鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談
東大病院放射線科助教授・中川恵一 VS
 「がんばらない」の医師 鎌田實


発行:2006年10月
更新:2019年7月

  

第1選択は、手術だけではない。放射線治療の有効性をもっと見直して

中川恵一

なかがわ けいいち
  東京大学医学部付属病院放射線科助教授、緩和ケア診療部長 昭和35年東京都生まれ。昭和60年東京大学医学部医学科卒業、同教室入局。昭和61年同教室助手。平成元年1月にスイスのPaul Sherrer Instiuteへ客員研究員として留学。同年12月社会保険中央総合病院放射線科へ。平成5年再び東京大学医学部放射線医学教室助手へ。平成8年同専任講師、平成14年同助教授。平成15年東京大学医学部付属緩和ケア診療部長(兼任)となり現在に至る。患者・一般向けの啓蒙活動にも力を入れ、著書に、『自分を生ききる』(共著、小学館刊)『緩和医療のすすめ』(最新医学社刊)『放射線とEBM』(インナービジョン刊)『ビジュアル版がんの教科書』(三省堂刊)など、多数

鎌田實さん

かまた みのる
東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、管理者に。がん末期患者、お年寄りへの24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(ともに集英社刊)がベストセラー。最近発売された『病院なんか嫌いだー良医にめぐりあうための10箇条』(集英社新書)『生き方のコツ 死に方の選択』(集英社文庫)『雪とパイナップル』(集英社)も話題に

がん治療の第1選択は必ずしも手術ではない

鎌田 中川さんは東大の放射線科の医師であり、同時に、緩和ケアも担当されていますね。解剖学者の養老孟司さんとの対談で、『自分を生ききる―日本のがん医療と死生観』(小学館)というご本も出版されていますが、遅れているというこの2つの医療分野のことにふれられていて、たいへん興味深く拝読しました。
はじめに、日本ではぼくら医師も患者さんたちも、「がんは手術、手術で取る」と思い込んでいる面があります。がんの3大治療は手術と放射線と化学療法といいながら、この3つは並行していません。なぜでしょう。

中川 男女のがん死亡率を見ると、1960年時点で、男性は胃がんが3分の2を占めています(図1参照)。ぼくはこの当時、「がん治療=手術」というイメージが作られた気がします。

[図1 男女別がん種別死亡率]
図1 男女別がん種別死亡率

鎌田 たしかに、胃がんに放射線治療はあまり効きませんからね。当時は化学療法もほとんどないに等しかったし。つまり、非常に数の多かった胃がんの治療法が、手術しかなかったと。

中川 はい、それは大きいと思います。同時にこの時期、がん治療の担当は外科というイメージも作られたと思います。それが証拠に、今でも抗がん剤は外科医が投与しているでしょう。本来担当するべき腫瘍内科医も、アメリカには1万人もいますが、日本はわずか47人(日本臨床腫瘍学会で認定された人数)です。
もう1つ、日本人には「自分は死なない」とう感覚があるんですね。患者さんは「完治しない」と聞いたとき、頭ではわかっても心では理解できない。そんなとき、悪いところをとってしまう手術はわかりやすい。治ったか治らないかわからない放射線に対し、5年生存率は同じでも、身体の潔癖性に訴えるんですね。

鎌田 これで見ると、1999年には胃がんが減り、急に増えたのが前立腺と肺と乳がんですね。

中川 2005年のデータでも、死亡数が減ったのは胃がんと子宮頸がんと肝臓がんです。増えているのは肺がん、前立腺がん、乳がん、大腸がん。つまり、感染症型のがんが減り、肺がんはともかく、高タンパク高脂肪が原因と見られるがんが増えているのです。

鎌田 しかも、どれも放射線治療が効く……。

中川 そうなんです。その点だけ見ても、がん治療=手術と思い込むのは、危険だと思います。

子宮頸がんの治療=放射線治療が、欧米ではほとんど常識

鎌田 放射線治療には術中照射、術前照射、術後照射といろいろありますね。私は一般内科医で、「無理なことはしないでいいのでは」というスタイルで医療をやってきましたが……。

中川 それは正しいと思います。迷ったらやらないのが、がん治療の原則だと思います。

鎌田 ……そのため、抗がん剤にも放射線にも、わりあい消極的でした。けれども、この4~5年、考え方が変わってきました。まず、国立がん研究センターで訓練した腫瘍内科医がぼくらの病院にも来ましたが、その仕事ぶりを見て、今まで外科医がやってきた抗がん剤治療とは桁外れに違うことがわかりました。
それから、いくつかのがんに対して、放射線は切除と同じくらいの成績を出している。私は早期のがんはとるべきと考え、外科医を紹介してきましたが、どうも時代が変わった気がします。そのへん、放射線が手術と同等に効くがんの種類と、手術、放射線、抗がん剤などの組み合わせでよくなるがんの種類について、読者の方に教えていただけませんでしょうか。

中川 ご承知のように、がんを治すためには、手術か放射線治療をしなければなりません。抗がん剤だけでは、基本的に固形がんは治りません。実際にアメリカでがんの66パーセントに対して放射線治療を行っているという事実を見ても、かなりのがんが放射線で完治することがわかります(図2参照)。

[図2 放射線治療患者数の実績と予測]
図2 放射線治療患者数の実績と予測
[図3 子宮頸がんに対する手術と放射線治療の比較]
図3 子宮頸がんに対する手術と放射線治療の比較
[図4 子宮頸がんに対する化学放射線治療の効果]
図4 子宮頸がんに対する化学放射線治療の効果
[図5 子宮頸がんの手術実施率国別比較]
図5 子宮頸がんの手術実施率国別比較

鎌田 放射線だけで、ですか?

中川 放射線だけで、です。がんには扁平上皮がんと腺がんがありますね。このうち、皮膚に代表されるように、体の外側を覆う組織が扁平上皮で、口も鼻も食道も扁平上皮。この扁平上皮のがんは、基本的に手術と同じ成績です。

鎌田 具体的には、どこのがんになりますか。

中川 皮膚がん、頭頸部のがん、つまり、口、鼻、のどのがん、食道がん、肺がんの一部、子宮頸がん、ですね。
事実、子宮頸がんを各国でどう治しているかを見ると、昔から放射線と手術は等価ということが常識になっている。さらに、化学放射線治療(抗がん剤と放射線の併用)をやると、放射線単独よりいいというエビデンス(科学的根拠)があるので、結論は、化学放射線治療>放射線単独=手術ですね(図3、4参照)。
その一方、各国における子宮頸がんの手術率を見ると、日本は1期でも8~9割が手術です。放射線は1~2割に過ぎません。しかし、この1~2割の中には、肝硬変や90歳以上など、放射線しかできない患者さんもいるわけですから、治癒目的で放射線を選んでいる1期の方はほとんどいないわけです。2期でも、手術が7~8割。ところが、欧米では逆に、ほとんどが放射線で根治しています。婦人科の先生はそれを知っているはずなのに、なぜ放射線が選択されないのかと思いますね(図5参照)。

鎌田 いや、知らない人が多いんじゃない?

中川 ぼくは、アメリカでもトップクラスのMDアンダーソンがんセンターの放射線治療の教授の日本人医師と話をしましたが、「アメリカ人はなぜ手術をしないのか」と聞くと、「子宮頸がんは放射線で治すということを、一般市民が常識として知っている」というんです。がん教育が、一般的に行われているんですね。しかし、日本の患者さんは知らされていない……。


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