鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談
厚生労働省がん対策推進室長・武田康久 VS 「がんばらない」の医師 鎌田實

撮影:板橋雄一
発行:2007年9月
更新:2013年9月

  

患者さんと医療従事者双方の声を反映したがん対策推進基本計画
患者さん主体のがん政策は本当に実現する?
日本のがん医療の5年後、10年後はこうなります

武田康久さん

たけだ やすひさ
1965年カナダ・オタワ市生まれ。90年に新潟大学医学部卒業後、同大学付属病院内科等に勤務。1996年新潟大学大学院医学研究科修了(ウイルス学)、医学博士。2000年より山梨大学医学部助教授(社会医学、公衆衛生学)。2005年8月、厚生労働省に移り、健康局総務課生活習慣病対策室室長補佐を経て、2006年4月より健康局総務課がん対策推進室長

鎌田實さん

かまた みのる
1948年、東京に生まれる。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、病院を退職した。現在諏訪中央病院名誉院長。同病院はがん末期患者のケアや地域医療で有名。著書『がんばらない』『あきらめない』(共に集英社)がベストセラーに。近著に『がんに負けない、あきらめないコツ』(朝日新聞社)、『この国が好き』(マガジンハウス)、『ちょい太でだいじょうぶ』(集英社)など

患者さんたちが起こした地殻変動

鎌田 武田室長はもともと内科医で大学の助教授から厚生労働省に移られて、がん対策推進室長に就任されたと聞いています。

武田 はい。大学で研究中心の生活をしていました。その後、厚労省に転職し、国のがん対策に携わるようになったのは1年半ほど前からです。はじめは他の部署でがん対策も担当していたのですが、まもなくがん対策推進室が新設されまして、そこへ異動ということになりました。

鎌田 1年半前というと、ちょうど「がん対策基本法」の成立に向けた政界の動きが活発になってきたあたりですか。

武田 ええ、そうですが、タイミングからいうと、がん対策推進室ができたのが2006年4月1日で、そのすぐあとに議員立法の形で「がん対策基本法」の法案が提出されました。

鎌田 そうすると厚労省のほうでもそういう流れが起きるだろうという読みがあったのですか。

武田 厚労省ではその1年前(2005年)の5月にがん対策推進本部を設置し、8月には「がん対策推進アクションプラン」を策定しました。その一連の流れの中でがん対策を総合的かつ計画的に進める部署としてがん対策推進室が設置されたと理解しています。
その背景として、患者団体等の方たちが連携して大きなアクションを起こし始めたことがそもそものきっかけとなって大きな地殻変動が起こり、同時発生的に政治も行政も患者さん本位のがん対策の実現に向けて動き始めたということがあるのではないかと思います。

鎌田 おっしゃった意味合いは、よくわかります。ぼくも公明党の政調副会長の岩切さんなどから、「がん対策基本法」ができていく過程の話を聞いています。患者団体の方たちが一丸となって、具体的な要望や意見を政治家にダイレクトに伝えたので、彼らもそれに動かされて各党で勉強会を開くようになったそうです。 昨年の「がん対策基本法」の成立に際して、各党は独自色を出しながらも、本来国民が望んでいるような議論を展開していました。超党派的議論っていいですね。こうした政界の動きも患者さんたちの力によるところが大きい。
今、武田室長から、厚労省も患者さんたちの声を受けて、新たながん政策の枠組み作りを進めていたとお聞きして思ったんですが、「がん対策基本法」に関してはスタートから大変いい流れが出来ていましたね。

武田 患者団体の方たちが大臣への要望等、連携した活動を始められた頃、私はまだ厚労省にいなかったので、直接の経験ではないのですが、やはり患者さんのご意見が、まとまった形でダイレクトに入ってきたインパクトはこの大きな流れの原動力として非常に大きかったのではないでしょうか。

患者さんの代表が国のがん政策に参加

武田康久さんと鎌田さん

鎌田 患者さんたちが結束して起こした行動が、永田町や霞ヶ関の泰山を動かしたことは革命的なことですよ。患者さんの視点がふんだんに盛り込まれた「がん対策基本法」ができたのも、継続的に国のがん行政を決める場であるがん対策推進協議会のメンバーに加わって発言できるようになったのも、患者さん自身が起こした行動が原点にあるのですから、スタートが本当にいいと思うんです。
がん対策推進協議会には、現在、患者さん・ご家族の代表が何人いらっしゃるのですか。

武田 18名の委員のうち4名の方です。

鎌田 すばらしいことですね。それくらい入ると、一方通行の議論になるようなことは絶対ないですからね。

武田 やはり、こうした場に当事者のがん患者さんやご家族の方たちが参加されると、まったく異なる視点からの意見も入ってくるので、多元的な非常に中身の濃い議論になりますね。がん対策推進協議会のような国のがん対策の基本方針を議論する場では、いろいろな視点が必要ですから、その意味でも大きなプラスになっていると思います。医療従事者側と当事者である患者さん等が同じ土俵で率直に議論を行うことが大事なのであって、その結果、従来からの医療提供者側の視点だけではわからない発想など、貴重なご意見も計画に反映されたのではないかと考えています。

鎌田 武田室長は厚労省の責任者として、がん対策推進協議会に出席されていたわけですが、会議は回を重ねるごとに議論が白熱し、夕刻から深夜にまで及んだこともあったと聞いています。さまざまなアングルから出てくる意見をまとめて「がん対策推進基本計画」に集約するにあたっては、大変なご苦労があったんじゃないですか。

武田 がん対策推進基本計画案の作成に向けてただ意見を集約すればいいのではなく、この基本計画は、政府として閣議決定されるマスタープランですから、計画のなかに明示する目標などについては他の関係府省との協議や調整も必要になってきます。この点は、がん対策基本法のなかでも規定されていることですが、できるだけ速やかに基本計画を策定するために、限られた時間のなかでそういった面での大変さはありました。

鎌田 それまで医療の現場にいらした方が、霞ヶ関の役人社会で、こんな面倒な仕事の仕切り役を任されたんですから、その大変さは想像できます。
できあがった「がん対策推進基本推進計画」を見ましたところ、概要の部分に重点的に取り組むべき課題が3つ明記されていたりして、従来のフラットな計画書とはかなり違う印象を受けます。とくに、重点的に取り組む課題の2番目に「治療の初期段階からの緩和ケアの実施」と記されているのが目を引きますね。

武田 今回の基本計画には、10年以内に達成する全体目標として「がんによる死亡者の減少」と「すべてのがん患者及び家族の苦痛の軽減並びに療養生活の質の維持向上」という、ディメンション(次元)の異なる目標が併記されているんですが、後者の目標を達成するには、治療の初期段階からの緩和ケアの実施を推進することが不可欠です。

鎌田 おっしゃるとおりです。ぼくは、これを高く評価しています。なぜならこれまでの日本のがん医療は徹底的に闘う医療をしておいて、突然あるときから緩和ケアになるというパターンでした。ですから、そこでうまく橋渡しができた人は「がん難民」にならないけど、そうでない人は、ここのところで「がん難民」になってしまう、そういうケースが多かったんです。それを解消するには、心のケアも含めた初期からの緩和ケアが必要なんです。
基本計画には「10年以内に、すべてのがん医療に携わる医師が緩和ケアの基礎知識を身につける」とありますが、これは目標期間を前倒しで5年以内に達成することになったと聞いています。

武田 はい。基本計画が閣議決定された後、総理から、現時点で苦しんでおられる方がいる状況をかんがみて、とくに、5年を目標に前倒しで進めるようにとの指示がありました。

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