鎌田 實「がんばらない&あきらめない」対談

「ナノマシン」はがん細胞にとって「トロイの木馬」のようなもの 片岡一則 × 鎌田 實 (前編)

撮影●板橋雄一
構成/江口 敏
発行:2015年6月
更新:2019年7月

  

がん細胞にピンポイントで抗がん薬を投与する「ナノマシン」はがん医療に革命を起こせるか

東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻の片岡一則教授が、がん医療に革命を起こそうとしている。ナノ技術を応用した「ナノマシン」により、がん細胞にピンポイントで抗がん薬を投与するシステムを開発し、治験の最終段階に入っているのだ。がん患者さんに福音をもたらす「ナノマシン」――鎌田さんが2回にわたって聞いた。

片岡一則さん「『ナノマシン』のいいところは小さな転移がんを見つけ潰してくれることです」

かたおか かずのり
1950年、東京生まれ。79年、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。東京女子医科大学医用工学研究施設助手、同講師、同助教授、東京理科大学基礎工学部助教授、同教授を経て、98年より東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻教授。2001~2004年に物質・材料研究機構生体材料研究センターディレクターを併任。04年より東京大学大学院医学系研究科附属疾患生命工学センター教授を併任。09年~13年内閣最先端研究開発支援プロジェクト(FIRSTプロジェクト)中心研究者。今年4月から文科省と川崎市の支援によって開設された難病治療の新たな拠点「ナノ医療イノベーションセンター」のプロジェクトリーダーを務める
鎌田 實さん「副作用を誘発することなく、抗がん薬でがん細胞を叩くことができれば、がん医療は大きく進歩することになりますね」

かまた みのる
1948年、東京に生まれる。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、現在諏訪中央病院名誉院長。がん末期患者、高齢者への24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(共に集英社)がベストセラーに。近著に『がんに負けない、あきらめないコツ』『幸せさがし』(共に朝日新聞社)『鎌田實のしあわせ介護』(中央法規出版)『超ホスピタリティ』(PHP研究所)『旅、あきらめない』(講談社)等多数

がんまで抗がん薬を運び がんに直接投与する仕組み

鎌田 片岡さんがリーダーとなって推進されている、抗がん薬をがん細胞まで運んでピンポイント攻撃できる「ナノマシン」の開発が最終段階を迎えているそうですが、「ナノマシン」というネーミングは片岡さんのアイデアですか。

片岡 まあ、そうです。もともと業界の正式な名称は「高分子ミセル」と言います。

鎌田 ミセルを日本語にすると?

片岡 一応「会合体」という言葉はありますが、日本語としてはぴったりくる言葉がないんですよ。石鹸のミセルは不安定ですが、私たちのミセルは高分子でつくりますので、同じミセルでも安定性は全然違います。高分子ミセルは身体の中に入れても壊れず安定しています。ただ、それだけだったらマシンにはなりません。高分子ミセルががんに薬を運んでいくだけだったら、がんには効かない。何らかのシステムによりがんの場所で薬が出るようにしなければならない。そのために高分子の構造に細工をするんです。

鎌田 どういう細工ですか。

片岡 がんの組織というのは私たちの普通の身体の中と比較して、少し酸性度、pH(ピーエッチ)が低いんです。がん細胞の中に入るとさらにpHが低くなります。ですから、pHが5ぐらいになると、自然に薬が出るような構造にすればいいわけです。

鎌田 がん細胞のpHは普通どれくらいですか。

片岡 普通の人間の身体のpHが7.4であるのに対して、がんは6.5~7.0ぐらいです。がんは代謝が盛んで乳酸ができたりしてpHが下がる。がん細胞の内部ではそれがさらに低くなりpH5くらいになります。そこへ微小な高分子ミセルが入っていって薬を出す。

pHの低いがんの組織に高分子ミセルが入り込む

鎌田 高分子ミセルはどのくらいの大きさですか。

片岡 サイズはウイルスぐらいで、大体50nm(ナノメーター)です。1nmは10のマイナス9乗mですから、10億分の1m。地球の大きさを1mとすれば、1nmは1円玉ぐらいの大きさ。高分子ミセルがいかに微小か想像していただけると思います。

鎌田 そういう微小な物質をつくる技術は以前からあったんですか。

片岡 高分子を会合させてそういう構造をつくることができるということは、私が研究を始めた10年ほど前からありました。ただ、それは何か目的を持って研究していたわけではなく、高分子物理の観点から、高分子はある条件に置くと会合してくることがわかったという程度でした。私はそれがウイルスサイズででき、しかもその内側に他の物質を入れることができることに気がついた。それでこれを薬を患部まで運ぶ容れ物として使ってみようと考えた。そこが「ナノマシン」のスタートでした。

鎌田 がん細胞の周りは他の正常な部分と比べて状態が違うんですか。

片岡 がんの周りの組織は正常組織と比べると、血管の壁のすき間が大きい。これにはいろんな理由がありますが、要するにがんは増殖が早いので、より多くの栄養や酸素を血管から取り込もうとし、血管を成長させる物質を出したりして、血管を自分のほうにおびき寄せる。ただ、そうして集められた血管は、急ごしらえの安普請ですから、きちんとした構造になっていない。物質が通り抜けやすい状態になっている。

鎌田 その部分へ高分子ミセルを送り込めば、薬も透過しやすいということですね。

片岡 他の正常な部分の血管はそういうすき間はありませんから、入りにくいんです。しかし、低分子の抗がん薬は小さいですから、どこにでも入っていってしまう。行ってほしくないところまで行ってしまう。

鎌田 なるほど。それで正常細胞まで傷つけ、副作用が出る。

片岡 その抗がん薬も高分子ミセルに入っている状態では、正常組織には入っていけない。しかし、pHの低いがんの近くを通ったときには、血管のすき間からがん組織の中に入っていくことができるのです。

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