鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談
北里大学麻酔科教授・外 須美夫 VS
「がんばらない」の医師 鎌田實
患者さんから痛みの声を聴く。そこから、すべてが始まる
ほか すみお
1952年鹿児島市生まれ。1978年九州大学医学部卒業。同大医学部麻酔科講師、聖マリア病院麻酔科科長・手術部長を経て、1996年同大附属病院手術部助教授に就任。1997年より北里大学医学部麻酔科学教授。麻酔科医として手術に立ち会うほか、疼痛治療、緩和ケアなど、広い範囲で患者さんの痛みのケアに携わっている
かまた みのる
東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、管理者に。がん末期患者、お年寄りへの24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(ともに集英社刊)がベストセラー。最近発売された『病院なんか嫌いだー良医にめぐりあうための10箇条』(集英社新書)『生き方のコツ 死に方の選択』(集英社文庫)『雪とパイナップル』(集英社)も話題に
たんたらたらと雨垂れが痛む頭に響く悲しさ
鎌田 この連載もずいぶん長くなりましたが、今まで痛みをテーマとして掘り下げたことがありませんでした。そこで今日は、北里大学麻酔科教授の外須美夫さんにお越しいただき、お話をうかがいたいと思います。
外さんは昨年10月、『痛みの声を聴け』(克誠堂出版)を出版されました。「文化や文学のなかの痛みを通して考える」という副題がついていて、痛みのことが多面的に解析されています。たいへんいいご本で、ぼく自身、勉強になりました。
外 ありがとうございます。今日は鎌田先生と対談できるので、楽しみにしてきました。
鎌田 まず、このご本には日本を代表する文学者が取り上げられ、文学者たちも痛みに苦しんだことがよくわかります。たとえば、最初に引用しているのは石川啄木ですが、
たんたらたらたんたらたらと
雨垂れが
痛むあたまにひびくかなしさ
という短歌を紹介されている。実に啄木らしい言葉で、痛みが表現されています。
一方、外さんはこう書かれていますね。「がんが増大して神経を圧迫したり、がんが脊椎を破壊するから痛いのではなく、痛みを人が知覚し体験するから痛いのである。痛みの存在は痛みを体験し知覚する人の中にある」。
ぼくたちはつい、「腫瘍ができた場所に神経の束が走っていて、腫瘍が神経を圧迫するから痛い」と考えますが、そうではないと。
外 最終的に痛みは患者さんが表情や言葉で示すものであり、私たちはそれを見るまで、患者さんが痛いかどうか知ることができません。神経が圧迫されたり、そこに炎症所見があっても、患者さんがニコニコしていれば、そこには痛みはない、といっていいのではないかと思うんです。
鎌田 痛いといっていること自体が、痛みであるということですね。ぼくたちはつい原因を調べたがるし、原因がないと患者さんの痛みを疑ったりする。でも、ぼくたちが原因を追究したり納得したりできなくても、何か痛くしているものがあるわけですね。
外 そうです。私がこの本を書いたのは、ただ、原因を探って治療をするだけでは、解決しない部分が残ると感じたからです。逆にいうと、もしかしたら別な力でも、その痛みに対応できるのではないかと思いました。たとえば言葉の力があって、それが、僕らの気づかない伝わり方で、痛みに影響を及ぼすことはあるのではないか、と思ったのです。
メカニズムがわかっても、とれない痛みがある
鎌田 言葉が痛くさせることも、痛みを緩和することもあると。
外 医療者はいろいろな力を使って、痛みをとろうとします。今の医療では薬が多く使われますが、患者によっては医師が手のひらを当てたり寄り添うことが、心に効くだけでなく、痛みの知覚にまで影響を及ぼすのでは、と思ったのです。
鎌田 日本の古い医療では、痛み止めをなるべく使わないほうがいいとされていて、医師もそう思い込んでいるところがあります。長く患者を守るためとはいえ、「今痛み止めを使ってしまうと、あとで効かなくなる」という勝手な思い込みのもとに、コミュニケーションを打ち切ってしまう。けれども、患者さんが痛いといったとき、「痛かったね、つらかったね」と言ってあげると、患者さんが「受け入れられた」という表情をされることが多々あります。
外 やはり、痛みの声を聴くことから、すべてが始まるのだと思います。私がこの本を書いたのは、今おっしゃったように、まず医療者の側にメッセージを発したかったためです。医療者は患者さんを見て、「痛いはずがない」と言ったり、軽い気持ちで「がまんしなさい」といったりしますが、それによって、痛みの治療が不十分になり、せっかくいい鎮痛薬があっても使われませんでした。痛みの声を聴かないことによる治療のまずさが、あったと思います。
鎌田 それは今でもいっぱいあふれている気がするね。
外 そうだと思います。
鎌田 外さんは医学部で学生を教えながら、麻酔科の教授として手術に立ち会い、麻酔をかけることも大きな仕事ですね。ご自身、痛みを訴えている患者さんと接することは多いのですか。
外 はい。麻酔科医として、毎日手術室に入ります。と同時に、ペイン・クリニックという痛みの外来治療をやったり、終末期の緩和ケアにも参加したりしています。
緩和ケアは精神科医も看護師も薬剤師も加わって、チームで行っています。学生たちも一緒に患者さんの回診に行きますが、コントロールがうまくいっている患者さんもいれば、かなり困難な患者さんもいます。
その前でぼくがどういう態度や言葉を発するのか、あるいは言葉がないのか。うまく行っていないときは、何もできない自分の姿を学生たちに見せることになりますが、そうした姿からも何か学んでくれればと思っています。
ただ、ずっと患者さんに接していると、薬などではとりきれない痛みがあるんです。痛みが起こる経路やメカニズムはわかっているのに、痛さがとれない。それに対して、ぼくらは力を持ち得ない。というので、別の力がないかとずっと考えていて、「言葉の力というものがあるんじゃないか」と思い至ったんです。
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