鎌田 實「がんばらない&あきらめない」対談

検査しないまま収監されていたら、帰らぬ人となっていたかも知れません 鈴木宗男 × 鎌田 實

撮影●板橋雄一
構成/江口 敏
(2014年5月)

  

胃がん・食道がんと2度のがんを克服し、再起を期す「闘う政治家」の気概

北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官などを歴任し、北方領土をめぐる日ロ交渉でも重責を担ってきた鈴木宗男さんは、2010年に最高裁で上告が棄却されて以来、国会議員を失職、公民権も停止され、文字どおり浪人生活中だ。胃がん・食道がんを克服し、現在、再審請求を行うとともに、国会への復帰に燃えている鈴木さんに、鎌田さんが心境を聞く。

鈴木宗男さん「宗男、もう1回、国会に行け」それが母の最後の言葉でした
すずき むねお
1948年、北海道生まれ。拓殖大学卒業。長年、中川一郎議員の秘書を務め、1983年、中川氏の死去後、衆議院議員に初当選。これまで当選8回。第2次橋本内閣で北海道開発庁長官、沖縄開発庁長官、小渕内閣で内閣官房副長官を歴任。2002年に斡旋収賄容疑で逮捕。2003年に胃がんを手術し、総選挙出馬を取りやめる。その後、新党大地を結成し、代表として国会に返り咲くが、2010年に最高裁で有罪が確定、議員を失職した。現在、新党大地代表として活動する傍ら、再審請求に奔走している
鎌田 實さん「パワフルに本音で生きているから、多くの人が魅力を感じるんでしょうね」
かまた みのる
1948年、東京に生まれる。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、現在諏訪中央病院名誉院長。がん末期患者、高齢者への24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(共に集英社)がベストセラーに。近著に『がんに負けない、あきらめないコツ』『幸せさがし』(共に朝日新聞社)『鎌田實のしあわせ介護』(中央法規出版)『超ホスピタリティ』(PHP研究所)『旅、あきらめない』(講談社)等多数

私が排除されなければ 北方領土は解決していた

鎌田 ウクライナ情勢が大変なことになっています。ウクライナ領だったクリミア自治共和国が、ウクライナの政変を機に住民投票でロシアへの帰属を求め、プーチン大統領はクリミアのロシア編入を宣言しました。それに対して欧米諸国が反発して制裁措置を発動し、日本も当然のようにそのグループに入っています。こういうときこそ、鈴木さんのようなロシアと太いパイプを持った政治家が必要だと思いますが、いないですね。

鈴木 もともと日本の政治家は、欧米やアジアに目を向ける人はいますが、ロシアやアフリカに目を向ける人がいないんです。私は政治家になってから一貫してロシア・アフリカに目を向けてきました。しかし、私が政治の第一線から遠のいている間に、中国がアフリカを席巻しています。残念ですね。

日ロ関係も、平成12年に私が小渕総理の特使としてモスクワに行き森・プーチン会談をセットしました。その後、森首相とプーチン大統領は強い信頼関係が築け、平成13年3月25日、イルクーツク声明を出しました。このときが北方領土が一番日本に近づいたときでした。

鎌田 鈴木さんが排除されたことによって、北方領土問題の解決は暗礁に乗り上げた。

鈴木 外務省も最初は私を利用したんですよ。それによって、北方領土問題は進展しかけたんです。しかし、私を利用した外務省が後ろから私を撃ってきた。私と一緒に外務省を追われた佐藤優さんが言ってましたよ。「外務省は受けた恩は水に流し、かけた情けは倍づけだ。それが外務省の文化だ」と(笑)。

鎌田 鈴木さんは外務省がそういう役所だとは思わなかった。

鈴木 私は「騙すより騙されろ」という生きざまできましたからね。今から23年前、佐藤優さんに初対面から半年後に言われました。「鈴木さんは声が小さく、気が弱い。どこかで足引っぱられますよ」と。どういうことかと言えば、「鈴木さんは人がいいから、役人を怒っても、謝ってきたらすぐ許す。しかし、役人は怒られたことを忘れない。その怨念がブーメランのように返ってくる」ということです。それは正しかったですね(笑)。

選挙か手術か迷い 娘の直言で手術へ

鎌田 平成14年に当時の田中真紀子外務大臣との確執や、「ムネオハウス」と言われた国後島の「日本人とロシア人の友好の家」の建設に絡む疑惑などで、鈴木さんは次第に追い込まれ、最後は衆議院本会議で斡旋収賄容疑を理由に逮捕許諾決議が可決され、逮捕されたんですね。がんが見つかったのは?

鈴木 平成14年6月19日に逮捕されてから439日間拘留されました。その間を含めて約2年間、人間ドックを受けていなかったんです。それで、平成15年8月29日に釈放され、9月に現在の国際医療福祉大学付属三田病院で人間ドックを受けたら、「胃がんの可能性がある」と言われ、さらに細胞を取って検査してもらったら、「転移しているかも知れない」と言われたんです。それで築地の国立がんセンターにセカンドオピニオンを求めたら、同じ所見でした。そのときは正直、「あぁ、これで人生終わった」と思いましたよ。当時55歳でしたから、「110歳分ぐらい生きたと思えば、もう仕方がないかな」と、自分に言い聞かせましたね。

鎌田 人の倍ぐらいは仕事をしてきたという自負があったんですね。胃がんが見つかって、すぐに解散・総選挙がありましたよね。

鈴木 私はそのとき、鈴木宗男は闘う政治家だ、いのちを縮めても立候補し、勝負しようと思いました。松山千春さんも、「鈴木さんがそこまで言うのなら、やりましょう」と言ってくれました。ところが、いま国会議員になっている娘(貴子さん)が、当時はカナダの高校に留学していたんですが、電話をかけてきてダメだと言う。

「がんは手術をすれば治る。ここで2~3カ月無理をして、がんを進行させたら、取り返しがつかないことになる可能性がある。私とお父さんとの人生の付き合いは、お兄ちゃんたちと比べて10年以上短く、まだ16年にしかならない。選挙は絶対ダメ。ここは手術優先で考えてほしい」って。

鎌田 娘さんの言うことが正論だ。

鈴木 松山千春さんも「貴子の言うとおりだ」と言うので、出馬を断念し、選挙中に手術を受けました。手術は4時間におよび、胃の3分の2と周辺のリンパ節を切除しました。ところが、手術を受けると、転移がなかったことがわかったんです。そのとき私、「世の中には神さま、仏さま、いるもんだ」と思いました。

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