仕事をしながら療養する
アスベストの粉塵で肺がんを発症 労災保険法の適用で治療の費用を全額補償

取材・文:菊池憲一 社会保険労務士
発行:2004年8月
更新:2013年4月

  

アスベスト肺がんの怖さと労災認定
のことを多くの人に知ってもらいたい
と語る五月電気工業有限会社社長
の齊藤文利さん

工事現場で飛散するアスベスト

五月電気工業有限会社社長の齊藤文利さん(66歳)は、40数年間、主に鉄筋コンクリート造の新装店舗の電気工事に取り組んできた。店舗の天井や壁にはアスベスト(石綿・発がん物質)が断熱材として吹き付けられていた。電気工事は天井や壁をくり抜いて行うため、工事現場ではアスベストの粉塵が大気中に飛散し、作業中に吸い込んでしまう危険があった。

また、作業中のけがや事故、通勤災害を起こすこともある。従業員7人の小さな会社なので、齊藤さん自らが現場に出向くことも多かった。従業員はすべて労働者災害補償保険法(以下、労災保険)に加入し、仕事中のけがなどにはさまざまな保険給付が受けられる。労働者でない中小事業主等は労災法の対象外だが、一定の要件を満たせば特別加入できる制度がある。

そこで、10数年前、齊藤さんは特別加入制度を利用して労災保険に加入。齊藤さん自身も労災保険の保険給付が受けられるようにした。また、建設業関係で働く人たちの国民健康保険組合の組合員(被保険者)になり、病気になったときに備えた。労災保険と国保組合の保険料は毎月合計3万円(本人分)ほどだった。大手企業から定期的に電気工事の仕事を受注できたため、経営は順調だった。

喉頭がんに続き肺がんを発症

ところで、96年4月頃、齊藤さんはA病院耳鼻科で喉頭がんと診断された。実は、91~92年頃から会社で電話をかける際に、息が苦しくなって、声が続かないなどの症状が現れていた。通院しながら様子を見てきたが、喉頭がんとわかり、放射線治療を受けるために紹介先のB大学病院に入院した。6週間(土日祭日除く)通院し、照射を続けた結果、声が出るようになった。

ところが、2年後の98年4月、B大学病院で肺のX線検査を受けたところ、肺に影が発見された。すぐに呼吸器科で肺の生検をした結果、今度は早期肺がんと診断。手術を決意し、98年5月24日に入院。6月7日に右肺の3分の2を切除し、7月7日に退院した。当時、保険診療分は国保組合が全額負担し、本人負担なし(現在は3割負担)だったから入院治療費はあまりかからなかった。入院期間中は傷病手当金1日3000円(現在は1日4000円)も支給された。「医療費の負担が少なくて非常に助かった」と齊藤さん。手術後は、ちょっと体を動かすと呼吸が苦しくなるため、現場にはほとんど行かなくなった。

術後1年が過ぎた頃、呼吸状態を調べるため、A病院に検査入院。血液中の酸素の量を測定した結果、酸素吸入が必要と判明。酸素吸入器を自宅に1台、携帯用に1台備えて、酸素補給を行うようになった。寒かったり、汗をかいて体温が下がったりするとしつこい咳に見舞われた。咳止め薬を飲んで20~30分後にやっとおさまるような状態が続いた。とくに温度変化の激しい春と秋には夕方、微熱が出て体調が悪くなった。

肺がんの原因がアスベストと判明

2000年10月、国保組合の顧問医の名取雄司医師と東京労働安全衛生センターのスタッフが訪ねてきた。「アスベストが原因で肺がんになったのかもしれない。切除した肺組織を調べてみたい」という。そこで、B大学病院胸部外科に協力を依頼し、切除した肺組織のプレパラートを提供してもらった。顕微鏡下で調べた結果、肺1グラム中に数千本ものアスベスト小体が発見された。名取医師は「アスベスト肺がんと軽いアスベスト肺(アスベストで起こるじん肺)」と診断した。

仕事中にアスベストを吸ったことが原因なので労災保険の適用になる。東京労働安全衛生センターの飯田勝泰事務局長は、すぐに療養補償給付の支給請求書を作成し、労働基準監督署に提出した。02年4月、労災認定が決定。00年10月以後、通院で支払った治療費が齊藤さんに支給された。

また、通院や体調が悪化して仕事を休まざるを得ないときは休業補償給付が支給される。労災認定後、齊藤さんは診察担当医の証明を書いてもらって毎月、休業補償請求の手続きを行っている。

「肺がんの手術後は事務所内の仕事、デスクワークしかできません。幸い、社員の頑張りで会社は維持できています。中小企業の場合、事業主が病気をすれば収入がなくなるだけでなく、医療費の支払いとダブルパンチを受けます。労災保険に特別加入していたおかげで、医療費が全額支給され、休んだときにも休業補償給付が支給されます。大変助かります」と齊藤さん。

今年2月、齊藤さんらが世話人になり、「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」を発足。患者・家族の交流、医療相談、労災申請などを目的に活動を始めた。「自分が体験したアスベスト肺がんの怖さと労災認定のことを多くの人に知ってもらいたい」と齊藤さんは意欲を見せる。

アスベスト小体=体内に入ったアスベスト繊維のまわりにタンパク質が付着したもの。がんを引き起こす原因といわれている
じん肺=粉塵を吸引することでおこる肺疾患
中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会=04年2月発足。事務局=東京都江東区亀戸7-10-1 Zビル5階 中皮腫・じん肺・アスベストセンター内 
電話:0120-117-554 FAX:03-3637-5052

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特別加入制度
労災保険は労働者の業務災害・通勤災害について補償を行う保険で、中小事業主や自営業者とその家族従事者などは対象外だ。しかし、中小事業主などは労働者に準じた保護を必要とする者がいるため、そうした者にも労災保険の利用を認めようとしたのが「特別加入制度」である。特別加入できる中小事業主等は(1)常時50人以下の労働者を使用する金融業、保険業、不動産業、小売業 (2)常時100人以下の卸売業、サービス業 (3)常時300人以下のその他の事業。特別加入するには労働保険事務処理を労働保険事務組合に委託するなどの要件がある。

療養補償給付
業務災害による傷病に必要な治療が労災病院などで、無料で受けられる。

休業補償給付
業務災害による傷病の療養で労働することができない日が4日以上になった場合、休業4日目から1日につき給付基礎日額(平均賃金に相当する額)の6割相当額が支給される。また、休業4日目以降、休業特別支給金(給付基礎日額の2割相当額)も支給されるから、給付基礎日額の8割相当額が支給される。特別加入では3500~2万円の13階級の中から特別加入者の希望する額に基づいて、都道府県労働局長が決定。その額の8割が支給される。

中皮腫・じん肺・アスベストセンター

03年12月発足。アスベスト被害者の相談に応じる。療養・休業・遺族補償給付についても相談できる。
電話:03-5627-6007 FAX:03-3683-9766


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