鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談
国立がんセンター東病院放射線科放射線/陽子線治療部長・荻野 尚 VS
 「がんばらない」の医師 鎌田實

撮影:大関清貴
発行:2006年12月
更新:2013年9月

  

陽子線といっても万能ではない。
向いているがんにはすこぶるいいが、向いていないがんもある

荻野 尚さん

おぎの たかし
1956年新潟県生まれ。千葉大学医学部卒業後、1985年より国立がん研究センターに勤務し、現在に至る。日本医学放射線学会専門医、日本放射線腫瘍学会認定医。主として陽子線治療に携わっている

鎌田實さん

かまた みのる
東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、管理者に。がん末期患者、お年寄りへの24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(ともに集英社刊)がベストセラー。最近発売された『病院なんか嫌いだー良医にめぐりあうための10箇条』(集英社新書)『生き方のコツ 死に方の選択』(集英社文庫)『雪とパイナップル』(集英社)も話題に

体の深部にあるがんに集中的に放射線が当たる

[陽子線治療の特長]
図:陽子線治療の特長

鎌田 荻野先生は『がんサポート』に何度もご登場されていますが、今回はがんの放射線治療、とくに陽子線による治療について、くわしくうかがいたいと思います。
一般に、医師は陽子線による治療についてよく知らず、がん治療の選択肢にも入っていない場合がほとんどです。でも、患者さんのほうは関心が高く、質問されることも多々あります。最近も、私が診ていた70代後半の肺がん患者さんに陽子線治療について聞かれ、『がんサポート』編集長に荻野先生をご紹介いただいた、という経緯がありました。そんなわけで、私自身、この治療法についてちゃんと知っておきたいと考え、先生にお越しいただいた次第です。
まず、陽子線、X線、炭素線など、放射線にはいろいろあるようですが、そのへんの基礎知識からわかりやすくお願いできますか。

荻野 放射線は大きく分けて、光子線と重粒子線に分けられます。通常のX線やガンマ線など は光子線の仲間で、重粒子線には陽子線、炭素線、中性子線などが入ります。今のところ、医療に使われている重粒子線は、炭素線と陽子線の2つです。

鎌田 光子線と重粒子線という大きなカテゴリーで、性質に違いはあるのでしょうか?

荻野 X線やガンマ線などの光子線の特徴は、体の表面や浅いところで一番エネルギーが高く、その後深部に行くにつれてだらだらと減っていくことです。一方、重粒子線は体の表層部ではエネルギーが出ず、ある深さで一気に出てなくなってしまいます。

鎌田 重粒子線の中では、陽子線と炭素線はどう違うのですか。

荻野 陽子線の破壊力はX線とほぼ同じですが、炭素線はX線や陽子線の3倍強いといわれます。ですから、放射線に抵抗性を示すがんにも、炭素線は効く可能性があります。

鎌田 陽子線と炭素線は強さに違いはあるが、どちらも体の深いところでエネルギーが出ると いう特長は同じだと。ところで、重粒子線が一気にエネルギーを出すポイントを「ブラッグピーク」と呼び、これが大事なんだそうですね。

荻野 はい。このブラッグピークに病巣をあわせると、多量の放射線を病巣に集中して当てる ことができます。つまり、重粒子線は深部にある病巣やごく小さな病巣に集中的に放射線が当てられるうえ、周辺にほとんど放射線の影響を与えないですむのです。しかも、ブラッグピークを過ぎると放射線は一気に消えてしまうから、病巣の後ろ側にも放射線は当たりません。結果として、がんの制御率を高め、副作用を少なくすることができるのです。

鎌田 すごいですね。体の深部にあるがんだけに放射線を当てることができるんだ。

小児がんや頭頸部のがん、肺、肝臓、前立腺がんにも

[主な陽子線治療の成績]

1954-2004年の期間に総計40,000人以上が治癒された
●目のメラノーマ(悪性黒色腫)
 ― 5年局所制御率 96%
●頭蓋底腫瘍(脊索腫、軟骨肉腫)
 ― 5年局所制御率 65-91%
●肝臓がん
 ― 3年生存率 49%
手術と同等
●前立腺がん
 ― 10年無病生存率 73%
●1期非小細胞肺がん
 ― 2年生存率 75-86%

鎌田 重粒子線治療が適したがんには、どんながんがありますか。

荻野 多くの重粒子線施設で行われているのは、まず頭頸部がん。目や脳に近いところにでき たがんですね。それから、肺がん、肝臓がん、前立腺がん、骨にできた腫瘍などです。
一番いいといわれているのは小児がんです。子どもの場合、たとえば脊髄に放射線を当てると、内臓全部に当たってしまいますが、重粒子線を背中側から当てれば、内臓にまったく当てないですみます。

鎌田 他の国では子どもに適用されているのに、日本でやっていないのはなぜですか。

荻野 重粒子線の治療施設が小児科のある病院に設置されていないためですね。国立がん研究センター東病院にも、小児科はありません。唯一、静岡がんセンターだけだと思います。

鎌田 静岡がんセンターに行けば、小児がんに陽子線治療を受けることができるわけですね。 ところで、前立腺がんはぼくのイメージだと、体表に近いがんですが、深部のがんと考えたほうがいいんですか?

荻野 前後方向から見ると、前立腺はたしかに体表に近いんですが、前にも後ろにも放射線を 当てたくない臓器があります。前は膀胱、後ろは直腸ですね。そうすると、横からの照射になりますが、前立腺は約30センチの奥行きをもつ骨盤の真ん中、つまり約15センチのところにある。普通の体格の人でも、けっこう深い場所ということになります。

治療法が乱立の前立腺がん手術、陽子線、小線源、IMRTが有効

荻野さんと鎌田さん

鎌田 実は、「がんの放射線治療はもっと見直されるべきだ」というので、先日、東大の中川恵一先生にもこの対談にご登場いただいたのですが、先生にも「世界的な常識からいうと、前立腺がんは放射線治療と手術の成績がほぼ同じ。にもかかわらず、日本では手術が偏重されている」というお話をうかがいました。
しかも、今うかがったお話から考えると、X線より陽子線治療のほうが、合併症がもっと少なそうですね。もしお金の余裕があれば、陽子線治療を選んだほうがいいのでしょうか。

荻野 前立腺がんは今、治療法が乱立しています。手術も有効ですし、強度変調放射線治療(IMRT)という最先端の放射線治療も非常に有効です。放射線の小線源を病巣に埋め込む密封小線源療法も、最近保険で行われるようになり、これまた有効ですし、もちろん、陽子線治療も効果が期待できる。どれを選んでも、大きな差はないかもしれません。

鎌田 科学的なデータとしては、普通の放射線を選んでも、それはそれでいいけれど……。

荻野 いえ、昔ながらの放射線照射を行えば、膀胱や直腸に障害が出る可能性はやはり高いと 思います。X線なら、洗練された最先端の治療法である強度変調放射線治療などを、選択すべきだと思います。


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