鎌田 實「がんばらない&あきらめない」対談
自分と自分以外の生き物の連環を考えるようになりました 山口ミルコ × 鎌田 實
乳がん闘病記『毛のない生活』から2年、この度『毛の力』を上梓した元編集者の新たな生き方
乳がんの抗がん薬治療の顛末を綴った『毛のない生活』の著者・山口ミルコさんが、昨年末、『毛の力 ロシア・ファーロードをゆく』という本を出した。タイトルは〝毛つながり〟だが、こんどは極東ロシアのタイガの森に棲むという、かつて高級毛皮として珍重されたクロテンを追い求める話だ。鎌田対談のゲストは2度目、話は大いに弾んだ。
1965年、東京都生まれ。20年にわたり出版社で働き、プロデューサー、編集者として、幅広いジャンルの書籍を担当し、数々のベストセラーを世に出した。2009年、出版社退社直後に乳がんが見つかり、手術、抗がん薬治療などを受ける。2012年、がん闘病記『毛のない生活』(ミシマ社)を出版。2014年末、『毛の力 ロシア・ファーロードをゆく』(小学館)を出版した
1948年、東京に生まれる。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、現在諏訪中央病院名誉院長。がん末期患者、高齢者への24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(共に集英社)がベストセラーに。近著に『がんに負けない、あきらめないコツ』『幸せさがし』(共に朝日新聞社)『鎌田實のしあわせ介護』(中央法規出版)『超ホスピタリティ』(PHP研究所)『旅、あきらめない』(講談社)等多数
「毛のない生活」の経験がもたらした新たな生き方
鎌田 ミルコさんは平成24年8月号に1度出ていただきましたので、2度目です。あのときは乳がん闘病記『毛のない生活』(ミシマ社)を出された直後でしたね。
ミルコ あの頃は前のめりになって張り切ってはいましたが、まだ多少よろよろしていたと思います。今はかなりシャンとしていますので。
鎌田 昨年暮れに、こんどは『毛の力』(小学館)を出された。その本の帯に「抗ガン剤治療によって経験した『毛のない生活』は、私に新たな生き方をもたらしてくれた」と書かれていますが、「新たな生き方」とは?
ミルコ それまで自分と自分以外の生き物、存在をゆっくり考える時間がなかったんです。それが、乳がんと前後して会社を辞めたことにより、暇になったものですから、ずっと考えていたんです。最初は治療が大変でしたから、自分のことを考えましたが、次第に自分と自分以外の生き物の連環ということを考えるようになっていったんです。
鎌田 会社を辞めるのと乳がんが見つかるのと、どちらが先だったんですか。
ミルコ ほとんど同時でした。正式な告知を受けたのは退社後です。でも、会社を辞めたいと思ったときにはすでに体調は悪く、最初に診てもらった病院でも、「間違いなくリンパ節に転移しているだろう」って言われました。
鎌田 そう言われたにもかかわらず、会社を辞めちゃう勇気って、暴走じゃない。それなりに知られた有名出版社だから、そこに身を寄せていたほうががん治療にはいいと思わなかったの。
ミルコ そのときはもう辞表を出していましたし、とにかく早く辞めたいと。会社生活に疲れていたんでしょうか。精神的にまいって気持ちが落ちていたときに、ドンと身体の悪い部分が表出してきた感じでした。
鎌田 乳がんの治療では手術、放射線、抗がん薬、ホルモン療法の4つを受け、まあまあ大過なく過ごせたのは放射線治療だったんですね。
ミルコ 放射線はありがたい治療法だと思いました。照射した部分が火傷みたいになって、見た目怖いですが、痛みがない、気持ち悪くない、1日に数分で済む。
治すという強い気持ちにより新たな良い細胞が立ち上がる
鎌田 手術は大変だった?
ミルコ 温存手術をきれいにやっていただきましたが、大変でした。最初の数年はすぐだるくなったり、四十肩みたいにぱんぱんになったりして、しばらくつらかったですね。
鎌田 ホルモン薬は?
ミルコ 薬をのむという行為があまり好きじゃないんです。それでのまないでいると、先生に「きみはどんどん止めちゃうんだね」と叱られました。薬は気持ちいいもんじゃないですよね。治療するなら、気持ちよくやりたい。最初は先生と話し合い、納得してのみ始めるんですが、途中でだんだんイヤになるんです。
鎌田 抗がん薬はイヤだった。
ミルコ イヤですよぉ。
鎌田 毛のない生活になっちゃったしね。でも、今はもう綺麗な髪の毛だ。
ミルコ おかげさまで。きょうは久しぶりに鎌田先生にお目にかかるので、美容院に行って巻いてきました。
鎌田 抗がん薬で髪が抜けたあと、硬い毛が生えてきたそうですね。
ミルコ タワシのような毛が生えてきたときには怖かったですね。髪質が変わっちゃうのかと思って。1年経ったら元の柔らかい毛に戻りました。
鎌田 毛のない生活から自毛の生活に戻る間に、生き方とか考え方とか、何か変わったんですか。
ミルコ はぁーっ(と一呼吸置いて)、落ち着いたというか、腹が据わったというか、ビクビクしなくなりましたね。
鎌田 会社を辞め、乳がん治療で毛のない生活を余儀なくされた絶望状況が、やがて希望を連れてきたんですね。
ミルコ 今、イヤなことはありません。フラットな気持ちです。がんを経験して、こういう胸中になるとは思いませんでした。がん治療のつらさには個人差がありますが、信頼できる先生のもとで、絶対に治すという強い気持ちで治療に専念すれば、必ずいい細胞が立ち上がり、身体は回復し、毛も戻ります。
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