鎌田 實「がんばらない&あきらめない」対談

患者を決して不安にさせない主治医と妻に救われました 灰谷健司 × 鎌田 實

撮影●板橋雄一
構成/江口 敏
発行:2013年12月
更新:2018年8月

  

大腸がんの転移と闘いながら信託銀行の役員に異例の出世を果たした 相続・遺言のプロが語る闘病の5年間

三菱UFJ信託銀行執行役員を務める灰谷健司さんは、『相続の落とし穴』『遺言の落とし穴』といった著書を持つ、相続・遺言問題のプロだが、今年、専門職畑出身者として部長・支店長を経ず初めて役員に昇進した。驚くべきは、灰谷さんは5年前からがんを患い、大腸がんから肝臓、肺、骨転移と、壮絶ながん闘病を繰り返していることだ。鎌田實さんが灰谷さんに、そのがん闘病に関する思いから、相続・遺言問題などに取り組んできた思いなどを、ざっくばらんに問い質した――。

灰谷健司さん「治療はすべきだと思います。何の治療もしないほうが耐えられない」

はいたに けんじ
1961年生まれ。1984年三菱信託銀行(当時)入社、1994年税理士試験合格。現在、三菱UFJ信託銀行執行役員トラストファイナンシャルプランナー。不動産鑑定士、中小企業診断士、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、日本証券アナリスト協会検定会員。相続・遺言、不動産やローンなどを含む総合的な資産運用・活用・承継についてのコンサルティングを行う。著書に「遺言の落とし穴」(角川SSC新書)など多数
遺言の「落とし穴」 [ 灰谷健司 ]
鎌田 實さん「がん患者とわかっていながら、執行役員に抜擢した会社は偉い」

かまた みのる
1948年、東京に生まれる。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、現在諏訪中央病院名誉院長。がん末期患者、高齢者への24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(共に集英社)がベストセラーに。近著に『がんに負けない、あきらめないコツ』『幸せさがし』(共に朝日新聞社)『鎌田實のしあわせ介護』(中央法規出版)『超ホスピタリティ』(PHP研究所)『旅、あきらめない』(講談社)等多数

がんと闘いながら執行役員に抜擢

本日は『がんサポート』の読者の皆さんにも、相続のことなどについて少し考えていただいたほうがいいと思って、相続問題のプロの灰谷さんをお招きしました。

灰谷 光栄です。

鎌田 灰谷さんは三菱UFJ信託銀行の執行役員でいらっしゃいますが、部長や支店長でもない相続のプロみたいな人が、執行役員になるのは珍しいということですね。

灰谷 少なくとも当社では初めてだと言われています。ふつう銀行では、課長から次長・部長・支店長などを経験した人が、昔なら取締役、今では執行役員になりますが、ずーっと専門的な仕事をやってきた人が執行役員になるのは珍しいことです。

鎌田 灰谷さんはすごい人なんだ(笑)。

灰谷 いや、私自身、青天の霹靂でした。自分は出世街道に乗ってマネジメントをやっていくより、専門的な仕事をやっていきたいと思っていましたからね。しかし、会社側は今の専門的な仕事を続ける形で役員をやらしてくれるということでしたから、ありがたく受けたわけです。

鎌田 私が三菱UFJ 信託銀行が偉いと思うのは、灰谷さんががん患者さんとわかっていながら、執行役員に抜擢したことです。日本の企業社会では、がんになった人が辞めさせられたり、閑職に追いやられたりすることが少なくないのです。

灰谷 そのことも含めて、青天の霹靂なんです。私もがん患者になって以来、『がんサポート』を読んだり、テレビのがん特集を視たりしてきましたから、がん患者が職場に居づらくなったり、窓際に追いやられたりする状況があることは知っていました。しかし、ウチの会社は、「無理はするな。しかし、君ができるのであれば、今までどおり仕事を続けてくれ」というスタンスでした。

鎌田 それは生き甲斐、張り合いにつながりましたか。

灰谷 それは無茶苦茶、大きいですよ。これが「君はもう楽な仕事だけをやってくれればいいよ」などと言われたら、やり甲斐ないですよ。自分は専門家としてそれなりに意味のある仕事をやっている、という自負があるわけですからね。

「灰谷さんはとてもお元気で、声も大きいですね」と話す鎌田さんに「今は痛みも痒みもなく、仕事も充実していますから、声も自然と大きくなりますよ(笑)」と応じる灰谷さん

妻と主治医に救われました

鎌田 灰谷さんは今、おいくつですか。

灰谷 52歳です。

鎌田 がんが見つかったのは?

灰谷 ちょうど5年前、47歳のときです。大腸がん。症状はまったくありませんでした。毎年会社で受ける健康診断で、便潜血と腫瘍マーカーCEAの数値が上がっていたんです。

鎌田 その数値は憶えていますか。

灰谷 7コンマいくつかだったと思います。

鎌田 微妙なところですね。で、大腸がんが見つかった。そのときすでに転移していたんですか。

灰谷 その時点では、CTでは転移はありませんでした。しかし、腹腔鏡手術で大腸がんを取ったときに、取った中に少し離れてがんが見つかりました。「これは浸潤じゃなく、転移の可能性が高い」と言われました。リンパ節などへの転移は見つかりませんでした。

鎌田 肝臓への転移もなかった。

灰谷 少なくとも画像上の転移はなかった。私は会社にも恵まれましたが、主治医(当時・東京都済生会中央病院、現・芝大門いまづクリニック)にも恵まれましたね。腹腔鏡手術のあと、3カ月に1回の割合でCT検査をし、腫瘍マーカーは毎月とっていたんですが、一旦下がっていた腫瘍マーカーが、また上がってきた。1年後ぐらいに、CTではよくわからなかったんですが、エコーで肝臓が怪しいことがわかったんです。

鎌田 肝臓への転移がわかったときの気持ちは?

灰谷 最初にがんが見つかったときより、その後、転移が見つかりそうだとか、見つかったというときのほうが、気分的にイヤですね。がんになったというだけで死にそうな気がするのに、転移が見つかったとなると、もう後がないという気持ちになりますからね。

鎌田 転移がわかったとき、奥さんの反応はどうでした?

灰谷 私の場合、マーカーが先に上がってくるんです。マーカーが上がってくると、私はどうしても、「絶対転移してる。俺はもうダメだ!」などと悲観的なことを言うんです。すると妻は、「いやいや、そんなことはないわよ。先生だって腫瘍マーカーなんて、夏になると上がる人もいるって言っていたわよ」と言ってくれる。

鎌田 奥さんのほうが腹がすわってる(笑)。

灰谷 心配はしていたのでしょうが、主治医を信じていた。私が主治医に恵まれたというのは、常に前向きなことを言い、悲観的なことは言わない人だったということです。医師の中には最悪のケースばかりを言う人が少なくありませんが、私の主治医は、「マーカーは上がったり下がったりするんですよ」とか、「転移したって肝臓は一番治療しやすいんですよ」などと、患者を不安にするようなことは決して言わなかった。主治医と妻に救われましたね。

鎌田 自分が不安に思っているとき、奥さんに「大丈夫よ」と言ってもらうと、うれしいもんですか。

灰谷 いやぁ、心の中では無茶苦茶うれしい。ただ、妻には申し訳ないんだけど、「大丈夫だって、どうしてわかるんだよぉ」と言うわけです(笑)。

鎌田 子どもみたいですね。奥さんも大変だ(笑)。

灰谷 「大丈夫」と言えば文句を言われるし、「ダメだ」とは言えないしね(笑)

大腸がんが肝臓に転移 ラジオ波焼灼術受ける

鎌田 肝臓に転移後はどういう治療をしたんですか。

灰谷 肝臓の開腹手術は何回もできないということで、ラジオ波焼灼術を行いました。それをやるとマーカーは下がるんですが、また上がってきてみつかると焼灼術をやる。合計3回(その後さらに3回)、ラジオ波焼灼術をやりました。その後、またマーカーが上がりだし、最初の大腸がんから約2年半後にリンパ節への転移が見つかりました。

鎌田 1年後に肝臓転移、2年後にリンパ節転移ですか。

灰谷 リンパ節にはラジオ波は使えません。抗がん薬をやるのもイヤだなと思い、主治医には「コストパフォーマンスは悪い」と言われましたが、自由診療で免疫療法を行っている病院を紹介してもらい、リンパ球をとって体に戻すという治療を行いました。

鎌田 治療費はどれくらいかかりました?

灰谷 免疫療法では一番安い治療法でしたが、1回15万円でした。それを8回やりました。また同じ病院で温熱療法もやりました。

鎌田 灰谷さんは銀行マンですから、がん保険には入っていたんでしょう。

灰谷 運良く入ってましたが、免疫療法には適用されません。しかし、普通の保険治療のほうが全部下りましたから、そちらの余りで自由診療の分はある程度カバーできました。

鎌田 できる治療は何でもやってみたということですね。しかし、免疫療法は結局、効かなかった?

灰谷 あまり効かなかったような気がします。その後、主治医の先生から、これも自由診療ですが、血管内治療(クリニカET)を勧められました。血管にカテーテルを入れて、局所的に抗がん薬を投与する方法です。これは1回30~40万円かかりますが、自由診療でもがん保険から20万円ほど下りるんです。普通の医療保険も5万円ほど下ります。合わせて半分以上、保険から出るわけですから、5~6回やってみました。これはある程度効果があり、リンパ節はそのときは落ち着きましたね。

肺転移で抗がん薬治療 骨転移で放射線治療

鎌田 しかし、昨年また、肺に転移が見つかったわけですね。転移は1カ所ですか。

灰谷 いや、何カ所かありました。血管内治療は局所療法のため、肺にも肝臓にもリンパ節にも効果がある治療ということで、点滴で抗がん薬治療を受けることにしました。

鎌田 それまでにいろんな治療法を経験しているわけですから、そのときはもう主治医を信頼して、抗がん薬治療も受け入れたということですね。

灰谷 治療方針については、もう先生の言うとおり、という感じです。先生も「なるべく日常生活に支障のない範囲でやりましょう」という感じでしたからね。外科医なのに東洋医学にも明るい先生で、抗がん薬の副作用対策に漢方薬を使ったこともあり、副作用はかなり少なくてすみました。

鎌田 その先生の治療は王道を行くスタイルですね。灰谷さんがやりたいと思った治療法について、頭から否定するわけではない心の広さがありますし、灰谷さんの日常生活の維持を最優先した治療法を選択している。それでこの1年間の状態はどうなんですか。

灰谷 抗がん薬治療を続けているんですが、良くなったかと思っていると、またCEAが上がってくるんですよ。私の場合、まずCEAに兆候が現れ、そのあとに画像に現れるんです。そして足が痛くなったりして、椎間板ヘルニアかと、いろいろ調べていたら、半年前に骨に転移が見つかりました。放射線治療をやって、足の痛みはなくなりました。

鎌田 最近、がんの治療は何もしないほうがいい、という本がいろいろ出ていますが、それに惑わされることはなかったですか。

灰谷 最初は、気持ちを前向きに持って、食事療法を徹底すれば、何とかならないものかとも思ったんですが、実際にいろんな治療を受けてみて、やはり治療はすべきだと思います。抗がん薬治療も苦しまずにできるケースもありますよ。むしろ、何の治療もしないほうが耐えきれないのではないかと思います。健康食品のたぐいはキリがないんです。主治医の先生が言われたように、コストパフォーマンスから見たら、治療を受けたほうがいい。

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