鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 目白大学教授・臨床心理士 小池眞規子 VS 「がんばらない」の医師 鎌田實

撮影:板橋雄一
発行:2006年5月
更新:2013年9月

  

自らの存在を確認することが「幸福な時間」の共有につながる

小池眞規子

こいけ まきこ
1953年神奈川県生まれ。筑波大学大学院修了。国立小児病院神経科、東邦大学付属病院小児科を経て、1992年より国立がん研究センター東病院に臨床心理士として勤務。患者と家族のカウンセリングに当たる。2001年より目白大学人間社会学部心理カウンセリング学科助教授として勤務。2004年より同科教授に就任。現在もカウンセリング等、患者の心理的サポートを継続して行っている

鎌田實

かまた みのる
東京医科歯科大学医学部卒業。
長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、管理者に。がん末期患者、お年寄りへの24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(ともに集英社刊)がベストセラー。最近発売された『病院なんか嫌いだー良医にめぐりあうための10箇条』(集英社新書)『生き方のコツ 死に方の選択』(集英社文庫)『雪とパイナップル』(集英社)も話題に

認知されていない心のケア

鎌田 これはがんに限りませんが、病気になると誰もが人間的な温かみのある医療を求めます。ところが日本の医療現場では、最近になってようやく心のケアの大切さが指摘され始めたものの、実際の医療ではまだまだ、そこまで手が届いていないのが現実だと思います。
小池先生は18年前から国立療養所松戸病院、国立がん研究センター東病院と緩和ケアの中で心理面でのサポートに取り組まれ、現在も大学、大学院で若い人たちを指導しながらがん患者さんのカウンセリングを継続されている。この面でのいわばパイオニア的存在ですね。
そんな先生の目から見て実情はどんなものなのでしょう。今日はがん患者さんにとっての心の問題の重要性について、順を追ってお聞きするつもりですが、その前にがん医療の中で、心のケアがどう位置づけられているのか現状を教えてください。

小池 私が緩和ケア病棟でカウンセリングを始めたころは、医師からカウンセラーですと紹介されても患者さんは戸惑われて、今とくに困っていることはありませんとか、どんな話をすればよいのでしょうと言われることが少なくありませんでした。
しかし、最近では患者さんのほうから、心の問題について話ができる人はいないか、と訪ねて来られるケースも増えています。そうした患者さんのニーズに対応してカウンセラーやソーシャルワーカーという形で心のケアの専門スタッフを置く病院が出てきています。その多くは、常勤ではなく非常勤スタッフというのが現状かと思いますが、18年かかってようやくここまで進んだという思いです。

鎌田 最近では医師や看護師も心の問題の大切さを認識し始めているように思います。にもかかわらず心のケアが定着しにくいのはどうしてでしょう。

小池 やはり最大の問題は採算性ではないでしょうか。先生もご存知のように、心理士が行う心のケアは保険点数に加算されません。だから大切なことだとはわかっていても病院経営という見地からすると、心理士の採用には困難が伴います。

鎌田 結局のところ日本の医療の余裕のなさを物語っているんでしょうね。よく医療費の高騰が問題視されますが、実はGDPあたりの医療費は日本は世界で19位、先進国では最低レベルと言える水準なんです。最近では「優しい医療」を求める声が高まっているだけに高度医療や救急医療だけでなく、心の側面のサポート体制も整備する必要があるでしょうね。そのためには患者さん自身にも、心理面でのサポートの大切さを理解してもらわなければなりません。
で、ここからが本論ですが、がん患者さんが心のケアを必要とする状況はどのあたりから始まるものでしょうか。もしやと思って検査を受けたときから患者さんにはさまざまな不安が生じていると思うのですが……。

「癌」という字が怖い

小池 がんセンターでは電話相談も担当しましたが、そのときにはこれから検査を受ける人たちが、がんかもしれないという恐れに加えていろいろな迷いを不安を抱えていることを知りました。専門の病院で検査を受けたほうがいいのか、それとも近所のよく知った病院でのほうがいいのか。専門の病院ならどんな所がいいのか。
そうした不安や迷いがあるときには、家族や友人など、親しい人、信頼できる人に、それを言葉に出して話してみることを勧めました。人に聴いてもらって不安や迷いが解決するわけではないかもしれないけれど、気持ちが落ち着いて、少し冷静に、客観的に状況を考えることができるようになるかもしれません。

鎌田 おっしゃるとおりですね。検査前という段階だけでなく、がんと向かい合っていくうえで、自分の気持ちを言葉に出して表現することはとても大切なことだと思います。

小池 電話相談ではっとさせられることもありました。ある患者さんががんセンターに行こうか、癌研病院に行こうか迷ったけれど、「癌」という字が怖いから、ひらがなのがんセンターに決めたとおっしゃるんです。患者さんの心はこんなにも繊細なのだと考えさせられました。

鎌田 表記の仕方もそうですが、がんという言葉自体の響きもよくないですね。最近、作家の永六輔さんと対談して、『いのちとユーモア』(集英社)という本を上梓しました。そこでがんについて2人でしんみりと話していたときに、突然、永さんががんという病名がよくないと言うんです。がんじゃなくて「ぽん」にすればいい。告知のときも「残念ながらぽんが見つかりました」と言われれば、患者さんも体の力が抜けて、ショックも和らぐのではないかと(笑)。
もちろん永さんは、ぽんという言葉をシンボリックな意味合いで使っているのですが、言葉の大切さについては、実際に考えてみる必要があるのかもしれませんね。それほど患者さんの不安はデリケートなものだということでしょう。では、そうした心の揺れは自分ががんであることがわかったとき、どう変わっていくのでしょう。医師からがんだと告げられたとき、患者さんが受ける衝撃は想像を絶するものだと思うのですが……。

時間を置くことで心の整理を

小池 よく頭の中が真っ白になったと言われますが、その表現はまさにその通りだと思います。強いショックを受け、とても冷静に状況を考えられないということですね。

鎌田 なるほど。ではそうした心理をふまえて、僕たち医師は患者さんに、どう接すればいいのでしょう。僕の場合、精神的に強くないと思われる患者さんにはまず、がんであることをそれとなく匂わせて、数日後にゆっくり話すことにしています。そうすれば患者さんは気持ちを落ち着けてしっかりと話を聞けるように思っているんです。

小池 私も時間をかけて、段階を踏むということはとても大切だと思います。私はがん告知にも立ち会うことがありましたが、先生の中に告知のときには必ず、外来の最後に回していた人がいました。そうすればある程度はゆっくりと時間をとれますから。そして、場合によっては家族の人たちに同席してもらう配慮も必要です。がんであることを告げられるショックは並大抵のものではありません。1人では受け止めきれないかもしれません。

鎌田 そういえば日本では本人よりもまず、ご家族にその人ががんであることを伝える傾向が強かったですね。それで面白いと思うのは、がんだと伝えられたご家族が、本人には伝えてくれるなというケースが多いことです。奥さんはうちの人は人前ではいばっているけれど、実は気の弱い人だから黙っていて欲しいと言う。と、思うとご主人すらも自分1人で何とかするから、家内には伝えてくれるなと口止めされる。それで板ばさみの状態になって困っている医師もいるでしょう。このことはどう考えればいいのでしょうね。

小池 1つには思いやり、優しさであると思います。でも、それだけではなく、がんを告げられた場合に、本人が受けるショックをどう受け止めればいいのかわからないことでの不安があるようにも感じます。
家族はそうした優しさや不安を持ちつつも、「本人の気持ち」になって考えることが大切なのではないでしょうか。もちろん一概には言い切れませんが、人間は他の人が考えているほど弱くはないのではないでしょうか。
たとえば、年老いた父母ががんを患った場合、子供さんから黙っていてほしいと頼まれることがあります。高齢で見かけは弱く見えるかもしれません。でも人生の大先輩である両親には、戦争などさまざまな困難をくぐり抜けてきた経験と強さがあるかもしれない。そんな場合には、率直に本人に伝えたほうがいいかもしれないと考えるんです。

鎌田 ただ、その場合でも伝える技法は求められるでしょうね。同じことを言うのでもその場の雰囲気、声の大きさ、声の質などの条件で、相手の受け止め方はまったく違ったものになりますね。とくに告知のように悪い知らせを伝える場合には、デリケートさが求められるでしょう。こうしたコミュニケーションのとり方のうまい人というのは、やはり天性の素質というものがあるのでしょうか。

小池 素質そして人柄という面がありますが、それがすべてではないと思います。コミュニケーション能力もトレーニングで身につけられるのではないでしょうか。実際にがんセンターでは、悪い知らせをどのように伝えるかのスキルについて、医師へのトレーニングプログラムを始めています。もちろん、それをどう実際の臨床場面で活用するかが大切なのですが。

同じカテゴリーの最新記事

  • 会員ログイン
  • 新規会員登録

全記事サーチ   

キーワード
記事カテゴリー
  

注目の記事一覧

がんサポート11月 掲載記事更新!