鎌田 實「がんばらない&あきらめない」対談

獄中の窓の外に見える桜に将来の希望と勇気が湧いてきた 元大阪/東京地検特捜部検事・田中森一 × 鎌田 實

撮影●板橋雄一
構成●江口 敏
発行:2013年10月
更新:2019年7月

  

刑務所内で胃がんの宣告を受け手術した元大阪/東京地検特捜部辣腕検事が今、思うこと

大阪/東京地検特捜部の辣腕検事として知る人ぞ知る存在だった田中森一さん――。バブル経済最盛期に弁護士に転身し、バブル紳士やアウトローの顧問弁護士となり、「闇社会の守護神」と呼ばれた。しかしその後、詐欺容疑で逮捕され、刑務所暮らしを余儀なくされ、獄中で胃がんの手術を受けた。獄中で鎌田實さんの著書を全部読んだという田中さんに、鎌田さんが少年時代からがん患者になるまでの生きざまと、今後の夢などを聞いた――。

田中森一さん「笑って鏡に語りかけると、自然に心が明るくなるんです」

たなか もりかず
1943年、長崎県生まれ。岡山大学法文学部法学科在学中に司法試験に合格、1971年、検事任官。その後、大阪地検特捜部などを経て、東京地検特捜部で、撚糸工連汚職、平和相銀不正融資事件、三菱重工CB事件などを担当。1987年、弁護士に転身。2000年、石橋産業事件をめぐる詐欺容疑で逮捕される。無罪を主張したが、実刑が確定。2011年、大阪医療刑務所で胃がんを手術。著書に『反転――闇社会の守護神と呼ばれて』(幻冬舎)『塀の中で悟った論語』(講談社)など
鎌田 實さん「私の本が役に立ってくれたとしたら嬉しいですね」

かまた みのる
1948年、東京に生まれる。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、現在諏訪中央病院名誉院長。がん末期患者、高齢者への24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(共に集英社)がベストセラーに。近著に『がんに負けない、あきらめないコツ』『幸せさがし』(共に朝日新聞社)『鎌田實のしあわせ介護』(中央法規出版)『超ホスピタリティ』(PHP研究所)『旅、あきらめない』(講談社)等多数

昼間の定時制高校に通い、国公立大学の受験に失敗

鎌田 お目にかかるのを楽しみにしてきました。

田中 いや、私のほうこそ。塀の中で先生の本を全部読んだファンですから(笑)。

鎌田 ホントですか!

田中 『がんばらない』などは3回は読み返しましたよ。こういう形でお会いできるとは、思ってもみませんでした。ありがたいですよ。

鎌田 田中さんの『反転――闇社会の守護神と呼ばれて』(幻冬舎)を読ませていただきましたが、定時制高校に行かれたとか。

田中 私の家は長崎県・平戸島の漁師で、貧しかったんです。中学を出るとき、「漁師になればいい」という父を、「定時制でいいから、高校に行かせてくれ。あと10年勉強させてくれ」と説得して、定時制高校に入ったんです。

鎌田 夜間ですよね。

田中 いや、昼間の定時制です。漁師や畑仕事を手伝いながら、1日おきに学校に行きました。

鎌田 その定時制を出て、大学へ進学したんですね。

田中 定時制4年のときに、当時の受験生向けの雑誌「蛍雪時代」で、旺文社の赤尾好夫社長と予備校の校長先生たちが対談をしているのを読んだんです。その対談の中で、和歌山県の予備校の校長先生が、「最近の若者たちの中には、苦学しても勉強しようという人がいなくなった」という意味のことを言っていた。それを読んで、「いや、俺がいる」と思ったんです。私の家は貧乏ですから、私立大学に行くことはできない。国公立を受けるしかない。しかし、定時制ですから、国公立に合格するだけの学力はない。そこで、和歌山の先生に手紙を書いたんです。「もし国公立を落ちたら、先生を頼って行きますが、よろしいですか」と。そうしたら、「がんばりなさい。万が一の場合は、僕を頼って来なさい」という返事が来ました。

鎌田 へぇーっ、いい時代でしたねぇ!

田中 それで受験に失敗して、長崎から13時間かけて和歌山へ行きました。

政治家になる夢を捨て、司法試験に一発で合格

「塀の中で先生の本は全部読みましたよ」と話す田中さんに「ホントですか」と応える鎌田さん

鎌田 ホントに受け入れてくれた!

田中 先生の家の2階に4畳半の部屋が2部屋あり、予備校の掃除をすることを条件に、そのうち1部屋にタダで住まわせてもらいました。しかし、最初はお金がないから、昼間は働かなければなりません。先生に仕事を探してもらい、昼間はそこでアルバイトをし、高校生向けの夜の予備校に通いました。9月になった頃に、若干お金が貯まりましたから、昼間の予備校に入って、一生懸命受験勉強をしました。その結果、運良く大学に入ることができたわけです。

鎌田 高校時代には担当の先生がいなかったりして、数学や理科をまともに勉強してなかったんでしょう。それが国立の岡山大学に合格した。すごいですね。

田中 当時の国立大学は、文系でも数学は数ⅡBまで、理科は2科目、入学試験がありましたが、岡山大学の文系は数学の試験がやさしく、理科は1科目でしたから、私にはちょうどよかったんですよ。

鎌田 岡山大学法文学部の法学科で勉強して、司法試験は一発で合格。当時、岡山大学で一発合格は珍しかったでしょう。

田中 ほとんどいなかったです。

鎌田 鬼のように勉強したんですか。

田中 それは、しました。実は、私は当初、司法試験など受けるつもりはなかったんです。政治家になりたいと思ってましたから。それに、定時制高校出身で劣等感を持っていましたから、大学へ入ってすぐ、目立とうと思って派手な空手部に入り、勉強などやってなかったんです。

鎌田 それがまた、突然、猛烈に司法試験の勉強を始めた。

田中 クラスの中に、入学したときから司法試験を目指している連中がいて、いつも仲間内で司法試験の話をしていた。

あるとき、私が「俺もそこに入れてくれないか」と言うと、「君なんかとてもついて行けないし、邪魔だよ」と、真剣な顔でバカにされたんです。それでかーっとなって、政治家の夢を捨て、空手部も辞めて、一心不乱に司法試験の勉強をしたんです。

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