鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談
東京大学病院放射線科准教授/緩和ケア診療部長・中川恵一 VS 「がんばらない」の医師 鎌田實
東大病院放射線治療のトップが語る「がん難民を救う法」
がん治療には「がんばらない」も「あきらめない」も必要なんです
なかがわ けいいち
1960年、東京都生まれ。85年、東京大学医学部医学科卒業、同医学部放射線医学教室入局。89年、スイスPaul Sherrer Instituteへ客員研究員として留学。 同年、社会保険中央総合病院放射線科へ。93年、東大医学部放射線医学教室助手を務めた後、96年、同専任講師、2002年、同准教授。03年、同附属病院緩和ケア診療部長(兼任)となり、現在に至る。主な著書に『緩和医療のすすめ』『ビジュアル版 がんの教科書』『がん!放射線治療のススメ』『がん 生きたい患者と救いたい医師』(共著)『がんのひみつ』など
かまた みのる
1948年、東京に生まれる。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、病院を退職した。現在諏訪中央病院名誉院長。同病院はがん末期患者のケアや地域医療で有名。著書『がんばらない』『あきらめない』(共に集英社)がベストセラーに。近著に『がんに負けない、あきらめないコツ』(朝日新聞社)、『この国が好き』(マガジンハウス)、『ちょい太でだいじょうぶ』(集英社)など
多忙な放射線治療は若者に敬遠される傾向
鎌田 お若く見えますが、いくつになられますか。
中川 今年48歳になります。
鎌田 働き盛りですよね。放射線科の准教授でいらっしゃる。
中川 はい。日本は大学医学部の放射線科の中に放射線治療と放射線診断が同居している珍しい国です。放射線科には教授が1人おられて、その先生は診断の専門家です。私は治療のトップですが、一応放射線科には教授は1人ですから、私は准教授です。
鎌田 いま医局員はどれくらいいますか。
中川 院内だけで40名強ぐらいですが、診断のほうが多いですね。それにはいろいろな理由があります。放射線治療のライバルは外科で、病棟がありますから、進行がんの患者さんがいて、末期の人もいます。当然亡くなる人もいます。私たちには盆も正月もなく、夜中に呼ばれることもあります。もちろん当直もあります。そういう現場に若い人が入りたがらない状況があります。診断のほうも忙しいのですが、それはレポートを書くのに忙しいという種類の忙しさであって、比較的自分のペースは守れます。場合によっては、将来、自宅にいて遠隔で診断できる可能性もあります。いまの若者のメンタリティには診断のほうが合っているのです。
鎌田 治療のトップの中川さんは休む暇もないわけだ。週何時間ぐらい働いていますか。
中川 寝てる時間以外はほぼ働いています。平均睡眠時間は5時間ですから、単純計算しますと、週133時間働いていることになります。まあ、その間に食事もしますし、トイレにも行きますけれど(笑)。
鎌田 土日もないわけですか。
中川 ええ。それがストレスになっているかどうか、よくわかりません。ここ10年以上、そういう状態で一本調子に働いてきました。
鎌田 厚生労働省の調査では、若い医師が週93時間、ベテラン医師が64時間です。中川さんの場合は、食事、トイレの時間などをカットしたとしても、実働100時間以上は働いている。労働基準法では週40時間と言っていますよ(笑)。
中川 いや、それでは臨床医は勤まりません。私の場合は著作とか研究とか会議とかの時間も含めての話ですが、100時間を超えているのはたしかです。
鎌田 私もそういう働き方をしたころがありますが、娘から嫌われましたね。中川さんは家族から文句を言われませんか。
中川 それを言われるとつらい。
鎌田 家庭崩壊になりますよね、勤務医は。
中川 本当にそうです。がんの臨床医は、皆さん、そうじゃないですか。
欧米型のがんには放射線・抗がん剤も大事
鎌田 最近、『がんのひみつ』(朝日出版社)というかわいい本を出されましたね。69のがんの秘密が簡潔に解説されています。たとえば「ベジタリアンの聖人君子でもがんになる」とは、どういうことですか。
中川 がんには生活習慣病的な部分があります。たとえば、去年11月にアメリカのがん学会が出したレポートには、野菜を摂りなさい、赤い肉はよくない、タバコはダメ、お酒は2杯まで、運動をしなさい、などということが書かれていました。しかし、そういう生活習慣をしっかり守ったベジタリアンでも、がんになるわけです。がんになるかどうかは、一種の運なのです。たしかに野菜を食べ、タバコは喫わず、お酒を控える聖人君子のような生活をしていれば、がんになる確率は少ないかも知れません。しかし、天から槍が降ってきていることに変わりはないのです。
鎌田 がんにならないように生活習慣を変えたからといって、まったくがんにならないわけではないということですね。
中川 そうです。タバコを喫っていれば、がんになる確率は高まりますが、がんにならない人もいっぱいいます。そこは一種の確率の問題になります。
鎌田 「欧米型のがんでは放射線治療や抗がん剤も大事」とありますが、欧米型のがんとは具体的にどんながんですか。
中川 乳がん、前立腺がん、肺がんなどです。がんは生活習慣病ですから、時代とともに大きく変わってきています。たとえば、私が生まれた1960年をみると、日本人男性のがん死亡の3分の2は胃がんでした。アメリカも1930年代までは、胃がんが断トツのトップでした。なぜ胃がんが多かったのかといえば、冷蔵庫がなく、井戸水を飲むという、不衛生な食生活をしていたからです。つまり、胃がんは途上国型がんの代表なのです。それが生活習慣や生活環境が改善され、雑菌がない食生活に変わってくるにしたがって、胃がんが減ってきたわけです。
そこで欧米型のがんはどういうものかといえば、実はコレステロールに関係があります。男性ホルモン、女性ホルモンによって、前立腺がん、乳がんが増えます。コレステロールから性ホルモンが合成されますから、お肉を食べないで、コレステロールを増やさないようにすれば、前立腺がんや乳がんは減るはずです。しかし、欧米ではお肉をたくさん摂りますから、スウェーデンあたりは女性のがんの4割が乳がんです。日本でも胃がん、子宮頸がん、肝臓がんといった「感染症型のがん」の死亡者数は減っている一方、欧米型の食生活によって、乳がん、前立腺がんは増えています。
鎌田 「欧米型のがんでは放射線治療や抗がん剤も大事」と、あえて書いた理由は?
中川 現在、がんの完治を目指す場合、手術か放射線治療か、どちらかを受ける必要があります。抗がん剤だけでは通常の固形がんは治りません。ただ、日本ではがん患者さんの25パーセントしか放射線治療を受けていません。これでも10年前の倍ですが、アメリカでは60パーセント、イギリスでは56パーセントのがん患者さんが放射線治療を受けています。
日本でなぜ放射線治療が少ないのかといえば、胃がんの存在が非常に大きかったのではないかなと思っています。実際、外科では、胃がんを手本として他のがんを考える習慣があったようです。胃がんは全摘ができ、しかも非常に取りやすいがんです。抗がん剤のエビデンスがないわけではありませんが、やはり大きな意味では手術が圧倒的に大事です。その胃がんががん死亡の死因の3分の2を占めていましたから、その考え方が乳がんや前立腺がんなどにも適用され、なるべく広く取るということになっていたのです。
ですから、乳房温存手術も、日本は先進国の中でいちばん遅れました。現在、前立腺がんでは手術と放射線治療と比べても、生存率はまったく同じです。しかし、手術で対応することが圧倒的に多いのが現状です。小線源治療といって、ヨード125のアイソトープを永久に、つまり死ぬまで埋め込む放射線治療の方法があります。これはアメリカでは日帰り、日本でも1~3泊で済みます。早期のがんに限定されますが、忙しい人にはお勧めできる治療法です。しかし、この治療を受ける人はまだまだ少ないですね。
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