鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 千葉県がんセンター長 竜崇正 VS 「がんばらない」の医師 鎌田實

撮影:板橋雄一
発行:2006年6月
更新:2019年7月

  

もっとも大切なのは、個々の患者さんに明確な治療ビジョンを示すこと

竜崇正

りゅう むねまさ
1943年千葉県生まれ。千葉大学医学部卒業。千葉大学第二外科文部教官助手、千葉県がんセンター消化器外科主任医長、国立がんセンター東病院手術部長を歴任。1999年に千葉県立佐原病院医療局長、2000年に同病院長に就任し、医療者と患者のコミュニケーションを重視し、病院体制の改革に勤める。2005年4月より千葉県がんセンター長に就任

鎌田實

かまた みのる
東京医科歯科大学医学部卒業。
長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、管理者に。がん末期患者、お年寄りへの24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(ともに集英社刊)がベストセラー。最近発売された『病院なんか嫌いだー良医にめぐりあうための10箇条』(集英社新書)『生き方のコツ 死に方の選択』(集英社文庫)『雪とパイナップル』(集英社)も話題に

カルテ開示の先駆

鎌田 抗がん剤をはじめとする過去の治療への不信からでしょうか。がん患者さんの中には、オーソドックスな治療よりも免疫療法やサプリメントなどの代替療法に頼ろうとする傾向も目立ちます。それが100パーセント間違いではないでしょうが、本当にがんを治したいと思うなら、その前に正しい治療をしっかり受ける必要があるでしょう。
この数年間で日本のがん医療は飛躍的な進歩を遂げており、少し前までは手がつけられなかったがんがうまく治癒されるケースも出てきています。そこで今日は千葉県立佐原病院、千葉県立がんセンターとがん治療の現場を歩まれ、がん治療の標準化を訴えておられる先生から、がん治療の最前線の状況をお聞きしたいと思っています。
これはがん治療に限りませんが、医療の質を高めるには、療者と患者さんとの信頼関係が不可欠で、その点で、先生はさまざまな試みを実践なさっています。たとえば佐原病院時代には、当時は日本ではほとんど例のなかったスタイルのカルテ開示に着手されていましたね。

 1つ言っておきたいのは、私自身はがんを特別な病気とは考えていないということです。実際、一般病院でも患者さんの3割はがん患者さんで占められているのが実情ですからね。もっとも患者さんはがんという病気に大きな不安を感じますし、それが原因で医療スタッフとの信頼関係に齟齬が生じることもある。治療をスムーズに進めるには何より、患者さんに安心してもらうことが大切でしょう。
そこで患者さん自身に自らの病気を理解してもらおうとカルテ開示を始めることにしたんです。1週間に2時間、決まった時間にカルテを枕元に置いておく。本当は看護記録も開示したかったのですが、残念ながらそこまでは手が回らなかった。

鎌田 医師の間に抵抗はありませんでしたか。

 最初はあったのかもしれません。でも、すぐに効果が現れてきましたね。まず1つはカルテの記載内容が客観的になり、患者さんの状況を冷静に判断できるようになりました。それにカルテに対する患者さんの反応も人によってまちまちですからね。自分で辞書を引いて勉強してあれこれと看護師に質問をする人もいれば、ほとんど気にしないような人もいる。そのことで患者さんの心理状態もある程度はつかめるようになり、スタッフが思いやりを持って患者さんに接することができるようにもなりました。これは予想外の効果でした。

メール交換が患者と医療スタッフとの間の距離を縮めた

鎌田 佐原病院時代には通院患者さんと医療スタッフとの間でのメールの交換もやっておられましたね。これは心のフォローアップという面で素晴らしい効果があったと聞いています。

 たしかにメール交換には予想をはるかに上回る効果がありました。患者さんはほとんど全員が携帯電話を持っておられる。そこで1日1回、何でもいいから情報発信をお願いしたんです。携帯に撮影機能があれば、自宅の庭に咲いている花や木々を撮影して送ってくれるだけでいい。もし元気があれば、そこに一言コメントを添えてくださいと。たったこれだけのことで、患者さんと医療スタッフの距離が思いがけないほど縮まった。自分は病院とつながっている、いつでも連絡を取ることができると、患者さんに安心感を持ってもらえるようになりました。こうした身近なテクノロジーはもっと利用できるでしょうね。

鎌田 患者さんにつながりを確認してもらう……。とても大切なことです。私も20年ほど前に在宅医療で双方向テレビを利用したことがありますが、そんな大仰なシステムに頼る必要もないわけですね。お金を使わなくても、ちょっと知恵を働かせれば患者さんとの関係を深めることができる……。先生はあるところで、22歳の悪性膵臓リンパ腫の患者さんとのメールのやりとりのことを書かれていますね。結局、入院後、2カ月で亡くなっていますが、メールのおかげであの患者さんはとても充実した最後のひとときを過ごされたに違いないと拝察しました。しかしスタッフたちは対応が大変だったでしょう。

 そうでもないんです。始めてしばらくすると、スタッフの間では、帰宅前のメールのチェックが習慣になっていたようです。それより驚かされたのは、逆にスタッフの間から訪問看護を始めたいと提案されたことでした。メールの交換でスタッフたちの意識が高められた結果です。患者さんから送られる「ありがとう」の一言に、これだけの力があるんです。患者さんからの情報発信によって医療の質そのものが変わったように思います。患者さんと医療スタッフの双方が互いに育て合う。これはとても大切なことでしょうね。

病気を確実に見極められる時代になった

鎌田 そうして佐原病院でいろんな試みを実践された後、千葉県がんセンターに移られている。ここで先生は従来にはなかった地域でのがん医療の集約化に取り組まれている。これも佐原病院時代の経験が生かされているのでしょうか。

 佐原病院は241床の中規模病院で、患者さんもだいたいが近辺の方に限られていたこともありトータルケアがうまくできていた。しかし、がんセンターとなるとそうはいきません。
実際、高度な医療技術を提供する大規模な医療機関では、治療の術がなくなると患者さんを放り出すケースも少なくない。いわゆるがん難民の問題ですが、患者さんからすると、医療から見捨てられているわけで、これはあってはならないことですね。高度医療ももちろん大切ですが、もっと大切なのは当たり前のスタンダードな医療でしっかりと最後まで患者さんをみていくということでしょう。もっとも、がんが必ず治るという病気ではないのも事実で、1人の医師、1つの病院ではやはり対応に限界がある。そこでがんセンターを中心に地域の病院をうまくネットワーク化して、個々の患者さんに対応しようと考えているのです。要は地域ぐるみで1人の患者さんと徹底的に付き合おうということです。佐原病院時代の取り組みが、地域という単位に発展したと考えてもいいでしょうね。

鎌田 見放さない医療、放り出さない医療……。当たり前のことが行われていないのが実情ですね。ただ、1人でも多くの患者さんを救うためには、やはり医療技術の裏づけも必要です。そこで今日は、手術、化学治療、放射線治療という3大治療がどこまで進んでいるのか。千葉県がんセンターの取り組みも含めてお聞きしたいと思います。先生は以前から患者さんの可能性を少しでも広げるために最新治療の導入も積極的に進めておられますね。まず、その点に関して、ご自身のがん治療に対する指針ということから教えていただけますか。

 もっとも大切なことは個々の患者さんに対する治療ビジョンの構築ということでしょうね。たとえばあるがん患者さんがいたとして、そのがんは切って治るのか、切って治らないのなら、どういう選択がベストなのか。がんの進行度、性質を見極めたうえで明確な治療戦略を組み立てることですね。
一言でがんと言っても、性質はまったく違う。膵臓がんのように発見されたときには治療困難な状態に陥っているものもあれば、前立腺がんや甲状腺がんのように的確な治療で10年、20年とその後の人生を楽しめるものもある。また一般に、がんは再発すれば治療は困難と思われていますが、中には肝臓がんのように再発は当たり前、そこからが本格的な治療の始まりというものもありますからね。

鎌田 まずは病気をどう見極めるかということですね。

 そのためには高精度の画像診断技術が不可欠です。最近ではMRIやマルチスライスCTなど、その面での技術は飛躍的に進歩しています。ただ造影剤の副作用の問題もあって、最新技術が100パーセント生かされていないのも事実ですが……。
そうして診断を終えると、手術でどこまでやれるかということになる。それで手術で治ると判断されれば、今度は確実、安全で、しかも患者さんが楽な手術プランを考える。千葉県がんセンターでは、実際の手術前にバーチャル・サージェリー(仮想手術)システムで何度も繰り返しシミュレーションが行われる。そうすることで手術はよりスムーズになり、手術時間も大幅に短縮されるんです。

鎌田 脳外科などの領域では、とくにそうした技術導入が進んでいますね。

 私のところでも若い放射線技師さんの工夫により、脳の神経線維をMRIで描き出すことができるようになりました。その技術を利用して、脳腫瘍の患者さんの手術では、まずMRIで脳の中の神経線維の状態を画像診断する。そしてそれをナビゲーションシステムに乗せて、神経線維の希薄なところから手術して腫瘍を摘出する。そうすることで、ほとんど後遺症の不安は解消します。肝臓がんの場合にもナビゲーションシステムを使うことがありますが、その場合には普通なら5、6時間かかる手術が2、3時間で終了し、輸血の必要もなくなるなどいくつものメリットがありますね。
それに手術に関して言えば、患部に小さな傷をつくって、そこから医療器具を挿入する鏡視下(胸腔鏡下、腹腔鏡下)手術もここ数年でずいぶん精度が向上しています。手術1つとってみても、ここまで技術が進んでいるんです。

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