仕事をしながら療養する
年次有給休暇を利用して入院・療養生活を乗り切った

取材・文:菊池憲一 社会保険労務士
発行:2004年1月
更新:2019年7月

  
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胃がん療養をさまざまな工夫で
乗り切った小野博文さん

胃がん手術で約2カ月会社を休む

物流検査機関の地方事務所(職員4名)に勤務していた小野博文さん(40歳)は、1999年12月の成人病検診(中規模のA個人病院)で胃潰瘍と診断された。3カ月間、薬を服用していたが、2000年7月4日、突然、胃がん(印環細胞がん、ステージ2)の宣告を受け、「全摘または亜全摘の手術が必要です」といわれた。事務所に戻って、先輩・同僚に告白すると数10分間、重苦しい沈黙が続いた。

その夜、妻とも話し合った。小野さんは「切れば治る。早く切ってしまいたい」と手術を決意し、翌日、自宅近くのB総合病院へ入院の手配をした。手術日は7月21日、入院期間は術前1週間、術後2週間の3週間で、職場復帰は9月下旬という計画を立てた。

「この約2カ月間、収入はどうなるのか、どう過ごしたらよいのか」という問題に直面した小野さんは、同僚や労働組合などに相談した。その結果、(1)年次有給休暇20日+前年度の失効年休の復活分16日+週休20日+夏季休暇4日の合計60日でカバーする。(2)健康保険法の傷病手当金(療養中の所得保障を目的として現金給付。月給の約60パーセントが支給される)を使う――という2つから選ぶことになった。結局、(1)を選択した。

亜全摘の手術後、回復は順調だった。入院中、3人の社員とはメールで連絡を取り合った。ところが、7月26日から流動食を始めたが、思うように食べられなかった。ご飯を食べたあと気持ちが悪くなって、すぐには動けなかった。ダンピング症候群という術後の後遺症だった。医師から「口が胃と思って、ゆっくりよく噛んで、食べなさい」と言われて、その通りにした。しかし、なかなか食べられなかった。食べないから体力がつかない。

小野さんは「社会復帰できないのではないか」という不安に何度も襲われた。それでも予定通り、8月4日に退院し、療養期間を経て、9月18日に職場復帰した。年次有給休暇などを有効に利用して、職場復帰までの苦しい日々を乗り切った。

印環細胞がん=胃がんのうち、がん細胞の内部に粘液があり、顕微鏡で見るとちょうど印鑑のような形に見えるもの。悪性度が高いがんのひとつ
亜全摘=全滴より切除範囲の少し小さい手術。胃の場合、3分の2以上を切除するときに亜全滴という
失効年休=年次有給休暇は取らないでいると2年で無効になる。この失効した年休を積み立てて何かのときに使う制度である
ダンピング症候群=胃の摘出で食物が急激に小腸に流れ込むことによって起こる症状。血糖値の激変によるめまい、冷や汗などがある

体力が戻らず、転勤を決意

職場復帰したものの、小野さんは手術前とは違う自分を感じた。術前は現場に出かけて、検査に取り組み、仕事は充実していた。しかし、体力が回復しないため、現場に出かけることができなくなった。自分の体力と相談して、事務所内で書類作成などの仕事を続けた。

職場復帰後は残業をしなかったため、時間外手当がなくなり、収入は術前の約60パーセントになった。

術後5カ月後の12月中旬、小野さんは「手術前の50パーセントしか働けない。4名の中で1名にかかる仕事のウエイトはかなり大きい。このままの状態だと、みんなに迷惑がかかるのではないか」と思った。そこで、職員の多い職場への転勤を会社に申し出て、2001年2月1日、職員20人の東京事務所に移り、仕事も内勤の管理部門に変わった。東京事務所の勤務時間は午前8時半から午後4時半、午前9時から午後5時、午前9時半から午後5時半 ―と3通りあり、職員が自由に選べた。

小野さんの場合、妻の実家近くの横浜市の自宅から東京事務所まで1時間半かかる。また、食後はダンピング症候群のために、食べてすぐには家を出られない。そこで、午前9時半出勤コースを選んだ。通勤ラッシュを避け、電車では座って通勤するようにした。食事は1回に量を食べられないため、回数を多くした。朝食は午前6時頃でバナナ、パンなど。午前10時頃、『カロリーメイト』などを食べ、昼食は何でもOK。午後3時におやつ、午後7時頃夕食という食べ方だ。自分の身体、体力に耳を傾けて、仕事と生活のリズムを整えてきた。

手術後3年半の現在、小野さんは、術前に比べて体力で70パーセント、仕事では80パーセントほどに回復したと感じている。体調がよい日は「仕事でもう一花咲かせたい」と思うときもある。しかし、小野さんは闘病生活を経て、人生観が変わった。「今は、身体が第一です。仕事で無理はしないようにしています。生きることが大切です。生きてさえいれば、きっといいことがあると思っています」と語る。

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年次有給休暇
労働基準法39条の年次有給休暇では、雇入れから6カ月間継続勤務し、全労働日の8割以上出勤した労働者に10日の有給休暇が与えられる。6カ月後は継続勤務年数が1年ごとに1日ずつ加算され、6年半以上の継続勤務で上限の20日が与えられる。有給休暇は労働義務のある日についてのみ請求できる。有給休暇をどのように使うかは自由で、どんな目的でも利用できる。小野さんのように病気欠勤に充当することもできる。

なお、パートタイム労働者にも正社員と同様、年次有給休暇は与えられる。日数は1週間、1年間で働いている日数に応じて1日から15日まで。年次有給休暇の際に支払われる賃金は、平均賃金または通常の賃金、健康保険法による標準報酬日額のいずれかだ。就業規則に規定されているので確認してください。

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