鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談
読売新聞医療情報部次長・田中秀一さん VS 「がんばらない」の医師 鎌田實
ジャーナリストとして感じた日本のがん治療の常識・非常識
副作用に耐えるための治療は本来の治療ではない
たなか ひでかず
1959年、東京生まれ。1982年、慶應義塾大学経済学部卒業、読売新聞東京本社入社。長野、松本支局、社会部などを経て、1993年から長期連載「医療ルネサンス」を担当。97年に発足した医療情報室(現・医療情報部)記者として、がん、医薬品、生殖医療など、健康・医療問題を取材。1998年に「国内初の卵子提供による体外受精」の報道で新聞協会賞を受賞。2000年から医療情報部次長。2008年4月に『がん治療の常識・非常識』(講談社)を刊行した
かまた みのる
1948年、東京に生まれる。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、現在諏訪中央病院名誉院長。がん末期患者、お年寄りへの24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(共に集英社)がベストセラーに。近著に『がんに負けない、あきらめないコツ』『幸せさがし』(共に朝日新聞社)『鎌田實のしあわせ介護』(中央法規出版)『超ホスピタリティ』(PHP研究所)『旅、あきらめない』(講談社)
日本のがん治療は進歩しているのか?
鎌田 田中さんは患者さんにも、医者にも取材していますから、公平な目でがん医療のことを話せる立場です。去る4月には講談社から、『がん治療の常識・非常識』という本も出された。今日は、新聞記者の目からみた「がん」について語ってほしいと思います。まず、この50年、日本のがんの治療成績は変わっていない、と書いていますね。
田中 私たちは日頃、新聞記事で、「こんな新しい治療法が出てきた」「こんな素晴らしい薬が開発された」と書いています。また、医師も異口同音に「がん治療は進歩しています」と言います。たしかに、国立がん研究センターの5年生存率のデータを見ると、だいぶ良くなっています。
鎌田 1960年に男性の5年生存率が30パーセント、女性が50パーセントだったのに対して、現在は男女とも60パーセントになっている。
田中 そうです。しかし、私たちの身の周りでは、がんになる人は多いし、がんで亡くなる人も増えています。そこで、本当にがんは治るようになっているのか、調べてみました。すると、がんになった人のうち、治っている人の割合はあまり増えていない。肺がんなどはほとんど増えていません。
鎌田 田中さんの本に、肺がん、胃がん、大腸がんの死亡率と罹患率の推移を示すグラフがでています。胃がんは多少改善されていますが、肺がん、大腸がんは緩やかな右肩上がりになっていますね。
田中 胃がんの成績が良くなっているのは、手術や抗がん剤が良くなったからというわけでもないと思います。最近、内視鏡など画像診断装置が発達して、小さながんが見つけられるようになりました。その中には、命にかかわらない、放っておいても大丈夫なものもあります。そういうものも含めてデータを取ると、見かけ上、良くなったように見えるわけです。中でも、前立腺がん、大腸がんにはそういうケースが多いですね。高齢で亡くなった人を調べると、3割ほどの人に小さな前立腺がんあると言われますが、それは命に関係なかったがんです。子宮がんにもそういう例があります。
鎌田 子宮頸がんと診断された人の32パーセントが、放っておいたらがんが自然に消えたという話も紹介されている。
田中 上皮内がんといって、いちばん早期の子宮頸がんです。その中には非常におとなしいものがあり、自然に消えてしまうわけです。
鎌田 自然に放っておいても治ったがんを、手術したから治ったと思っているケースもあるわけですね。
田中 そう思います。
がんとの戦争に敗北したアメリカ
鎌田 アメリカは1971年頃から、20兆円という膨大な費用をかけて、がん撲滅に取り組んできました。現在でも、毎年5000億円の予算を投じています。それに対して、2年前にがん対策基本法ができた日本のがん対策費は、2007年度で212億円です。だから、私たちはアメリカのがん治療はすごく進んでいると思っていた。しかし、4年前に「フォーチュン」誌に、「なぜ我々はがんとの戦争に敗北しているか」という論文が掲載されたんですね。
田中 そうです。アメリカは予算をかければ、がんを撲滅できると考えていたのです。しかし、30年経っても撲滅できなかった。心臓病や脳卒中で亡くなる人は減っているのに、がんで亡くなる人は逆に増えたのです。アメリカでも肺がんは減ってきていますが、それは治療の進歩ではなく、たばこを喫う人が減ったからだと言われています。
鎌田 日本はがん対策基本法ができ、文部科学省や経済産業省のがん関連予算を含めると、2007年度で総額534億円のがん対策予算が講じられています。これはアメリカのような先進医療を持ち込めば、がん治療は改善するという文脈で行われたことだと思います。しかし、アメリカは敗北宣言をした。日本はその後を追おうとしているんでしょうか。
田中 アメリカ政府ががんとの戦争に敗北したと認めているわけではありません。ただ、敗北したという指摘があり、それがかなりの説得力を持っているという状況です。日本のがん対策がアメリカに追随してきたのは事実で、それが今も続いています。しかし、アメリカのがん対策がどこまで効果を上げたのか、検証してがん対策を進めているわけではないようです。
鎌田 田中さんの調べでは、年間400億円ぐらいの予算が新しいがん治療の研究開発に投じられているようですが、それがどこまで根拠のある支出なのか、はっきりしない面もあるようですね。
田中 そうだと思います。
X線による肺がん検診を継続する日本の事情
鎌田 がん対策基本法の大きな数値目標として、10年以内にがんの死亡率を20パーセント減らすという目標が立てられています。政府の見通しでは、冷凍技術が進歩して塩分の摂取が減り、胃がんが減っていく。ウイルスが原因の子宮頸がんも、性生活が清潔になれば、自然に減っていく。同じくウイルスが原因の肝臓がんも、C型肝炎、B型肝炎の新たな感染を防いでいけば、減ってくる。つまり、環境やウイルスが原因しているものは、いずれ10パーセントは減らせるということです。また、禁煙の増加、検診の浸透、がん診療拠点病院などの充実で、10パーセント減らせると予測しています。この見通しはいかがですか。
田中 おそらく禁煙が最大のがん対策になると思います。また、検診が大事だということは、世界的に言われています。がんの種類によりますが、検診が有効ながんもあります。
鎌田 どういう検診が有効だと思われますか。
田中 子宮がん検診は世界的に効果が認められています。大腸がん検診も有効だと思います。また、マンモグラフィ(乳房X線撮影装置)を使った乳がん検診も、世界的に効果があるだろうと認められています。
鎌田 しかし、日本は先進国の中ではマンモグラフィをあまり導入しなかった国で乳がん検診は触診に頼ってきました。実際、マンモグラフィによる検診に疑問符を付けた論文もあるようですね。
田中 アメリカではマンモグラフィによる検診を認めていますが、その根拠は必ずしも明確になっているわけではありません。
鎌田 日本は結核をレントゲン検査によってほぼ撲滅した経緯があります。その手法で、肺がん検診をレントゲンで行っていますが、どうなんでしょう。
田中 それに関しては、アメリカで臨床試験をやっていますが、レントゲンで検診しても、肺がんで亡くなる人は減らなかった、という結果が出ています。世界的にX線で肺がん検診を行っているのは、日本ぐらいです。レントゲン検診の団体があり、検査に携わっている人が少なくないので、すぐにはやめられないという事情もあるようです。
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