鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談
埼玉医科大学病院臨床腫瘍科教授・佐々木康綱 VS
 「がんばらない」の医師 鎌田實

撮影:板橋雄一
発行:2007年6月
更新:2013年9月

  

分子標的薬は、「夢の薬」ではない。劇的な効果もあれば、重篤な副作用も

佐々木康綱さん

ささき やすつな
1954年、長野県に生まれる。国立がん研究センター中央病院、米国メリーランド州立大学がんセンター客員研究員、国立がん研究センター東病院化学療法科医長を経て、2002年より現職。専門は、腫瘍内科。内科腫瘍学、腫瘍薬理学、肺がん、乳がん、頭頸部がん、悪性リンパ腫などの固形がん薬物療法、抗悪性腫瘍薬の開発的治療研究に携わる。日本臨床腫瘍学会理事。日本癌学会評議員。日本緩和医療学会理事。著書に『抗がん剤安全使用ハンドブック』(医薬ジャーナル刊)『抗癌剤の相互作用』(医薬ジャーナル刊)など

鎌田實さん

かまた みのる
1948年、東京に生まれる。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、病院を退職した。現在諏訪中央病院名誉院長。同病院はがん末期患者のケアや地域医療で有名。著書『がんばらない』『あきらめない』(共に集英社)がベストセラーに。近著に『がんに負けない、あきらめないコツ』(朝日新聞社)、『この国が好き』(マガジンハウス)、『ちょい太でだいじょうぶ』(集英社)など

分子標的薬の3つの特徴

鎌田 今回は化学療法全般の話よりも、一番読者が聞きたがっている分子標的薬など、新しい薬によるがんとの闘いについて、日本でも承認が取り沙汰されているお薬を含めてお聞きしたいと思います。

佐々木 今まで経験したことをまとめると分子標的薬には3つの特徴があります。
1つは、がんが縮まなくても、単剤あるいは他の抗がん剤との併用で、確実な延命効果が出ていることです。言ってみれば、これまで、抗がん剤というのは『縮んで何ぼ』のものだったわけです。しかし分子標的薬にはそれが必ずしも当てはまらないんです。がんの縮小効果が10パーセント以下であっても、結果として寿命を延ばすことに貢献する薬が非常に多いことが注目されます。そこで問題になるのは、本当に延命効果があるということを科学的に検証することですが、これには第3相の比較試験をするしかないんですね。従来の抗がん剤は臨床試験の第2相試験でがんが縮むかどうかですべてを決めていました。それに対し、分子標的薬では第3相試験で病気が悪くなるまでの時間や生存期間を比較する試験をすることで評価されます。

鎌田 それが第1点。2つ目は。

佐々木 2つ目の特徴は、副作用のパターンが従来の抗がん剤とまったく違う薬が多いことです。ここで注意しなければならないのは、分子標的薬だから安全ということではなく、違うパターンの重篤な副作用が出るケースもあるということです。

鎌田 たとえばどういう?

佐々木 分子標的薬でいちばん有名なのはハーセプチン(一般名トラスツズマブ)です。これはHER2(ヒト上皮形成因子受容体2)を過剰発現している再発乳がんの患者さんに使う薬なんですが、心毒性(心臓の収縮する動きが弱まること)が出るケースがあります。とくにアントラサイクリン系(ドキソルビシンなど)の抗がん剤と併用するとその危険が増します。
もう1つのケースは、イレッサ(一般名ゲフィチニブ)の間質性肺炎です。これに関してはメディアで再三報じられてきたので、改めて触れる必要はないと思います。ちょうど厚生労働省の承認が下りたばかりのアバスチン(一般名ベバシズマブ)。これは大腸がんの薬ですが、数パーセントの患者さんでは消化管(胃腸)穿孔を起こすことが知られています。間質性肺炎は従来の抗がん剤にも見られた副作用ですが、消化管穿孔はこれまでまったく見られなかった副作用です。

鎌田 アバスチンを夢の新薬のように考えていらっしゃる患者さんがいますが、そうではないと。

佐々木 そうした点を熟知した専門医が取り扱わないと、ひどいことになるでしょうね。

鎌田 3番目の特徴は?

佐々木 3つ目は、従来の抗がん剤にない劇的な効果が現れる患者さんを経験することです。たとえば、グリベック(一般名イマチニブ)、この第1相試験では一定量以上の投与を行った患者さん全員のがんが消え、寛解に入りました。奇跡としか言いようがない結果です。新しい薬剤の第1相試験というのはだいたい5パーセントくらいの患者さんに治療効果があればいいと言われていますから。

緩和医療を訪れた患者さんに起きた「奇跡」

写真:佐々木康綱さんと鎌田さん

鎌田 劇的に効くというのは僕らも経験しています。僕のいる諏訪中央病院に4年ほど前にいらした乳がんの患者さんなんですが、手術をして、放射線治療も化学療法もひと通りやったけどダメで、諏訪中央病院には緩和医療を受けにやってきたんです。その当時、まだ40歳ぐらいでしたが「覚悟はできています」とおっしゃっていました。でも子供さんがいらしたので、このまま緩和医療で終わらせるということには僕らも割り切れないものがあって、何か見過ごしているものはないかと思って、うちの腫瘍内科医に相談したところ、「どうも、ハーセプチンが使われていないんじゃないか」って言うんです。で、手術を受けた病院から標本を入手して調べたらHER2があるとわかったんです。その患者さんは再発した乳がんがざくろのようになっていて、骨転移もあり胸水も溜まっているという間違いなくエンドステージに来ている感じだったんですが、その腫瘍内科医が本人の承諾を得てハーセプチンを投与したら、目を見張る効果が現れて、全部が消えるまでには2年近くかかったようですが、いったんはがんが全部消えるまでになったんです。その後にもう一方の乳房にがんができてしまったので、治ったわけではないんですが、緩和医療が目的で来た方がもう4年半も生きているわけです。昨日、たまたまその方とお会いしたんですが、その間に、働きに行くこともできたし、お子さんが結婚してお孫さんを抱くこともできたと大変喜んでいらっしゃいました。こうしたケースがありうるということですね。

佐々木 そうです。分子標的薬の一番いいところは、何といっても従来の抗がん剤が歯が立たなかったようながん種に対しても、劇的な効果が期待できることです。最近になって海外では、これまではっきり延命効果が証明された薬がなかった腎細胞がんの治療に効果をあげている分子標的薬も現れています。スーテント(一般名スニチニブ)、ネクサバール(一般名ソラフェニブ)の2つで、日本でもそろそろ認可されると思います。


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