仕事をしながら療養する
療養休業後、職場復帰。しかしリストラ対象に…

取材・文:菊池憲一 社会保険労務士
発行:2004年2月
更新:2013年4月

  

自助グループ「どんぐりの会」
で自己紹介する戸倉基さん。
その体験が他の人へのヒントになる

がんのための病気休業

戸倉基さん(68)は大学卒業後、溶接材料の研究開発・製造・営業を行うN社に就職。主に研究・技術開発の仕事で成果と実績をあげてきた。

入社して27年目、51歳の時だった。愛知県春日井市のK社に出向中に、戸倉さんは結腸がん(早期高分化腺がん)と診断され、単身赴任生活を終えて、神奈川県内(当時)の自宅に戻った。

1987年2月3日、約1カ月間の休業を会社に申し出て、大学病院に入院。2月17日、手術でS状結腸を31センチ切除する。

入院中、病室を訪れた同僚から、「会社は肩たたきの人選をしているようだよ」という話を聞いた。たしかにその当時、おりからの鉄鋼不況で、会社は管理職の依願退職を推進中だったのである。しかし、戸倉さんは「まさか自分のようながん患者を、首にするわけがない」と思っていた。入社以来、溶接技術畑で数多くの特許を獲得し、社長賞も4回受賞している、という自負と誇りもあった。

自己都合退職を迫られる

約1カ月の入院生活を終えて3月5日に退院。さらに会社の指示で療養後、4月1日、東京本社に職場復帰した。しかし、人事異動の辞令はおろか、そこには戸倉さんの机すらなかった。休業中の2カ月間で、管理職の依願退職が大幅に進み、すでに840人の社員のうち54人が退職していたのである。

復帰の初日、戸倉さんは今後のことを相談に行った上司のK常務から、「君もリストラの候補にあがっている」と告げられた。

予想もしなかった言葉に戸倉さんは衝撃を受ける。それでも病気上がりでもあり、リストラはないと信じて出勤した。5月22日、もう一人の上司のM常務に「仕事があれば何でもお手伝いをします。お願いします」と頭を下げたが、よい返事はもらえなかった。

3日後、再度M常務に尋ねると、なんと 「これからは貧乏人になってくれ」という言葉が返ってきたのである。戸倉さんは大変なショックを受けた。単身赴任の先でがんが発見され、療養の後にやっとの思いで職場復帰した戸倉さんにとって、それはあまりに残酷で耐え難い言葉だった。

「もう、お先真っ暗でした。がんと知っても涙は出ませんでしたが、退職を勧告されたときには涙が出てきました。がん患者にとってリストラはがん告知よりも厳しい」と戸倉さん。M常務からの退職勧奨のあと、人事部からは「自己都合退職扱いにしたい」との意向を受ける。

結局、戸倉さんは自力で再就職先を探し、同年6月末にN社を退職する。7月1日、会社の出入り業者にセールスマンとして再就職し、なんとか失業することなく、困難を乗り越えることができた。

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自己都合退職
03年11月28日、総務省統計局が発表した「03年10月労働力調査」によると、就業者数は6337万人、完全失業者数は343万人、完全失業率は5.22パーセントで、リストラや倒産などの勤め先都合の離職者は104万人、自己都合退職は118万人である。雇用情勢の厳しい今日、再就職先がすぐには見つからないケースは多い。

戸倉さんは幸いにして、退職時には再就職先を決めることができていたが、同じケースで、もし再就職先が未定のまま、退職届を提出することになると、自己都合退職扱いの場合、いくつかの不利益を受けることになる。

まず、倒産・解雇などの理由で離職した場合よりも、失業中に雇用保険法から支給される基本手当をもらえる日数が少なくなる。また、給付制限(1~3カ月)、つまり手当を一定期間支給停止にする制度があるため、離職後すぐには基本手当がもらえないのである。

たとえ会社側から退職届を強要されても「辞めたくない」と思ったら出さないほうが賢明だろう。職場復帰を焦らず、健康保険法による傷病手当金(療養中の所得を保障することを目的とした現金給付。標準報酬日額の100分の60相当を支給)を利用しながら、時期を待つ方法もある。

解雇制限・解雇ルール
労働基準法19条の解雇制限では、「業務上のけがや病気による休業期間とその後30日間、産前産後の休業期間とその後30日間は解雇できない」と定めている。つまり労災以外で発症した疾病で休業するときには解雇の禁止は適用されない。注意してほしい。

04年1月1日から新しい解雇ルールがスタートした。
「解雇は客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とする」と定められ、解雇を予告された労働者がどんな理由で解雇されたのかを説明した文書を求める権利や、どんなときに解雇されるのか、その事例を就業規則に「解雇の事由」として明記することが義務付けられた。解雇はより慎重に行われるようになると思うが、就業規則の「解雇の事由」を確認しておくことが大切だ。

相談窓口

解雇などで困った時には都道府県労働局総務部企画室の出先機関の「総合労働相談コーナー」に問い合わせれば、相談に応じてくれる。情報提供・相談のほか、「都道府県労働局長による助言・指導」や「紛争調整委員会によるあっせん」で、トラブルを迅速に解決してくれる。労働基準監督署(全国349カ所)や都道府県社会保険労務士会による総合労働相談所でも相談に応じている。いずれも無料。ひとりで悩まないで利用しよう。

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