鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談
後藤学園付属リンパ浮腫研究所所長・佐藤佳代子さん VS
 「がんばらない」の医師 鎌田實

撮影:向井渉
発行:2010年8月
更新:2013年9月

  

言葉がなくても、手を通してコミュニケーションができる
リンパドレナージによって、患者さんの生きる力を引き出す

佐藤佳代子さん

さとう かよこ
神奈川衛生学園専門学校卒業。鍼灸師・あん摩マッサージ指圧師。ドイツ徒手リンパドレナージ協会公認フェルディ・クリニック認定セラピスト。2000年4月、フェルディ専門学校で、セラピスト養成のための教員免許も習得。現在、後藤学園付属リンパ浮腫研究所所長として、リンパ浮腫療法を行っている。共著に『リンパ浮腫 診療の実際―現状と展望』(文光堂)がある

鎌田實さん

かまた みのる
1948年、東京に生まれる。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、現在諏訪中央病院名誉院長。がん末期患者、お年寄りへの24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(共に集英社)がベストセラーに。近著に『がんに負けない、あきらめないコツ』『幸せさがし』(共に朝日新聞社)『鎌田實のしあわせ介護』(中央法規出版)『超ホスピタリティ』(PHP研究所)『旅、あきらめない』(講談社)等多数

リンパ浮腫の悩みの解消が他の痛みの解消につながる

この対談は、リンパ浮腫に苦しんでいる患者さんを何とかしたいという鎌田さんの思いから始まった

鎌田 いま、Aさんという子宮体がんの患者さんを、1時間半ほど施療していただきましたが、感触として、セラピストが継続的にリンパドレナージなどの治療をしていけば、かなり良くなる可能性はあると思いましたか。

佐藤 はい、リンパ浮腫自体を大きく変化させるというよりは、付随しておきている状態を改善できると思いました。Aさんの場合、全身性の浮腫を伴っていますので、皮膚の緊張感を解くこと、皮膚状態を改善できると期待しました。

鎌田 Aさんの子宮体がんはそのままあるわけですから、私たちはAさんは良くならないかもしれないと思いながらも、佐藤さんに施療していただければ、リンパ浮腫は楽になるかもしれないと考えて、わざわざ諏訪中央病院まで来ていただいたわけです。
ここは緩和ケア病棟ですから、「身体的な苦痛」「精神的な苦痛」「社会的な苦痛」「スピリチュアル・ペイン」という、いわゆる「4つの痛み」を緩和することを目的としています。Aさんは身体的な問題として、深刻な子宮体がんに加えて、リンパ浮腫がおきているわけです。Aさんの子宮体がんは、もう手術はできない状況です。しかも転移していて、放射線治療も化学療法もできないし、本人もしたくないと言っています。
そういう状態ですから、私は正直なところ、Aさんの身体的な問題を解決することは、どんな優秀なセラピストでも難しいのではないか、と思っていました。ですから、佐藤さんに来ていただいたのも、佐藤さんの施療によって、Aさんの身体的な苦痛を軽減することよりも、精神的苦痛、社会的苦痛、スピリチュアル・ペインの面で効果が出てくるのではないか、と考えてのことでした。

大事なことは肉体的な痛み以外の痛みに向き合うこと

鎌田 しかし、佐藤さんの治療を見ていて、やはり佐藤さんの仕事は、身体的な苦痛を緩和することがメインなんだと再認識しました。身体的な苦痛が少しでも改善されれば、他の3つの苦痛も改善されるわけですよね。

佐藤 そうですね。身体的な苦痛から少しでも解放されるよう、患者さんの「こうありたい」という姿に少しでも近づけていく。それはとても大事なことです。このため、高いレベルの技術に習熟しておくことは重要です。しかし、治療に当たる際の技術の重要性の割合は、全体のうちのほんの一部だと思っています。私たちの治療は、一見、肉体的な痛みにアプローチしているように見えますが、本当に大事なことは、それ以外の痛みに気づき、向き合うことです。実際にお会いしたときの、患者さんの言葉や声の質、目の力、皮膚の緊張状態など、主症状以外の、普段のさりげない表情から伝わってくるものを深く読み取ることも必要です。これらには、鎌田先生がいまおっしゃった、肉体的な痛み以外の痛みが含まれていると感じています。

治療をあきらめた人でも気になる腕や脚のむくみ

佐藤さんから教わりながら恐る恐る手をふれていくご主人

鎌田 実は、佐藤さんに来てもらえるかもしれないと伝えたとき、Aさんご夫婦の目の色が変わったんですよ。私は先日、がんの末期の患者さんや重い障害のある方80人をグアムにお連れしたために、1週間回診が抜けてしまいました。グアムから帰ってきて緩和病棟の主治医の先生に、Aさんの様子をうかがったら、気持ちが前向きになり、久しぶりに他の病棟まで出て行って、ご趣味のピアノを弾かれた、と聞きました。きょう2週間ぶりに回診にうかがったら、ちょうどかき氷を食べていらっしゃって、私が入っていった瞬間、ものすごくいい笑顔をされ、「きょう楽しみにしています」と言われました。きょう佐藤さんに診ていただけるということで、この2週間の間に気持ちが前向きになられました。
Aさんご本人は埼玉からこの病院に来られて、2~3週間かけてゆっくり化学療法を受けるかどうかを、腫瘍内科医と産婦人科医の2人の主治医と、ご主人を交えてじっくり相談されました。その結果、治療しないことをご本人が決断されたわけです。ご本人は納得して決断されたわけですが、決して100パーセント納得されていたわけではない。それは「むくんだ脚のことがとても気になる」ということです。乳がんの末期の患者さんの場合もそうですが、そういう脚や腕のむくみに対して、日本の医師は「しょうがない」と考えてしまうケースが少なくないような気がします。

治療者との交流が患者の生きる力につながる

「こんな感じに軽くさすっていきます」と佐藤さんは、鎌田さんの手をとって実践的に教えていく

佐藤 これまで日本の医療において、リンパ浮腫に対して十分な対応がなされていませんでした。このため、現在もリンパ浮腫は改善できないと考える医療者もいます。とくに、終末期医療においては、できることが限られてきますので、きょうAさんにお目にかかるまでは、事前にお聞きしていた症状から、お会いしたときにどの範囲まで治療をすることができるか考えていました。実際にお会いしてみて、できることはかなり限られていましたが、そのなかでこの方にとって何が1番大切なのか、どこまで実現できるかを、身体に触れさせていただきながら判断していました。
マッサージの手技もいろいろあり、微弱な刺激から幅広く圧の加え方を変化させ、患者さんの日々の状態に応じて対応することができます。いわゆる通常のリンパドレナージが禁忌になる場合には、適応禁忌を踏まえたうえでその他の手技を合わせて行うこともできます。実際に、Aさんの場合には、リンパドレナージに加え、そのほかの手技も合わせて行いました。リンパ浮腫の治療中は、とても静かに時間が流れてゆきます。治療を進めてゆくなかで、症状を改善することだけでなく、患者さんと治療者の間には言葉ではない交流が生まれてきます。実際に患者さんの皮膚に触れると、氷が溶けていくように緊張感が解けていくことが伝わってきます。Aさんも気持ちよさそうな感じで、笑顔もより明るくなりました。身体の変化が精神的な変化を生み、それが患者さんの生きる力につながっていくのではないかと思います。

家族のマッサージが家族の絆を強める

鎌田 最後は気持ちよさそうに寝ていらっしゃった(笑)。

佐藤 冗談も言われましたね。ご主人の表情も柔和でしたね。

鎌田 ご主人がいちばん幸せそうだった(笑)。

佐藤 がん治療において、医療者がわかりやすくご説明しようと努めても、やはり専門用語がたくさん並びます。次第に、ご家族は傍で見守ることしかできなくなります。しかし、専門職の方から指導を受けることにより、在宅においてもご家族で共に治療やケアができることがあることを大変喜ばれています。たとえ言葉が交わせなくても、患者さんは最期まで家族からのマッサージを受けることで、手と肌を通してコミュニケーションができるのです。

鎌田 ご主人は、「ぼくがマッサージをやると、女房は嫌がるかなぁ。娘に来てやってもらいます」とおっしゃっていましたが、ご主人がなさるにしても、娘さんがなさるにしても、マッサージが家族の絆を強めることにつながりますね。

佐藤 患者さんと出会えて良かったと思うことは、治療やケアと出合っていなければ、何もせずに「しようがないね」とあきらめられてしまうケースでも、可能な限り患者さんの望みどおりの治療が行われることです。
長い闘病生活の間に、患者さんは家族に伝えたいことがあっても、自分が痛がるとつらい思いをさせてしまうという遠慮から、本音を語りにくくなる。ご家族も腫れ物に触るような接し方になってしまう。このような毎日を重ねてゆくうちに、支えとなる家族との気持ちの触れ合いから次第に遠のいてしまうことがあります。お互いにいのちの時間は限られているのに、そのなかで、本音で語り合えないまま時間が過ぎてゆくのは、本当にもったいない。それをぐっと真ん中に引き寄せる秘訣がリンパドレナージの手技にはあると感じます。

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