鎌田 實「がんばらない&あきらめない」対談

「ナノマシン」が体内を循環し、診断・治療することができるように 片岡一則 × 鎌田 實 (後編)

撮影●板橋雄一
構成/江口 敏
発行:2015年7月
更新:2018年8月

  

「ナノマシン」でがん治療に革命を起こす東京大学教授の新たな挑戦

がん治療における〝超新薬〟とも言うべき「ナノマシン」開発のリーダー、東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻教授の片岡一則さんに、鎌田さんが前号に引き続き、「ナノマシン」の将来展望について掘り下げた。驚いたことに、「ナノマシン」はがん治療のみならず、再生医療、認知症、動脈硬化などにも大きく貢献するという――。

片岡一則さん「乳がん治療では、来年中に実用化されると思います」

かたおか かずのり
1950年、東京生まれ。79年、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。東京女子医科大学医用工学研究施設助手、同講師、同助教授、東京理科大学基礎工学部助教授、同教授を経て、98年より東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻教授。2001~2004年に物質・材料研究機構生体材料研究センターディレクターを併任。04年より東京大学大学院医学系研究科附属疾患生命工学センター教授を併任。09年~13年内閣最先端研究開発支援プロジェクト(FIRSTプロジェクト)中心研究者。今年4月から文科省と川崎市の支援によって開設された難病治療の新たな拠点「ナノ医療イノベーションセンター」のプロジェクトリーダーを務める
鎌田 實さん「『ナノマシン』が承認されれば、がん治療に新時代が到来しますね」

かまた みのる
1948年、東京に生まれる。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、現在諏訪中央病院名誉院長。がん末期患者、高齢者への24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(共に集英社)がベストセラーに。近著に『がんに負けない、あきらめないコツ』『幸せさがし』(共に朝日新聞社)『鎌田實のしあわせ介護』(中央法規出版)『超ホスピタリティ』(PHP研究所)『旅、あきらめない』(講談社)等多数

「ナノマシン」は低コストの「エコ・メディシン」です

鎌田 前号では、「ナノマシン」はがんの死亡率を減らすことに大きく貢献することになる、という話までうかがいました。

片岡 「ナノマシン」が認可されたとき、世の中に与えるインパクトとしては、それがいちばん大きいと思います。

鎌田 診断と治療が一緒になってくるという感じですね。

片岡 そうです。将来的には、「ナノマシン」に造影剤を入れて体内に送り込み、MRIでがんが検出されたら、こんどは「ナノマシン」に抗がん薬を入れてがんの治療を行うということも可能になります。

鎌田 「ナノマシン」は診断も治療も行うから、「体内病院」というわけですね。

片岡 ナノテクノロジーによる「体内病院」、それが将来のあるべき姿です。それがどんどん進化していくと、がんになる前から「体内病院」にあたる「ナノマシン」が体内を循環し、悪いところをあらかじめ見つけて、診断し治療する、ということができるようになると思います。

鎌田 働き盛りの人なら、手術でがんの固まりを取ったあと、「ナノマシン」を使えば、転移も早期に対応でき、完治の可能性が高まるということですね。年齢的に手術をできないお年寄りに対して、できるだけQOL(生活の質)の高い状態を維持してあげようという場合に、「ナノマシン」が使われることも考えられますね。

片岡 あり得ます。「ナノマシン」の長所の1つは、大きな装置ではなく広い場所が必要ないという点で、「いつでも・どこでも・誰でも」使える「エコ・メディシン」という点です。要するに、ものすごくお金がかかる大きな装置を使って治療するのではなく、一定のリーズナブルな治療費で、高い治療効果を出すことができると期待しています。

鎌田 前号で、現在、第Ⅲ相臨床試験の最終段階に入っていると言われましたが、もうひと息で「ナノマシン」が実用化されるわけですね。

片岡 いちばん先頭を切っている第Ⅲ相臨床試験は、ほぼ終わりつつあります。そのデータを統計解析して、年内に承認申請する予定です。その審査が半年から1年かかります。それが済めば、薬として世の中に出すという段取りになっています。早ければ、来年中には実用化されると思います。

「ナノマシン」治療は、勤めながら通院可能

■「ナノマシン」(高分子ミセル)の仕組み

鎌田 従来から、このがんにはこの抗がん薬が効くと言われている何種類もの抗がん薬がある。それらがそれぞれ「ナノマシン」に採用される可能性がありますね。

片岡 あります。上手くいけば、今使われている化学療法薬のすべてを「ナノマシン化」することができると思います。そうすれば、どの化学療法薬に関しても、副作用は解消され、薬の効果も上がります。

鎌田 現在、臨床試験は固形がんが照準になっているようですが、将来、血液がんについても、「ナノマシン」を使うことによって、抗がん薬の量を減らすこともできるようになりますか。

片岡 その可能性はあります。ただ固形がんの場合は、ある部分に限局されていますから、血管系の透過性の違いを上手く利用して、薬をがん細胞に集中して投与できますが、血液がんの場合は血液が動いていますから、固形がんと同じ方法では難しいですね。じゃあどうするかと言えば、「ナノマシン」の表面に分子バーコードをつけて、血中をぐるぐる動いているがん細胞にペタッとくっつくようにする。

鎌田 がん細胞だけペタッとくっつく性質を持ったものを見つければいい。

片岡 そういうものを「ナノマシン」の表面につけておくわけです。そうすれば、「ナノマシン」が血中を回っているとき、がん細胞がいると接触してくっついてしまう。そういう仕組みをつくれば、血液がんにも十分対応できます。そういう分子バーコードをつけた高分子ミセルの開発は、すでにやっています。

鎌田 「ナノマシン」が認可されたとき、まずどういうがんの治療に導入されると思われますか。

片岡 前号で触れたように現在、第Ⅲ相臨床試験が最終段階まで進んでいるのは、乳がん、なかでも再発乳がんを照準にした、パクリタキセルという抗がん薬が入っている「ナノマシン」で、最初の承認は乳がんになる予定です。臨床試験はがんの種類ごとに行われ、乳がんの後に肺がんの臨床試験が行われる予定です。

肺がんを照準にした「ナノマシン」は、白金抗がん薬として知られるシスプラチンを内包します。シスプラチンはよく効く薬ですが、非常に毒性が強く、とくに腎臓がやられます。現在、患者さんがシスプラチンによる治療を受ける場合は、絶対入院しなければなりません。なおかつハイドレーションといって、死ぬほど水を飲まされ、とても苦しい治療になります。しかし、シスプラチンを高分子ミセルに乗せることによって、ハイドレーションがほとんど必要なくなり、患者さんは通院治療が可能になります。

鎌田 会社に勤めながら通院で治療ができるわけですね。

片岡 普通に社会生活を送りながら、病院で30分ぐらい「ナノマシン」の入った点滴を受ければ、それで終わりです。

パクリタキセル=商品名タキソール シスプラチン=商品名ブリプラチン/ランダ

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