鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談
あだち健康行動学研究所所長・足達淑子さん VS 「がんばらない」の医師 鎌田實

撮影:板橋雄一
発行:2010年4月
更新:2013年9月

  

気分が変われば、考えが変わる。考えが変われば、行動も変わる
病気は「生き方を少し変えなさい」という神様からの啓示です

足達淑子さん

あだち よしこ
精神保健指定医。あだち健康行動学研究所所長。東京医科歯科大学医学部非常勤講師、日本予防医学協会理事、日本行動療法学会・日本行動医学会編集委員、日本健康支援学会理事・編集委員、日本病態栄養学会評議員。東京医科歯科大学医学部卒業。医学博士(九州大学)。広島国際大学教授(2001~2004年)、久留米大学客員教授(2004~2007年)

鎌田實さん

かまた みのる
1948年、東京に生まれる。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、現在諏訪中央病院名誉院長。がん末期患者、お年寄りへの24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(共に集英社)がベストセラーに。近著に『がんに負けない、あきらめないコツ』『幸せさがし』(共に朝日新聞社)『鎌田實のしあわせ介護』(中央法規出版)『超ホスピタリティ』(PHP研究所)『旅、あきらめない』(講談社)

がん患者さんにも参考になる行動変容の考え方

鎌田 足達さんは11年前に、福岡県太宰府市で「あだち健康行動学研究所」を開設され、生活習慣を変えること、つまり行動変容によって健康増進と疾病予防をめざす研究活動をされている医学博士ですが、私の後輩なんですよね。

足達 東京医科歯科大学の後輩にあたります。鎌田先生のご活躍はよく存じ上げています(笑)。

鎌田 お目にかかるのは初めてですよね(笑)。私は今、読売新聞がインターネットで発信する医療情報のなかで、「見放さない」というタイトルで、行動変容をテーマにした記事を書いています。それでいろいろな参考資料を読んでいるうちに、足達さんの『行動変容をサポートする保健指導』(医歯薬出版)というテキストに出くわしたわけです(笑)。

足達 ありがとうございます。

鎌田 そのテキストを読んで思ったのは、行動変容でがんが治るとまではいかないにしても、がん患者さんやそのご家族にとって、がんとの距離の取り方、生き方、価値観といった点で、行動変容のお話がヒントになるのではないか、この先生に会おうと思いました。

足達 鎌田先生が『がんばらない』『あきらめない』などでおっしゃっていることも、行動変容に通じるように思います。がんに限らず、さまざまな病気にはストレスが関わっています。ですから最近は、ストレス・コーピングというアプローチが必要といわれています。

鎌田 ストレス・コーピングとは?

足達 コーピングとは対処するという意味です。ストレス・コーピングとは、その患者さんがどのような状況で、どのようにストレスを感じているかを探っていき、それを和らげるため対処することです。たとえば、騒音にストレスを感じているとします。騒音にはさまざまな種類がありますが、対処できるものと、できないものがありますね。対処できない騒音には対処をあきらめ、他に楽しいことを考えるようにします。

鎌田 あきらめてもいいんだ。

足達 あきらめるというのは「できることとできないことを、明らかにする」という語源からでているようですね。がんばっても仕方がないとはっきりすれば、あきらめてムダな努力はしない。

鎌田 これ、いいな。がんの患者さんにヒントになる。がんばってもいい場合はがんばる。

足達 はい。対処の方法によって、ストレスの強さが変わることもあります。騒音の場合、耳栓をすると、うんと楽になりますね。

少し楽になることをするだけで気分が変わる

足達淑子さんと鎌田實さん

鎌田 たとえば、がんの場合、手術をしたあと、これで完治するのか、再発するのか、患者さんは不安に陥ります。それは大きなストレスですよね。その場合、自分の中にあるパワーを信じて、「なにくそっ!」と思ってもいいし、パワーがないと感じるときには、そこから少し逃げて、違うことに夢中になってもいいわけですか。

足達 私は患者さんに、「今、自分には何ができるだろうか」という発想をお勧めすることが多いですね。そして、その人ができると思われる行動レパートリーの中で、その人の持っている能力と、今の状況と、今の環境の中で、どういうことができるのだろうかを一緒に考えますね。

鎌田 がんの患者さんとコミュニケーションをとっている間に、何か行動変容を起こすきっかけを見つけてあげるわけですか。

足達 私はがんの患者さんを直接治療してはいませんが、うつ病の患者さんの場合、「ご自分がどんなときが快適か」というイメージを作ってもらい、そのためにどんなことならできるのかを探してもらいます。大きくいうと生きがいというようなことになりますが、そんな大げさなことでなくてもいいのです。たとえば、花を見ていると楽しいとか、お風呂に入っていると快適であるとか、少し楽になることをするだけで、気分が変わってきます。気分が変われば、考えが変わる。考えが変われば、行動も変わる。そんな感じです。

鎌田 行動変容という言葉は、英語ではビヘイビア・チェンジではないですよね。

足達 チェンジも同じように使われていますが、私はモディフィケーションのほうが近い気がしますね。私の印象ではチェンジは変える、別のことをする、というイメージですが、モディフィケーションは自分の中にある、違うものを引き出す、というイメージです。モディフィケーションのほうが適切かなと思います。

鎌田 なるほど。後輩いいこと言うな。もともと持っているパワーを引き出す、ということですね。

足達 それによってもう少し健康になる、ということでしょうか。

行動を変えさせることにより治療効果を高める

鎌田 私は、35年前に東京医科歯科大学を卒業して諏訪中央病院へ来たわけですが、当時、病院は評判を落として閑古鳥が鳴く状態でした。ただ、周辺の住民には脳卒中が多く、これは放っておけないと思い、夜、ボランティアで、年間80回ほど、「脳卒中で死なないために」という集いをやるなど、健康づくり運動をやりました。雪の季節の農閑期に住民を集め、講演でしつこく「減塩、減塩」と言うわけです。おばさんたちは「わかった、わかった」と言いながら、講演のあとに車座になって話を始めると、山盛りの野沢菜を出してきて、その上におかかをかけ、さらに醤油をかけて食べる(笑)。
私が行動変容ということを考えるようになったのは、その頃からです。いくら減塩を推奨し、頭ではわかってもらっても、行動に移してもらわないと、何も変わらない。

足達 わかります。

鎌田 そのとき、行動変容を起こしてもらうには何が大事かと考えました。そして思い至ったのは、その人の心を揺さぶらないと、その人が生活を変えるということはない、ということでした。心を揺さぶるには、その人たちの生活の背景をきちんと理解し、共感を持って知恵を出すことです。そうすることで言葉が通じるようになり、そこではじめて行動変容が起き、脳卒中も減ったわけです。私はがん患者さんも診ますが、がん患者さんに関しても、行動変容の考え方が生き方の1つのヒントになると思ったわけです。心持ちを変え、行動を変えると、元気が出た。笑いが出てきて、結果が少し良くなる。

足達 大切なことは、患者さんがこれから生活の中でできそうなことを、はっきりと示してあげることではないでしょうか。塩分の摂りすぎが悪いとわかったら、次にどうしたら塩分を減らせるのか、例えば漬け物には醤油をかけないなど、生活に根ざした具体的な行動まで落とし込む必要があります。行動科学のスタートは問題となる行動を具体的に取り上げて表すことです。そして、どこがいいか、どこが悪いかを、人格には関係なく、実際の生活の中で具体的に指摘することが大事でしょうね。そうすると、これなら自分にもできる、そう思っていただけるようです。

鎌田 人格や価値観はあまり関係ない。あっ、これいい。自分は性格が暗いからダメなんてことがないんだ。どんな性格でもいいんだ。行動さえ変えれば元気になれる、健康に生きていける。そこが大事ですね。

足達 人格には直接触れない。その人がいま困っていることを解決できそうか一緒に考えます。ですから相手が傷つかない、非常にプラクティカル(実践的)な考え方です。

鎌田 それは心理療法や精神科療法にある行動療法と同じですか。

足達 同じです。行動療法は1番大きなくくりで行動修正療法とか、行動療法とか、認知行動療法とかを全て統合したものと理解していただいてよろしいと思います。細かくいうといろいろありますが、行動を変えることによって治療効果を上げるという点では同じですね。

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