仕事をしながら療養する
早期退職直後に腎臓がんを発症
雇用保険法の基本手当と60歳からの老齢厚生年金を受ける

取材・文:菊池憲一 社会保険労務士
発行:2006年7月
更新:2013年4月

  
田鎖里美さん 田鎖里美さん

田鎖里美さんは、57歳で倉庫・運輸関係の会社を早期退職。失業して2カ月後、腎臓がんが見つかった。手術後、雇用保険法の基本手当の支給を受けながら就職先を探す。療養と就職活動中に、荷造りテープを素材にした作品作りに出合う。60歳からは年金の支給を受けながら作品作りに情熱を注ぐ。


田鎖さんは、2000年12月中旬、胃に痛みを感じて近所のかかりつけの病院に駆け込んだ。腹部の超音波検査などで胃潰瘍とわかった。そのとき、腎臓の異状も疑われた。泌尿器科の医師から「精密検査が必要です」と言われて、CT(コンピュータ断層撮影法)とMRI(磁気共鳴画像法)の検査も追加した。約1週間後、田鎖さんは、CTとMRI検査の画像を持って、その泌尿器科医師から紹介された都内の総合病院泌尿器科を受診した。担当医は「腎臓がんです。手術で切除したほうがよいですね」とあっさりと言った。57歳のときだ。

田鎖さんは、その日のうちに入院の手続きをした。「入院日が決まったらご連絡します」と言われたが、入院日がなかなか決まらず、不安な毎日を送った。「どんな手術を受けて、将来どうなるのか、本当に不安でした。がん告知だけでもつらいのに、会社を早期退職して失業状態でしたから、精神的にかなりきつかったですね」と田鎖さんは、当時を振り返る。

がん告知を受ける2カ月ほど前の00年10月末、田鎖さんは、約18年間勤務した倉庫・運輸関係の会社を早期退職したばかりで、失業中だった。退職した日の翌日、公共職業安定所に出かけて、求職の申込みと離職票を提出。雇用保険法の基本手当を受けながら就職先を探し出そうとした矢先に、胃が痛み始めた。そして、がん告知を受けた。

会社側の都合で早期退職。直後に腎臓がんの告知

田鎖さんは、60歳の定年まで勤務するつもりだった。しかし、会社側の都合で、早期退職となった。その会社の常勤社員は50人ほどで、パートタイマーを含めて約100人が働いていた。常勤社員の半分近くが早期退職となった。「早期退職の話をされたとき、これまで一生懸命働き続けてきたのに冗談じゃないと腹が立ちました。しかし、いずれ退職しなければならないと覚悟して、早期退職に応じました」と田鎖さん。

01年1月中旬、やっと都内の総合病院に入院した。そして、右の腎臓の全摘手術を受けた。手術は1時間ほどで終わった。入院期間は20日間。病院の窓口で支払った医療費は43万円ほど。高額療養費制度で27万円ほど払い戻しがあったため、医療費の合計は16万円ほどだった。

田鎖さんは、退院後、療養を優先した。手術後半年ほどは体力が落ちて、思うように身体が動かなかった。雇用保険法の基本手当の支給を受けて、あせらずに就職先を探すようにした。基本手当は01年の夏頃まで受けられた。その後は、妻のパートタイマーの仕事に支えてもらって、貯金を使いながら仕事を探し続けた。手術後10カ月目の01年の暮れ、新聞の折込み広告を見て、お歳暮の宅配のアルバイトを1カ月間行った。手術後初めての仕事だった。

手術後1年を過ぎた02年の春頃から就職先を積極的に探し始めた。田鎖さんは、倉庫・運輸関係の2つの会社に合計約38年間勤務し、管理業務を中心にした仕事を続けてきた。その経験を生かせて、なるべく体力を必要としない仕事を探した。しかし、就職先はなかなか見つからなかった。「倉庫業やマンション管理などの仕事を希望して会社の面接試験を受けましたが、採用してもらえませんでした。そこで、人材派遣会社に登録し、倉庫業の契約社員として、半年契約で2カ所の倉庫で働きました」と田鎖さん。

60歳で老齢厚生年金の受給手続き。その後は紙バンド作品作りに打ち込む

ある日、地方銀行が主催する年金講座に出かけた。年金のことが気になったからだ。

「私の場合、60歳代前半の老齢厚生年金という制度によって、本来受けられる満額の老齢厚生年金の額の一部が60歳から支給されるとの話を聞いて、大変心強く思いました」と田鎖さんは語る。

また、田鎖さんは、仕事以外の生きがいも追い求めていた。妻の勧めもあって、息子が通学中の学校の文化祭に出かけた。そこで、自然素材(クラフト)の荷造りテープを編んで買い物や小物入れ、花瓶のカバーなどを作った紙バンド作品に出合った。竹細工の竹の代わりに荷造りテープを使って創作したような作品が並んでいた。もともと木工や彫刻などの手作業が好きだった。「これなら趣味として取り組めるのではないか」と思った。それ以後、紙バンド作品の参考書を購入して、独学で編み方などを学んで、小物入れなどを作り始めた。

04年春、60歳になった田鎖さんは、社会保険事務所で年金請求の手続きをした。手術をしてから3年が過ぎていた。「長く勤務できる就職先はなかなか見つからず、仕事は不安定でしたが、年金が支給されることになって、精神的にすごく安心できました」(田鎖さん)。

年金の支給後、田鎖さんは、紙バンド作品の創作にエネルギーを注ぐ。1つの作品を完成するのに2~3日かかる。月間10~15点ペースで作る。作品は町会のバザーやフリーマーケット、手作り品の店などで販売する。05年6月、地元の文化会館で紙バンドのサークル(K&Kサークル。会員12名。月2回)を結成。代表としてサークル運営に取り組む。中学校に紙バンドの講師として招かれたこともある。紙バンド作品は中高年を中心に静かなブームだという。

今年5月、新幹線の新富士駅ステーションプラザFUJIで「第2回全国紙バンド作品展in富士」が開催された。全国各地から約200点の作品が集められた。田鎖さんも2つの作品を出展し、見学に行った。「すばらしい作品が展示されていました。刺激を受けました。もっとよい作品を作りたいと思います。仕事としてはまだ成り立ちませんが、もの作りは楽しいです」と田鎖さんは目を輝かす。

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60歳代前半の老齢厚生年金
原則として、老齢年金は65歳から支給されます。ただし、厚生年金の加入期間が1年以上で、老齢基礎年金の受給資格期間(25年以上)を満たした人は、60歳から65歳まで老齢厚生年金の一部が支給されることがあります。社会保険事務所で相談してください。


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