鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談
東邦大学医療センター大森病院・大津秀一さん VS 「がんばらない」の医師 鎌田實
最も多い後悔は「会いたい人に会っておかなかった」ということ
緩和ケアはすべての医療の基礎にあるべきだ
おおつ しゅういち
1976年生まれ。茨城県出身。岐阜大学医学部卒業。緩和医療医。内科専門研修後、日本最年少のホスピス医(当時)として、日本バプテスト病院ホスピスに勤務した後、2008年5月より、東京・大田区の東邦大学医療センター大森病院に勤務し、入院・在宅双方でがん患者・非がん患者を問わない終末期医療に携わっている。著書に『「死学」~安らかな終末を、緩和医療のすすめ』『瀕死の医療~患者は病院とどうつきあい、どう生きればいいのか』『余命半年~満ち足りた人生の終わり方』『死ぬときに後悔すること25』など
かまた みのる
1948年、東京に生まれる。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、現在諏訪中央病院名誉院長。がん末期患者、お年寄りへの24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(共に集英社)がベストセラーに。近著に『がんに負けない、あきらめないコツ』『幸せさがし』(共に朝日新聞社)『鎌田實のしあわせ介護』(中央法規出版)『超ホスピタリティ』(PHP研究所)『旅、あきらめない』(講談社)
精一杯生きたいのちは死ぬときに後悔しない
鎌田 大津さんが今年5月末に出された『死ぬときに後悔すること25』(致知出版社)という本が話題になっていますね。私も読ませていただきましたが、まず話の組み立てがとても上手いと感じました。
大津 ありがとうございます。
鎌田 そのあとがきに、「桜の花は後悔するだろうか」という話が書かれています。桜は満開になって数日のうちに散っていく。しかし、大津さんは桜が散るのを見て、桜は後悔していないと感じる、と書かれています。
大津 桜は精一杯咲いて、見事な満開の姿を見せて散っていくから、後悔しているとは思えないのです。セミも同じです。セミは8年ほど土の中で過ごし、外へ出て数日で死にますが、短いいのちを精一杯生きています。私はその姿に後悔というものを感じないのです。
鎌田 精一杯生きようとしたいのちは、死ぬとき決して後悔しない。
大津 私はこれまで1000人以上の死を見てきましたが、生物学的な生命の長さは、死ぬときの満足度には関係ないように思います。40~50歳代で亡くなる人でも、「生を生き切った」と後悔しない人がいらっしゃいますし、逆に80~90歳代まで生きた人でも、思い残しの強い人はいらっしゃいます。そういう意味では、精一杯生きる時間の密度が大事だと思いますね。
4つの「if」を考えさせたあるがん患者の死の光景
鎌田 以前書かれた『「死学」――安らかな終末を、緩和医療のすすめ』(小学館)という本は、4つの「if」(もし)を前提に書かれています。48歳の膵臓がんの男性の患者さんが、肝臓に多発転移を起こして、数カ月後、苦しんで苦しんで亡くなった。
最期は息子さんが駆けつけるまで、肋骨が折れるほどの心臓マッサージをされていたんですよね。よくある光景です。その光景を見て、大津さんは4つの「if」を考えた。
第1の「if」は、「もし病気の知識があったら」、第2は、「もし家族とよく話し合っていたら、この人の最期はどうだったんだろう」、第3は、「主治医の内科医が緩和ケアに精通していたら」、第4は、「延命治療についてちゃんとした話し合いが行われていたら」、この4つです。
この患者さんは、本当に心臓マッサージを望んでいたのだろうか。その疑問が大津さんにはあった。それが今回の『死ぬときに後悔すること25』につながったわけですね。
大津 そうですね。平成18年にその本を書いたのは、緩和医療に対する世間の認知度がまだまだ低い、ということがきっかけでした。当時は京都にある日本バプテスト病院に勤務していました。比叡山の麓にあるホスピスです。当時、京都にホスピスは2つしかなかったんです。1つは薬師山病院という独立型のホスピスで、病院に併設されたホスピスは日本バプテスト病院だけでした。
それで、大きな病院から紹介された多くの患者さんが、バプテスト病院にいらっしゃいました。それまで大きな病院で化学療法などを受けていた人が、ある日突然、紹介されてホスピスへ移っていらっしゃるわけですから、このまま安楽死させられるのではないか、という怖れを持っていらっしゃる患者さんが少なくないわけです。
私たちは患者さんに、ホスピスはきちんと痛みを取り、より良い生活の質を維持するところだということを、毎回毎回、1時間から1時間半かけて説明していました。そこで、もう少しホスピス、緩和医療の認知度を高める必要があると思って、その本を書いたのです。
キリスト教系ホスピスからグループ医療のクリニックへ
鎌田 3年前の時点でも、ホスピス、緩和医療に対する認知度はまだ低かった。
大津 そうです。その後、次第にホスピス、緩和医療に対する認知度も高まってきましたが、最近はむしろ、「ホスピスに入ったけれども幸せになれない」という声もあるようです。それは、やはり4つの「if」に関わる問題だと思います。
患者さん自身、ホスピスに入って何をやるかが明確ではないのです。ホスピスに入ってやるべきことを、病気になる前から考えておくことが大事だと思います。
鎌田 そうか。それが『死ぬときに後悔すること25』につながったんだ。この間、大津さんは京都の日本バプテスト病院のホスピスから、東京の東邦大学医療センター大森病院に移り、グループ診療の中で緩和医療に従事されていますね。
日本人の約92パーセントが一般病棟で亡くなっています。そして、最近の在宅医療や往診医療の充実により、在宅医療で亡くなる人が約6パーセント、ホスピスの緩和ケア病棟で亡くなる人は約2パーセント。大津さんが緩和ケア病棟から在宅医療や往診医療を主戦場に方向転換したのは、どういう理由からですか。
大津 緩和ケア病棟では次から次へ患者さんが紹介されてきて、年間240人以上の人が亡くなられるという状況で、往診する余裕がまったくありませんでした。患者さんの中には、「最期は家で死にたい」とおっしゃる方もいらっしゃいました。しかし、私自身在宅医療の経験が乏しかったため、自分の実感として在宅を勧めることができなかったのです。
鎌田 経験がない世界を想像でとらえていたわけですね。
大津 しかし、そのうちに、これではいけないと思うようになりました。患者さんが「家に帰りたい」と言ったら、その気持ちを汲んでやるのが本当の医療ではないか、病院にしがみつかせるだけでは、患者さんが望む医療はできないのではないか、と考えるようになったのです。
それで拠点を変えてみたいと思って、いろいろ探していたとき、たまたま東邦大学医療センター大森病院が目に入ってきたのです。ここは往診医療もできますし、患者さんがつらくなってきたら入院していただくこともできる、自由度の高いクリニックです。それに私自身、がん患者さんだけでなく、認知症や脳疾患などの終末期の患者さんももっと診療しなければいけないという思いがありました。ここならがん患者さん、非がん患者さん、両方の患者さんの治療が、そのご家族の希望に応じながらできると思ったわけです。
鎌田 大津さんが移る前から、グループ診療が行われていたのですか。
大津 はい。グループ診療を行い、緩和医療もやっているということでした。ただ、ホスピスや緩和医療の精神はありましたが、専門的にホスピスで研修を積んだ医師がいなかったために、まだ技術として花開いていないという状態でした。私が1から立ち上げたという感じですね。
日本バプテスト病院ホスピス医長の山本一成先生には常々、「ゼロから作り上げてはじめてホスピスであり、緩和医療なんだよ」と教えられていましたから、東邦大学医療センター大森病院でしっかり緩和医療を育てていきたいと思っているところです。
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