仕事をしながら療養する
医師休診共済制度を利用し、入院中の医院経営をカバー
治療を受けながら診療を続ける

取材・文:菊池憲一 社会保険労務士
発行:2006年11月
更新:2013年4月

  
鈴木尚子さん すずき眼科クリニック院長の
鈴木尚子さん

鈴木尚子さんは、1990年10月に、眼科クリニックを開業。膠原病や白血病などにも詳しく、眼と内科疾患との関連を常に意識して診察に取り組んできた。
近くに新しいクリニックを開業した半年後、49歳のときに、卵巣がんの告知を受けた。1カ月間の入院・療養中は代診と休診共済制度などを利用して診療を続けた。現在も、抗がん剤治療を受けながら診療を行う。


鈴木さんの夫も医師で、総合病院に勤務する外科医だ。鈴木さんは、眼科クリニックでの診療と経営、1人息子の子育て、家事のすべてを切り盛りしてきた。気力も体力もあった。健康には自信があった。

「患者さんに対して、大切な家族や友人と同じように接すること」をモットーに診療に取り組んできた。その結果、眼科クリニックは開業当初から盛況で、看護・事務スタッフも当初の4~5人から6~7人に増えた。

診療のスペースに不足を感じ始めて、99年頃から戸建て医院への移転を考えるようになった。幸い、近くに土地が見つかり、3階建ての眼科クリニックを建設することにした。医院建築の専門家に相談して、患者さんに居心地のよい眼科クリニックを目指した。車の出入りがしやすいように建物の配置を工夫した。また、1階の診察待合室と診察室、2階の検査待合室と検査室をらせん階段でつないで、車椅子の患者さんはエレベーターを利用してスムーズに移動できるようにした。入り口から3階まで続く吹き抜けで、院内には光がたっぷりと注ぎ込まれる。診察室のナンバーなどはイエローで表示し、楽しい雰囲気にした。希望通りの眼科クリニックが完成した。建設のためにかなりの借金をしたが、満足だった。

新しいクリニックのオープン翌年に卵巣がんが見つかる

2004年9月、念願の新しい眼科クリニックがオープンした。しかし、その半年後の05年3月頃だった。鈴木さんは、妙にお腹がふくれてきたことが気になった。ダイエットをしても体重が増え続けた。

同年4月3日、夫の勤務先の総合病院で腹部の超音波検査を受けた。診断の結果、卵巣腫瘍と腹水が見つかった。その翌日、眼科クリニックから歩いて5分ほどの国際親善病院婦人科を受診して、腹水細胞診を受けた。3日後、上皮性卵巣がん(漿液性腺がん)の3C期と診断された。その当時49歳。診断結果の持つ重大性はすぐにわかった。

鈴木さんは、持ち前の決断力と行動力で、素早く対応をした。外科医の夫とも相談して、がん専門病院での緊急手術を決断。眼科クリニックの診療の体制を整えるため、国際親善病院眼科部長に「入院中と復帰までの期間、眼科クリニックで代診をしていただけないか」と願い出た。同病院眼科部長は、代診をすぐに受け入れてくれた。

「国際親善病院とは、開業して以来、ずっと地域での病診連携を通して懇意にしてきました。そんなこともあって、代診を快く受け入れてくれました。患者さんには事情をよく説明して、納得してもらえるように努力しました」(鈴木さん)

診断結果が出た翌日の2005年4月8日、がん専門病院に入院して緊急手術を受けた。卵巣と子宮を摘出し、腹水も取り除いた。同年4月11日夜から13日朝まで、第1回の抗がん剤治療を受けた。タキソール(一般名パクリタキセル)とパラプラチン(一般名カルボプラチン)の併用療法だ。幸い、副作用はほとんどなかった。

同年4月20日に退院。入院期間は13日間。退院後、しばらくの間、自宅療養をした。久しぶりにのんびりとした日々を過ごした。同年4月28日、がん専門病院に日帰り入院して第2回の抗がん剤治療を受けると、翌日から脱毛が始まった。

「わかってはいましたが、女性としては、やはりつらかったですね。もう1つ、開業医の場合、病気で働けなくなることが一番困ります。かなりの投資をして、新しい眼科クリニックがやっと軌道に乗り出した矢先でしたから、とても悔しかったです。ただ、がん患者という立場になって、患者さんの気持ちが少しはわかるようになった気がします。もっと患者さんの気持ちを大切に考えていきたいなと思いました」と鈴木さんは話す。

31日間で診療に復帰「仕事があるから生きていける」

2005年5月9日(月)、予定通り、診療に復帰した。緊急入院してから診療復帰まで31日間だった。復帰まで1カ月間の経営は、開業医が病気などで休診や代診で診療をした場合に所得の補償を行う、医師休診共済制度と呼ばれる制度を利用した。健康保険法の傷病手当金の支給も受けた。「これらの制度を使って、1カ月間の代診期間中の経営は、何とか借金をせずに乗り切ることができました」と鈴木さん。

また、がん保険にも加入していたため、医療費の捻出もできた。高額療養費制度も利用した。入院中の医療費については、それほど負担には思わなかったという。

復帰後は、9月中旬まで、隔週リズムで合計12回、休診日に外来で抗がん剤治療を続けながら診療を続けた。

翌2006年1月、再発。現在は、抗がん剤を替えて、代診で協力を得た国際親善病院で治療中だ。抗がん剤は、副作用として吐き気を伴うことが多い。鈴木さんも軽い吐き気を感じることもあった。しかし、診療中は、副作用はまったく感じない。

「診療に集中している間は、抗がん剤の副作用はもちろん、病気のことも忘れています。仕事は、吐き気止めよりもずっと効果があります。私にとって、仕事は自分らしく生きるために必要なものです。仕事で生かされている。仕事があるから生きていけると実感しています」と鈴木さんは言う。

もしものときは、新しい眼科クリニックから歩いて5分の国際親善病院婦人科でと決めている。

「患者さんから『あの先生、3日前まで元気で診察していたわよ』といわれるような最期がよいかなと思っています。それに、今はとても幸せを感じています。夫と子供と過ごす時間が多くなったからです。家族の絆が戻ってきたと感じています」

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休業補償
健康保険法(政府管掌)に加入中に、病気で働けなくなった場合、療養中の所得保障として傷病手当金(給与の6割ほど。最長1年6カ月)が支給されます。商工会議所や民間保険会社にも、一定の所得補償をする保険商品の「休業補償」があります。商工会議所には国民健康保険法に加入中の個人事業主向けのプランもあります。


すずき眼科クリニック
〒245-0008 神奈川県横浜市泉区弥生台2-7-7
TEL 045-812-8653  FAX 045-812-8693
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