仕事をしながら療養する
急に仕事復帰せず、徐々に体と心を慣らす「リハビリ復職」のすすめ

取材・文:菊池憲一 社会保険労務士
発行:2004年3月
更新:2019年7月

  

「患者さんと一緒に考えることで気持ち
の整理に役立てれば」と語る、国立
がんセンター中央病院「患者・家族
相談室」の大松重宏さん

復帰した職場にうまく適応できない悩み

国立がん研究センター中央病院の「患者・家族相談室」では入院・外来通院している患者を対象に職場復帰の相談に応じている。社会福祉士の大松重宏さんは、がんの治療は成功したにもかかわらず、職場復帰後、うまく適応できず苦しんでいる患者に何人か出会った。

「そうした患者の話を聞いていると、ほとんどが職場復帰のために何の準備もしていなかったことに気がつきました。そこで、職場復帰前にリハビリ復職なるものをしたほうがいいのではないかと思ったのです」と大松さんは言う。

「患者・家族相談室」では病棟に「職場復帰するあなたに」というタイトルのパンフレットを配布して、退院や職場復帰を前に心配ごとを抱えている患者に相談を呼びかけている。 大松さんが対応した相談ケース(プライバシー保護のため、実際の事例とは内容を変えています)を二つ紹介しよう。

ケース1  休職期間を利用して体を慣らす

40代前半の男性で大手金融機関に勤務。健康診断で早期胃がんが発見された。職場には病名や今後の見通しなどをすべて説明し、手術を受けた。ここ1年、大きなプロジェクトの陣頭指揮をしてきたため、すぐにでも職場に戻りたくて少し焦っていた。担当医も職場復職は可能と言ってくれた。

しかし、「復職したら周囲に迷惑をかけたくありません。あと1カ月は休職できるので、その間に何らかの用意をしたいのですが……」とアドバイスを求めてきた。

そこで、大松さんは「職場に産業医がいらっしゃると思います。相談してみてはいかがでしょうか。私がアドバイスできることは、まず少しずつ身体を慣らしていくということです」と答えた。そして、次のような提案をした。

例えば、休職期間の1カ月を四つに分けて、第1週は通常の通勤経路で職場まで通ってみる。また、近隣の図書館を仮想の職場として、仕事をしてみる。第2週は、スーツを着て、職場まで挨拶がてら伺ってみる。できれば、半日位書類を整理してみる(職場の許可が取れれば、3日間半日挑戦)。第3週は、1日置きに、1日をフルで仕事の準備をしてみる。第4週は、月、火とフルで職場にいて水曜日は休み、また木、金と職場にいる。このプログラムは、あくまでも職場での了解が得られることを仮定してのものだ。職場の了解が得られない場合には、近隣の図書館を仮想の職場として、同様にやってみるのもいい。

「身体を慣らしていくプロセスで、心の準備ができてきます。また、完全に復職しても、1カ月くらいは残業を控えたほうがいいと思います。そのあたりはご自身が一番おわかりになることでしょう。職場には病名や今後の見通しなどすべて説明しておられるということですが、周囲の方も慣れてくれば、病気について質問してくるでしょう。ある程度回答の練習をしておけば安心です」(大松さん)

ケース 2 配置転換を積極的に視野に

30代後半の総合職の女性。結婚し、夫と二人暮らし。乳がんの手術後、すぐに職場に復帰した。職場には病気のことは言っていない。復帰後、思ったより仕事がきつく、「こんなことをしていたら、またがんを呼び込んでしまうのではないか」と思うようになり、しばしば仕事をやめようかと考える。

「しかし、夫と割合豊かな暮らしをしてきました。仕事をやめるとなると、このライフスタイルが続けられなくなるので、やはり一生働き続けようと思うこともあります」と悩みを語った。

大松さんによると、このような相談は非常に多いという。例えば、ある中年男性は、管理職として、会社の意向に沿ってリストラを実行してきた。本人は、そのストレスが原因で発病したに違いないと思っている。「もうあの仕事には戻りたくない」というような相談である。家族のことを考えると退職という選択肢はそう簡単ではない。

そこで、(1)ストレスの少ない職場への配置換え、(2)そのまま継続して頑張った場合のメリットとデメリットを整理しながら話し合う。総合職の女性の場合も配置換え、転職、会社を辞めて家庭に入るなどの選択肢が考えられる。大松さんは「ひとりで考えるのではなく、それぞれの場合のメリットとデメリットを具体的にあげながら、ご主人と一緒によく話し合ってください」とアドバイスした。

職場復帰は無理せず焦らず

これまで「患者・家族相談室」で職場復帰に関して相談したケースは30~40人ほどだ。職場復帰の相談を通じて、大松さんは次のように語る。

「相談しても悩みや不安、心配ごとが解決できるかどうかはわかりません。そういう意味では無力を感じることもあります。でも、相談を通して職場復帰の準備の大切さは伝えられます。また、私たちソーシャルワーカーが一緒に考えることで、患者さんのお気持ちの整理には役立つと思います」。

がん治療の進歩などで、入院期間は短くなる傾向にある。そして、退院後、早期に職場復帰する患者も多くなった。しかし、職場復帰後、術前とは違って、体力・気力に自信がなくなり、うまく職場に適応できなくなる患者も少なくない。職場復帰は、無理せず、焦らず、大松さんが提案するリハビリ復職というプログラムをこなしながら、心の準備をしてからでも遅くはない。

相談窓口

国立がん研究センター中央病院「患者・家族相談室」(代表・03-3542-2511)ほか、各病院でもソーシャルワーカーが患者・家族の相談に乗ってくれる場合がある。まずは、病院窓口で問い合わせてみよう。

また、職場の産業医、指定医にも、働き方と体力のことなどを相談するとよい。休業の延長や、時間短縮などを会社に申請する際に、診断書などの作成も頼むことができる。


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