免疫ビッグ対談第2弾
「がんばらない」の医師 鎌田實 VS 免疫学の大家 安保徹
生き方や生活を見直すことが大切
「がんばらない」副交感神経と「あきらめない」交感神経のバランスを
かまた みのる
東京医科歯科大学医学部卒業。
長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、現在管理者。 がん末期患者、お年寄りへの24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。 著者『がんばらない』『あきらめない』(ともに集英社刊)がベストセラー。 昨年出版された『病院なんか嫌いだー良医にめぐりあうための10箇条』(集英社新書)も話題になっている
あぼ とおる
東北大学医学部卒。新潟大学大学院医歯学総合研究科教授。 米国留学中の1980年に「ヒトNK細胞抗原CD57に対するモノクローナル抗体」を作製、 89年には胸腺外分化T細胞を発見した。 96年白血球の自律神経支配のメカニズムを解明。 00年には胃潰瘍=胃酸説を覆す顆粒球説を発表し、大きな衝撃を与える。 著書に『免疫革命』(講談社インターナショナル)『奇跡が起こる爪もみ療法』(マキノ出版)など多数
人が病気になる原因はどこにあるか
鎌田 私は本誌で、乳がんが再発した女性との往復書簡を連載しています。彼女も含めて、がんと闘っている人たちに、何かよいメッセージが伝えられないかと思い、先生との対談を楽しみにしていました。
先生は著書の中で、「心と体をつなぐものが自律神経系である」と主張されていますね。まずは、交感神経と副交感神経のバランスの話を聞かせていただければと思います。
安保 50年前の日本では、人々は貧しく、重労働によって食糧の自給がなされていました。いわば、みなが交感神経を緊張させて、極限までがんばっていた時代だったのです。その後日本が豊かになると、機械化や電化製品の普及が進み、人々は過酷な重労働から解放されました。ところが、食糧事情もよくなり、楽に生きられるようになったとたん、今度は別のストレスに直面することになった。たとえば長時間労働や、人間関係の悩みなどのストレスを抱えるようになったわけです。
実際、がん患者さんの話を聞くと、無理がたたって発がんしているケースが多いんですね。では、無理をすると具体的にどういう生体反応が起こるのか。ここでキーワードとなるのが、「自律神経」であり「白血球」「血流障害」だと思うのです。
鎌田 自律神経の中に交感神経と副交感神経があるわけですが、それらはどのようなバランスで機能しているのですか。
安保 「日中はがんばって仕事をし、夜は疲れてグッスリ休む」。これが、交感神経と副交感神経のバランスがとれているときのリズムです。ところが、長い人生の中には、無理が続いたり、心配ごとを抱えて苦悩したりといった局面もないわけではない。そんな緊張状態が長期間続くと、自律神経のバランスが崩れてしまうんですね。
鎌田 たしかに、心筋梗塞や脳卒中なども、がんばりすぎて交感神経の緊張が重なったときに起きていますね。
安保 今の医学では、病気の発生についての研究が、分子あるいは遺伝子の問題などに偏り過ぎているような気がします。
しかし、人間は生物として進化した結果、わりと過不足のない世界に生まれてきている。にもかかわらず病気になってしまうのは、生き方の無理や、交感神経の過緊張の持続が原因なのではないか。つまり病気の原因は、遺伝子異常というよりも、私たちの適応を超えた生き方にあるのではないかと思うのです。
がんと闘うリンパ球を増やす生活とは?
鎌田 先生は、「がん抑制遺伝子が働いたり働かなかったりするのは、交感神経と副交感神経のバランスによって、遺伝子がオンになったりオフになったりしているためではないか」と書いておられますね。だとすれば、交感神経と副交感神経のバランスがとれた生き方をすれば、がん抑制遺伝子はちゃんと働く、ということですね。では、自律神経と白血球にはどんな関係があるのでしょうか。
安保 白血球は*「マクロファージ」*「顆粒球」*「リンパ球」からなっています。人間は多細胞生物として進化する過程で、生体防御の機能を、「マクロファージ」というアメーバのような細胞に任せてしまった。これが、白血球の始まりです。
その後、生体システムが複雑化するにつれ、人間はより防御効率を高めるために、細菌処理に優れた「顆粒球」や、細菌や真菌よりも粒子の小さな異物を接着分子で凝集させる「リンパ球」を生み出した。いわゆる「免疫」の世界ですね。この顆粒球が交感神経に、リンパ球が副交感神経に支配されているという事実を、私は8年前に発見したのです。
鎌田 つまり、顆粒球は交感神経を刺激すると増え、リンパ球は副交感神経を刺激すると増える、というわけですね。
安保 だから、のんびりゆったり暮らしている人は、白血球中のリンパ球の比率が高い。逆に、無理を重ねている人は、比較的、顆粒球が多いのです。
鎌田 とすれば、がんと闘うときは、顆粒球よりもリンパ球が増えてくれたほうがいい。
安保 そうなんです。顆粒球は本来、細菌を処理する働きをする大切な細胞なんですが、増えすぎると粘膜や組織を破壊するといったマイナス面も持つ。血流障害と顆粒球の増加による組織破壊が原因で、いろいろな病気が起こってくるわけです。だからこそ顆粒球が多い人は、生活を見直し、副交感神経を優位にしてリンパ球を増やさないといけない。
ところが、がんの手術をして転移もないとなると、患者さんは医師から、「元の生活に戻っていいですよ」とアドバイスされて退院しますよね。すると、また無理を重ねて再発に至ってしまう。だからこそ、一般の人も医師も、発がんのメカニズムをきちんと知るべきだと思うのです。
鎌田 なるほど。がんができる元の生活に戻らず、少し生活のリズムをゆっくりにしないといけないのですね。では、血流障害の問題についてはいかがですか。
安保 交感神経が刺激されると、元気が出て脈が速くなり、血圧が上がって血液の循環量が増えます。でも、がんばりすぎると、その段階を通り越して血管が収縮し、血流障害が起こる。病気になった人の顔色が悪いのはこのためです。
顔色が悪いときは、全身に血流障害が起こって低体温になっている。そうなると、栄養がいきわたらないので正常な組織が破壊されやすい。ところが、細胞中に*ミトコンドリアが少ないがん細胞だけは、嫌気性の呼吸をしているので、たとえ栄養がとだえても生き延びていく。そして末期がんになると、がん細胞だけが最後まで生き残り、個体をほろぼしてしまう。このように血流障害は、正常な細胞に対して大変不利に働くわけですね。これを防ぐには、「行き過ぎから脱却する」という、生き方の問題に入っていく必要があるのです。
*マクロファージ=貪欲細胞とも呼ばれ、サイズの大きな異物や細胞から出た老廃物を食べたり、異物の浸入を顆粒球やリンパ球に知らせる
*顆粒球=真菌、大腸菌、細胞の死骸などの異物を食べて処理する
*リンパ球=ウイルスなどの微小なサイズの異物に対して抗体を使って攻撃する
*ミトコンドリア=細胞内にある細長い器官で、細胞の代謝にかかわるアデノシン三リン酸という物質をつくる
がんになる原因はどこにあるのか
鎌田 そう考えると、血流障害はたしかに大きな問題ですね。ところで「人はなぜがんになるのか」という点については、先生はどうお考えですか。
安保 一般に、怒ったり興奮したりすると、交感神経が緊張することはよく知られていますよね。でも、「長時間労働が交感神経の緊張状態を作る」という考え方は、どちらかといえば希薄だったと思うのです。1日や2日ならいいけれど、半年も1年も続けてがんばれるようには、人間はできていない。それから、家庭や職場の人間関係で苦悩していると、やはり血圧上昇や脈拍の増加で、交感神経が緊張状態になってしまう。さらに、働きすぎと人間関係の苦悩という悪条件が二つ重なると、これはもう最悪です。それが血流障害と顆粒球増加を招き、組織破壊によるさまざまな病気を引き起こして、発がんに至ってしまうのです。
鎌田 僕は『がんばらない』という本の中で、今は「体と心のつながり」が壊れかかっている時代だ、と書いたことがあります。だから、先生が著書の中で、「心と体をつなぐものは自律神経だ」と書かれているのを読んで、「ああ、そうか」と。僕はそのことを、ずっと、あやふやな形で理解していた。それを先生に明確な言葉で言われたので、ハッとしたんです。
医学が進歩して重箱の隅をつつくようになると、自律神経が身近な存在であるために、かえって自律神経の本当の大切さを忘れてしまった。でも、心と体をつなぐ自律神経の向こう側には、白血球や血流の問題があり、その先には免疫機能の問題がある。全部つながっているわけですよね。
そう考えると、僕の本のタイトルでもある『がんばらない』という表現は、「副交感神経を刺激すること」であり、『あきらめない』という表現は、「副交感神経を大事にしながらも、交感神経を少し刺激して、無理しない程度にがんばる」ということかもしれません。では、この二つのバランスは、どう考えればいいのでしょうか。
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