後11年目の54歳のときに、肝臓がんが再発し、肝動脈塞栓療法や、ペグインターフェロン療法を受けた。当時、ペグインターフェロンは健康保険外で、治療費全額が自己負担だった。しかし、期待した治療効果は得られなかった。

04年の夏、通院中のG大学病院の担当医から「肝移植以外に治療法はありません。今年から肝移植が健康保険に適応されました。検討してください」と言われた。伊東さんは、肝移植の情報収集をしながら、迷い、苦しんだ。次男、励(当時、23歳)が臓器提供を申し出てくれたが、肝移植の直前まで、「56歳で、23歳の次男、励の善意に甘えてよいのだろうか」と、葛藤の日々が続いた。「今、思い出しても、想像を超えるつらい毎日だった」と伊東さんは語る。

05年3月23日、東京大学病院移植外科で生体肝移植を受けた。肝移植は成功。入院は42日間。この生体肝移植を含む05年の年間総医療費は460万円ほど。そのうち、国民健康保険の高額療養費から約240万円、民間生命保険から約160万円が支払われ、自己負担額は約60万円だった。肝移植から3年目が過ぎた。回復は順調である。

「肝炎は医原性の病気です。しばしば、抑えがたい恨みの感情がこみあげてくることもありました。幸運なことに、56歳で、次男の肝臓の提供を受けることができました。新しい命をもらったと思っています。今後は、肝移植を受けた患者とドナー(臓器提供者)のために、少しでも役立つことをしたいと思っています」(伊東さん)

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障害基礎年金
障害基礎年金は、初診日に国民年金の被保険者で、一定の保険料納付要件を満たし、障害認定日に障害等級1級または2級の状態にあることが必要です。自営業や農業など国民年金の第1号被保険者は区市町村の窓口で、会社員の被扶養配偶者である第3号被保険者は社会保険事務所で、相談してください。


神奈川県肝臓病患者会協議会・あすなろ会の連絡先

神奈川県鎌倉市手広4-15-9 TEL:0467-32-1583
伊東寛 移植HP(1)
伊東寛 移植HP(2)


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