鎌田 實「がんばらない&あきらめない」対談

バイオマーカーによる乳がんの完全な診断システムは今年完成します 落谷孝広 × 鎌田 實 (後編)

撮影●板橋雄一
構成/江口 敏
発行:2015年2月
更新:2018年8月

  

一滴の血液で乳がんを始め13種類のがんが早期発見できる画期的診断法!

母乳中のマイクロRNAの働きから、マイクロRNAバイオマーカーを着想した落谷孝広氏の話は、医学の最先端分野の話でありながら、読者にもわかりやすい話になっており、鎌田さんもどんどん引き込まれた。21世紀のがん検診法とも言うべきバイオマーカーが、健康診断にまで広がったとき、がん治療の世界も変わる――。

落谷孝広さん「青年期のがん患者さんを救うためにはバイオマーカーによる早期発見が第一です」

おちや たかひろ
国立がん研究センター分子細胞治療研究分野長。1988年、大阪大学大学院医科学研究科博士課程修了、医学博士、大阪大学細胞工学センター助手。1991年、米国ラホヤ癌研究所(現:SFバーナム医学研究所)ポストドクトラルフェロー。1993年、国立がんセンター研究所分子腫瘍学部室長。1998年、国立がんセンター研究所がん転移研究室室長。2004年、早稲田大学生命理工学部客員教授(兼任)。2008年、東京工業大学生命理工学客員教授(兼任)
鎌田 實さん「がんの早期発見が可能になり、治療法も変わりますね」

かまた みのる
1948年、東京に生まれる。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、現在諏訪中央病院名誉院長。がん末期患者、高齢者への24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(共に集英社)がベストセラーに。近著に『がんに負けない、あきらめないコツ』『幸せさがし』(共に朝日新聞社)『鎌田實のしあわせ介護』(中央法規出版)『超ホスピタリティ』(PHP研究所)『旅、あきらめない』(講談社)等多数

現在の腫瘍マーカーでは がんの早期発見はできない

鎌田 現在の腫瘍マーカーにこだわっている読者も多いと思いますが、例えば、消化器系の腫瘍マーカー CEAはどうなんですか。乳がんでも数値が上がると聞きますよね。

落谷 CEAは消化器系がんだけではなく、いろんながんで上がってしまう。さらに、ストレスがかかったり、メンタル面が落ち込んだりしたときや、良性の疾患でも上がります。

鎌田 タバコを喫っただけで上がりますし、糖尿病でも上がる。

落谷 がんでもないのに数値が上がってくる。そういうことがCEAでは起こり得ます。いちばん良い例が、前立腺がんのマーカー PSAです。このマーカーは前立腺がんの良いマーカーですが、がんでない前立腺肥大でも、射精後でも高くなります(笑)。それだけではない、自転車に乗ってサドルで前立腺に刺激を与えることでも高くなります(笑)。そんな簡単なことでもPSAは上がるんです。

鎌田 中年の人でも前立腺炎で上がることがありますね。

落谷 しかし、PSAの数値が上がってしまえば、誰だって怖いですよ。ドクターもがんを見逃したとなると怖いので、「2週間後に生検しましょう」と言う。あんな小さいところに針を8~12カ所も打つわけですから、とんでもないことです。翌朝、おしっこが真っ赤になり、ものすごく痛いです。結果的に「前立腺がんではない」と言われても、心身はぐったりですよね。PSAの問題点も多いです。

現在の腫瘍マーカーはがんの表面にできるタンパク質を目印にして、それが血中に漏れ出てくるのを計っている。そもそも、ここが問題なんです。がん細胞が大きくなれば、細胞の中に栄養が行きわたらなくなって、細胞が死にます。それがアポトーシス(積極的、機能的細胞死)、ネクローシス(細胞壊死)、どちらでも結構です。そのために細胞が破砕されて、その一部が偶然に血中に流れ出てくる。これを見つけているわけですから、多くの場合、明らかに偶然の賜物なんです。

鎌田 なるほど、腫瘍マーカーは偶然に依存しているわけだ。

落谷 そして、がんが大きいのに、血管が非常にリッチで、見てもピカピカ輝いているような腫瘍の場合は、腫瘍マーカーは全然上がらないことさえあります。

鎌田 がん細胞が壊れないと、マーカーは上がらないんですね。

落谷 これは原理だからしようがないんです。だから現在、42種類のマーカーのうち、早期発見できるのはゼロです。とくに初期のがんはゆっくり分裂しますから、がん細胞は死なないんです。だから偶然が起きないんです。

鎌田 アポトーシスもネクローシスも起きないわけですからね。それが世界の常識になっているのに、日本だけが腫瘍マーカーにこだわり、人間ドックなどでも使っている。

マイクロRNAを調べれば がんの臓器が特定できる

鎌田 さて、いよいよ話は本質に入ります。落谷さんはなぜ、マイクロRNAでがんの早期診断がつくと考えられたんですか。

落谷 母乳の研究でわかったことは、人間には2,578種類ものマイクロRNAがありますが、なぜ免疫系のマイクロRNAだけを母乳に入れられるか、という不思議です。その不思議はまだ解明し切れていませんが、ここに何らかのミソがあると考えたんです。そして、がん細胞も何らかの意志を持っているのではないかと考えました。彼らは患者さんの身体の中で、どうにかして生き延びようと考えている。ただし、彼らもそれほど賢くはない。最終的には自分の住み家である患者さんの身体を殺してしまい、自分も死ぬことになるわけですからね。

鎌田 がん細胞にもっと賢くなってもらい、同居すればいい(笑)。

落谷 今、私たちもその方向を目指しています。ともかく従来の腫瘍マーカーがパッシブ(消極的)で偶然に左右されているのに対して、マイクロRNAのいいところは、母乳に見られたように、積極性がありアクティブなところです。そこで、もしかしたらがん細胞も同じことをしているのではないかと。

鎌田 マイクロRNAは臓器特異的なんですか。

落谷 そうなんです。がんの種類によって分泌されるマイクロRNAが違うんです。

鎌田 CEAなどとは違い、このマイクロRNAが増えたら、この臓器のがんの可能性があるとわかるんですね。

落谷 そういうことなんです。

鎌田 スゴイねぇ。

落谷 全てのがん細胞のマイクロRNAの顔ぶれ(種類)は、それぞれのがん種で特徴的なんです。そしてそのがん細胞から分泌されて血液中にでてくる顔ぶれをみればその患者さんのがんの特徴がわかります。

鎌田 早期の段階でわかる。

落谷 わかります。しかも、マイクロRNAは初期であろうと、転移してからであろうと、診断がつきます。マイクロRNAには、がんが優位に生き延びるための機能がありますから、今までいた場所が住みづらくなったら、血管を通じて遠隔地に移動できる。これが転移です。

同じカテゴリーの最新記事

  • 会員ログイン
  • 新規会員登録

全記事サーチ   

キーワード
記事カテゴリー
  

注目の記事一覧

がんサポート5月 掲載記事更新!