鎌田 實「がんばらない&あきらめない」対談

心がワクワクしないと 病気は治りません 上田紀行 × 鎌田 實

撮影●板橋雄一
構成/江口 敏
発行:2014年7月
更新:2018年8月

  

スリランカの悪魔祓いの儀式でなぜ病気が治るのか

文化人類学の立場から、さまざまな社会問題に対して鋭い論陣を張り、昨今の「癒し」の言い出しっぺとしても知られる、東京工業大学教授の上田紀行さんは、スリランカの悪魔祓いの儀式の研究から、医療関係にも造詣が深い。悪魔祓いと医療の関連について、旧知の鎌田さんが問い質した――。

上田紀行さん「心の持ち方とか、人間関係の持ち方によって その人の免疫力は劇的な影響を受けます」

うえだ のりゆき
1958年、東京都生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東京工業大学リベラルアーツセンター教授。医学博士。1986年よりスリランカで「悪魔祓い」のフィールドワークを行い、「癒し」の観点を早くから主張した。現代社会の諸問題に対する提言・評論などを、さまざまなメディアで展開している。主な著書に『スリランカの悪魔祓い』『生きる意味』『目覚めよ仏教』『ダライ・ラマとの対話』『生きる覚悟』など
鎌田 實さん「世界中の大学で 楽天的な人は死亡率が低い等の研究が発表されるようになりました」

かまた みのる
1948年、東京に生まれる。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、現在諏訪中央病院名誉院長。がん末期患者、高齢者への24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(共に集英社)がベストセラーに。近著に『がんに負けない、あきらめないコツ』『幸せさがし』(共に朝日新聞社)『鎌田實のしあわせ介護』(中央法規出版)『超ホスピタリティ』(PHP研究所)『旅、あきらめない』(講談社)等多数

生きる意味が見つかれば がんは自然に治る!?

鎌田 生きる意味がわかってくると、病気の勢いが止まり快方に向かうこともあるということは、最近よく言われるようになりましたが、上田さんには『生きる意味』(岩波新書)という今も売れ続けているベストセラーがありますね。

上田 出したのは2005年です。当時、日本がこれだけ物質的に豊かになったのに、日本人は生きる意味が見いだせなくなっている状況がありました。自分の周りにモノやカネはそれなりにあるのに、自分は何のために生きているのかわからないとか、自分は別に他の人間であってもよかったんじゃないのかとか、そういう雰囲気が社会全体に蔓延していることに、私自身、これは究極的に不幸な社会ではないのかと、悲しい思いを抱いていたんです。

それで、日本人は自分自身の生き方をもう一度、自分の内側から考え直さなければいけないと、正面から問題提起するために『生きる意味』を書いたんです。

鎌田 日本に心療内科を初めて開設し、『セルフ・コントロールの医学』(NHK出版)という著書を残された九州大学の池見酉次郎さんの弟子に、永田勝太郎さんという医師がいます。

上田 私の高校の先輩です。

鎌田 そうなんだ。その永田さんは治らないがんが自然退縮していく事例をいくつか研究され、がんの自然退縮を「実存的転換」という言葉で説明されていますね。

例えば、誰かに良いことをしてあげて感謝されたときとか、人生が急に好転したときなど、生きる意味が見えてきたときに、がんが自然に治る。だから、上田さんにも、がん患者さんに役立つような、生きる意味に関する話をうかがいたいと(笑)。

上田 私は『生きる意味』の前、1990年に文化人類学者として、『スリランカの悪魔祓い』(徳間書店)という本を書き、自分の心の持ち方とか、人間関係の持ち方によって、その人の免疫力は劇的な影響を受けることを指摘し、癒しの必要性を説きました。しかし当時、「そんなはずはない」という意見が大勢で、人間が楽天的であろうが、悲観的であろうが、また、生きる希望を持っていようが、絶望していようが、身体はその影響は受けないという考え方が支配的だったんです。私の考え方は科学的ではなく、「信ずる者は救われる」的な宗教に逃げ込むことだと言われました(笑)。

人間の絆から切れると 体の不調が現れる

鎌田 今は世界中の大学で楽天的な人は死亡率が低い等、心の持ち方でがんとの関係が変わることが研究発表されるようになりました。『スリランカの悪魔祓い』は再編集され、現在、講談社文庫に入っていますが、今読んでも新鮮な発見がある名著ですよね。悪魔との出会いの章から始まって、悪魔が憑く、悪魔を祓う章がきて、最後の悪魔と遊ぶ章などはものすごくドラマチックです。しかし、刊行当時は、心持ちを変えるとか、人間関係の持ち方を変えることによって、免疫力を活性化させることが、医療の世界ではまだ納得されなかったんですね。

上田 悪魔祓いの本でそういうことを書いちゃったから、拒否反応が強かったのかもしれませんね(笑)。当時でも、心身相関的な考え方をする人はいました。ただ、それは精神病や神経症などに限定され、心筋梗塞など物理的に体が壊れる病気については、心身相関的な見方はまだされていなかったように思います。

鎌田 私の新刊『下りのなかで上りを生きる』(ポプラ新書)の中で紹介しましたが、アメリカ・ペンシルバニア州のロゼットという町に関する、「ロゼット伝説」と呼ばれている有名な調査報告があります。50年間定点観測をしたところ、この町では心筋梗塞がものすごく少なかった。なぜかと調べてみると、住民同士の絆が豊かで、盛んに助け合いが行われている。心筋梗塞は冠動脈が詰まることで起きる病気だから、高脂血症とか、高血圧とか、糖尿病が関係するのではと思われていますが、どうもそれだけではなく、人間の考え方や生き方が血管を詰まらせたり、詰まらせなかったりしているわけです。文化人類学者の上田さんがそういうことに思い至った経緯は?

上田 文化人類学ではもともと、儀式は人と人との関係を修復する、絆を取り戻すために行われるものだと考えられていました。人間同士の絆から切れてしまった人は、体が不調になるので、儀式によって絆を取り戻すわけです。そして、儀式は人と神の絆、人と宇宙の絆も取り戻してくれるもので、私は心と体の絆も儀式によって回復されるのではと考えたんです。

それに、私自身、幼少の頃、父が失踪したために、男への反発だけで劇団の演出助手として生きていた母ひとり、子ひとりの超貧乏な家庭に育ったこともあって、10代~20代の頃は社会との絆をつなぐことができず、孤独感にさいなまれる絶不調の日々を送っていました。その絶望的な経験が、悪魔祓いの儀式と人間同士の絆、心と体の絆の関係性に気づかせてくれたのかもしれません。

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