鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談
国立がんセンター総長・廣橋説雄さん VS 「がんばらない」の医師 鎌田實

撮影:板橋雄一
発行:2009年5月
更新:2019年7月

  

がん対策に必要な根拠を示し具体的に政策提言していきたい
「我が国のがん医療の向上を牽引していく」その覚悟で臨んでいます

廣橋説雄さん

ひろはし せつお
1949年茨城県生まれ。1974年慶応義塾大学医学部卒。1979年慶応義塾大学大学院医学研究科博士課程(病理学専攻)修了。同年6月国立がん研究センター研究所病理部研究員。1983年8月同室長。1990年4月同部長。1993年10月国立がん研究センター研究所副所長。1999年4月同所長。2007年4月国立がん研究センター総長。慶応義塾大学医学部病理学客員教授。日本癌学会理事。日本病理学会評議員。日本対がん協会評議員

鎌田實さん

かまた みのる
1948年、東京に生まれる。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、現在諏訪中央病院名誉院長。がん末期患者、お年寄りへの24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(共に集英社)がベストセラーに。近著に『がんに負けない、あきらめないコツ』『幸せさがし』(共に朝日新聞社)『鎌田實のしあわせ介護』(中央法規出版)『超ホスピタリティ』(PHP研究所)『旅、あきらめない』(講談社)

毎年60万人ががんにかかり30万人ががんで亡くなる

鎌田 国立がん研究センターの総長といえば、がん医療、がん対策のリーダー的な立場ですが、現在の日本のがん対策について基本的にどうお考えですか。

廣橋 近年、がんは国民のきわめて大きな脅威になっています。これまでもがん対策はいろいろ進められてきましたが、現状ではまださまざまな問題があります。外国には総合的、計画的ながん対策を実施することで、大きな成果を得ている国もありますから、総合的、計画的ながん対策を推進することが大切だと思います。
現在、日本では年間約30万人の人ががんで亡くなっています。昭和56年に日本人の死因の第1位になって以来、がんで亡くなる人は増え続けており、現在は国民の3人に1人ががんで亡くなる時代です。毎年60万人の人ががんを発病しており、一生の間に男性の2人に1人、女性の3人に1人ががんにかかる時代になっています。

鎌田 がんから逃れられない時代といってもいい状況ですね。

がん対策を総合的、計画的に進めれば成果は出てくる!?

廣橋 国立がん研究センターは昭和37年に設立されていますが、これも当時のがん対策の一環です。その後、がんの予防に関する情報提供も積極的に行われてきましたし、胃の集団検診に始まり、胃がん、子宮がん、肺がん、乳がん、大腸がんなど、がん検診にも力を入れてきました。また、がんが死因の第1位になった昭和56年の3年後から、がんの研究に力を入れた第1次対がん10カ年総合戦略が始められました。その後、がん研究の成果をがん克服につなげることを目指した第2次の対がん10カ年総合戦略が進められました。がんに対する国民の理解は深まり、分子標的薬治療や放射線治療の進展など、がん治療の進歩には目覚ましいものがあります。

鎌田 そうですね。日本ががん対策に本格的に力を入れ始めてから、もう20年以上が経っているんですね。

廣橋 しかし、残念ながら、日本のがん対策は総合的な戦略にはなっていない面がありました。予防の分野ではタバコの問題が大きいわけですが、日本の男性の喫煙率は減ってきてはいるものの、諸外国と比べるとまだ高いですね。女性の喫煙率も減り方が非常に少ない。また、検診については、受診率が20~30パーセントと、まだまだ低いです。さらに、全国の医療機関においては、がん医療のレベルに大きな差があることが指摘されています。がん患者さんやその家族が、がんに関する情報や医療機関に関する情報を、十分に得られていないという問題点もあります。

鎌田 がん治療は進歩してきたが、がん対策全体として見ると、まだ国民に浸透しているとは言い難い、ということですね。現実にがん患者さんが増え、死亡率も上がっている。

廣橋 たとえばアメリカでは、総合的な対策が進められた結果、乳がんの死亡率は減少し始めています。日本では乳がんは罹患率、死亡率とも、まだ上昇傾向にあります。アメリカで乳がんの死亡率が減少したのは、マンモグラフィによる検診を受ける人が増えたことと、術後の化学療法をきちんと受ける患者さんが増えたことによります。日本でも対策を総合的、計画的に進めれば、成果は出てくるはずです。ですから、第3次対がん10カ年総合戦略では、研究の推進だけではなく、予防・早期発見の推進、医療の均てん化を含めた医療の向上、それを支える社会基盤の整備などに、総合的、計画的に取り組むことになったわけです。

鎌田 それに加えて、3年前にがん対策基本法が制定され、がん対策が強化されたわけですね。

廣橋 もっと適切な医療、情報を得たいという患者さんからの要望が強まり、国や医療側にもがん難民をなくしたいという思いを共有し、がん対策基本法が成立しました。そして、がん対策推進基本計画ができ、総合的かつ計画的にがん対策を推進することになったわけです。

がん対策推進協議会には患者さんの代表も参加

写真:廣橋説雄さんと鎌田實さん

「がん診療に携わるすべての医師が緩和医療の基礎知識を身につけることを目指しています」と語る廣橋さん

鎌田 がん対策推進基本計画に基づいて、がん対策推進協議会がつくられていますね。

廣橋 協議会のメンバーは18名で、私もそのメンバーの1人ですが、委員のうち4人は患者さんとその家族、そして遺族を代表する方々です。その方々は積極的に発言され、計画づくりに貢献されました。つまり、がん対策基本法の大事な目的である、患者さんやその家族の視点が尊重されているのです。
要するに、現在の日本のがん対策は、総合的、計画的、かつ患者さんの視点を尊重するという3つの観点から進めることになったわけです。

鎌田 国民・市民の声を反映するシステムが、医療の分野で初めてできたという感じがしますね。素晴らしいことだと思います。国立がん研究センターのトップの立場からご覧になって、がん対策基本法ができたことによって、日本のがん対策は大きく変わったと感じますか。

廣橋 諸外国の中には、がん対策基本法のような法律を作って成果を上げている国もありますし、日本も国を挙げてがん対策に取り組む意志を明確にしたわけですから、大きく動き出したという感じはします。

鎌田 私も法律を作って大正解だったと思いますが、もっと予算が付けられても良かったのではないかと思います。たとえば1980年代にアメリカが国を挙げてがん撲滅に乗り出したとき、たしか日本円にして20兆円ぐらいのお金を投入しています。それに対して日本では、法律に関連して動いたお金は、私の計算では500億円ぐらいです。

廣橋 たしかに、目標を実現するためには、もっと多くの予算が必要だという面はあります。協議会でもそういう意見がありますね。

鎌田 アメリカ発の金融危機で、世界経済が急激に落ち込んでいる状況ですから、政府もムダなお金は遣えないところです。しかし、逆に言えば、政府は経済を動かすために、どこかにお金を遣う必要があります。これまで医療費、社会保障費などは随分削減されてきました。国民の2人に1人ががんになる時代に、がん撲滅に乗り出しているわけですから、がん対策に思い切った予算を投じてもらいたい。

廣橋 基本的に賛成です。私たちはこういう対策が必要であるという根拠を示して、その対策を具体的に提言していく仕組みを、がんセンターの中に構築していきたいと思っています。

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