スペシャル対談
「がんばらない」の医師 鎌田實 VS WHO心身医学・精神薬理学教授 永田勝太郎

撮影:大関清貴
発行:2005年3月
更新:2019年7月

  

感動的な体験で生き方が変わると がんを抑えられることがある
大切なのは生きている意味に気づくこと

鎌田實

かまた みのる
東京医科歯科大学医学部卒業。
長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、管理者に。がん末期患者、お年寄りへの24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(ともに集英社刊)がベストセラー。最近発売された『病院なんか嫌いだー良医にめぐりあうための10箇条』(集英社新書)『生き方のコツ 死に方の選択』(集英社文庫)『雪とパイナップル』(集英社)も話題に

永田勝太郎

ながた かつたろう
慶応義塾大学経済学部中退後、福島県立医科大学卒業。現在、浜松医科大学保険管理センター講師。1996年WHO(世界保健機関)教授兼任。医学博士。96年「ヒポクラテス賞」、97年「シュバイツァー賞」受賞。研究領域は主に慢性疼痛や循環器疾患の心身医学、東洋医学、全人的医療。著書に『慢性疼痛』(医歯薬出版)『QOL-全人的医療が目指すもの』(講談社)『新しい医療とは』(NHKブックス)などがある

人間の実存性に根ざした心あるケアが求められている

鎌田 21世紀に入り、世界では環境の危機や経済の危機に遭遇しています。しかし、ぼくらの国は、もっと大きな危機に直面しています。「生きる意味が見えなくなっている」。そんな気がしてならない。今日は永田先生の研究を通して、「生きる意味とは何か」を考えたいと思っています。永田先生は、日本実存療法学会の会長をしていて、ぼくは学会の理事をしています。ぼくは先生の弟子なのです。先生から苦難の中にいる方の心の支え方を教えてもらっています。

V・E・フランクル
V・E・フランクル
1905年、ウイーン生まれ。ウィーン大学在学中より、
アドラー、フロイトに師事し、精神医学を学ぶ。第2次世界
大戦中、ナチスによりドイツの強制収容所生活を体験。
逆境の中で生きる意味を見つめ、希望を捨てずに苦難を
克服した。その体験を基に『夜と霧』(みすず書房)を発表。
世界的ベストセラーとなった。ほかに『死と愛』『時代精神の
病理学』(みすず書房)『それでも人生にイエスと言う』
『宿命を超えて、自己を超えて』(春秋社)などの著書がある

永田 私が精神医学者のV・E・フランクルに出会ったのは、私自身の挫折体験がきっかけでした。人生で挫折するたびに、フランクルの著作を読むことによって救われる経験をし、いつか彼に会いたいと思い続けていた。それが実現して、彼が亡くなるまでの約10年間、フランクルのもとに通いつめることになったわけです。
もう1つ私にとって大きかったのが、日本で初めて九州大学に心療内科を作られた、池見酉次郎先生との出会いでした。
私自身は30年間、臨床医師としてやってきたわけですが、最初の頃は末期がんの患者さんにお会いすると、もう挫折感しか感じられないわけです。患者さんに何もしてやれない無力感に悩んだあげく、78年に九州大学におられた池見先生の門を叩いた。「心身医学を勉強すれば、何か新しいがん治療が展開できるのではないか」と考えたわけです。
当時はホスピスが日本でもようやく普及し始めた頃で、私は池見先生と一緒に『死の臨床』『日本のターミナルケア』という本を編集しました。あれから30年近く経った今、来院される患者さんたちを見て思うのは、ホスピスというものができたがゆえに、患者さんを放り投げてしまう医師がいかに増えてしまったかということです。

鎌田 本当にそう思います。それは大きな問題ですね。

永田 本来ホスピスとは、QOL(生活の質)を高めて患者さんをよりよく生かす場所であったはず。ところが、ホスピスを死に場所や姥捨て山のようにとらえている人が多い。医師も現代医学的治療が終わると、短絡的にホスピスを紹介する。しかし現代医学にできることがなくなったからといって、人間はすぐに死ぬわけではない。だからこそ医師は、「その間」をいかによく生かすかという課題に取り組まねばならないと思うのです。

鎌田 その通りです。

永田 ところが、そこに対するアプローチが今、ほとんどないわけですね。「もう、あなたにしてやれることはないから、ホスピスに行きなさい」と医者に見放される患者さんが大変多い。じゃあ、ホスピスで温かいケアが受けられるかといえば、そこに待っているのは、モルヒネと看護師さんの手だけのことがある。ちょっと乖離がありすぎるんじゃないか、と思うのです。
ここ1、2年、東洋医学や相補代替医療を緩和医療に採り入れる取り組みに対して、一般の医師の間でも関心が高まりつつあります。しかし、単に漢方薬やサプリメントといったモノによる治療だけではなく、人間の実存性に根ざしたような心あるケアが必要なのではないか、そんな気がしてならないのです。

民間療法も現代医学も合理的に組み合わせればいい

鎌田 日本では、進行がんや再発がんを抱えた人たちが行き場を失い、「がん難民」となって漂流しているのが実情です。多くの医療機関は現代医学でできることがなくなると、患者さんを放り出してしまう。放り出された患者さんは緩和ケア病棟に行くしかないが、日本にはまだケア病棟が少ないから、仮にたどり着いても入るのは難しい。ケア病棟に行くまでに、何かもっとできることもあるはずです。その点、日本の医療はたしかに遅れていますね。
この問題に新しい光を当てていくためにも、まずは先生が、医師としてどんなお仕事をしてきたかをお聞きかせ願えますか。

永田 私も鎌田先生と同じで、学園紛争を経験した世代です。そんな騒然とした空気の中、私自身は「自分探し」に明け暮れていました。といっても別段かっこいいことをしていたわけではなくて、夜になると酒を飲んで議論し、昼間は酒代を稼ぐために働くというような、自堕落な生活を送っていたわけです。
東京の港にある倉庫会社でガードマンの夜勤のアルバイトをしていたとき、仕事仲間に40歳ぐらいの方がいたんです。北海道の炭坑の出身で、ご両親を落盤事故で亡くし、中学卒業と同時に上京して機動隊に入隊した後、ガードマンのアルバイトをしながら司法試験をめざしていらしたんですね。その彼が、毎晩夜10時になると「ちょっと失礼します」といって20分ほどいなくなり、ハアハア息を切らして戻って来る。あるとき「毎晩どこへ行くんですか」と聞いてみたら、「家族の安否を確かめるために、電話をかけに行くんです」と言うんですね。仕事場にも電話はあるのに、「公私混同したくないから」と言って……。
私みたいに酒代を稼ぐためにバイトしているような奴もいれば、働きながら司法試験をめざして必死に勉強し、たった1回の私用電話さえ自分に許さない人もいる。それは、私にとってすごいショックでした。「一体、人間って何なんだろう」と。それまで私は社会体制や政治にばかり注目していたけれど、実は1人ひとりの人間がどれだけ自己実現できるかが問題なのではないか、そう気づいたわけです。
そこで、「医学こそ総合的人間学だ」と踏んで、1年半後に福島県立医大に進んだのですが、実際に行ってみたらトンデモナイ。総合人間学どころか単なる生物学でしかないわけです。正直な話、もう失望の連続で。
そうこうするうち、「痛み」に興味を持つようになった。痛みって、非常にポピュラーな症状であるにもかかわらず、よくわかっていないことが多いでしょう。そんなわけで、鍼麻酔に興味を持ち、グループを作って鍼の勉強を始めたんです。
勉強を続けていると、そもそも中国の思想を理解しなければ鍼はわからない、ということに気がついた。じゃあ、我々は現代医学が立脚する根本の思想をわかっているのかというと、何もわかっていないわけです。医学部へ入るや否や「解剖だ、生理だ」と追い立てられて、その根底に流れている哲学や思想は全く知らない。それならいっそ「東洋医学も西洋医学も民間療法も、同じマナ板の上に載せて勉強しよう」と考え、大学5年目のときにグループを作って勉強を始めたんです。
そのときに出した結論は、「患者にとっては治ればそれでいいのだから、民間療法も現代医学も、合理的にうまく組み合わせて使えばいい」ということ。学生時代に受けたインパクトがそのまま続いて、今日に至っているという感じですね。

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