鎌田 實「がんばらない&あきらめない」対談

免疫ビッグ対談 世界的免疫学者(理化学研究所 免疫・アレルギー総合研究センター長)谷口 克 × 鎌田 實

撮影●岡田光二郎 イラスト●宍田利孝
構成●松沢 実
発行:2004年5月
更新:2019年7月

  

なぜ末期的ながんでも治ることがあるのか。免疫に対する大いなる誤解を解く

本誌でがん患者さんとの往復書簡を連載中の鎌田實さんが、前号の手紙で免疫の不思議な作用について触れました。そして「ぜひめんえきについてもっと詳しく読者に伝え、勇気をあげたい」と、今回はゲストをお招きし、免疫対談をお届けすることになりました。お相手は日本を代表する免疫学者、谷口克さんです。

 

谷口 克さん

「がんと特異的に反応するリンパ球が大量に増えるからだと思います」
たにぐち まさる
千葉大学医学部卒。同大学院博士課程終了。同大助手を経て、メルボルン・ウォルター・エライザー・ホール医学研究所へ留学。80年より千葉大学教授。93年、野口英世記念医学賞を受賞。04年4月より理化学研究所免疫・アレルギー科学総合研究センター長。著書に『新・免疫の不思議』(岩波科学ライブラリー)、『免疫、その驚異のメカニズム』(ウェッジ選書)など多数

 

鎌田 實さん

「ときどき進行がんの自然退縮がみられるのはどうしてでしょう」
かまた みのる
東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、現在管理者。がん末期患者、お年寄りへの24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(ともに集英社刊)がベストセラー。最近出版された『病院なんか嫌いだー良医にめぐりあうための10箇条』(集英社新書)も話題になっている

免疫は自己と非自己を区別する仕組み

鎌田 乳がんを再発している一人の女性と、この雑誌で私は往復書簡を連載しています。前号で書いた手紙がきっかけでした。自宅近くの「水神の湯」の朝風呂へ行ったら、「今 ここに だれとも くらべない はだかの にんげん わたしがいる」という文字が目に飛びこんできました。ご存じのように相田みつをの有名な言葉です。脱衣場の壁に貼られたその毛筆のコピーを眺めながら、「わたしがいる」というけれど、「わたし」っていったい何だろうという疑問が頭の中に湧いてきたのです。そのとき「自己・非自己を区別するというのが免疫である」という谷口先生の言説を思い出しました。このことからまずお伺いしたいと思います。

谷口 私たちはこれまで免疫ということを大いに誤解してきました。免疫とはウイルスや細菌等による感染症から人間を守る防御システムだと単純に思っていたのですが、そうではありません。免疫は自己と非自己を淡々と区別し、非自己を排除するための仕組みであり営みなのです。非自己である病原体を排除した結果、感染から身を守ることになるのです。免疫反応によって引き起こされる結果は実に多彩なものがあり、感染症から身を守る防御システムはその一部でしかないのです。

鎌田 精神的な自己を判断しているのは脳で、体を支えている細胞の自己か非自己かをジャッジしているのが免疫なのですね。どうして免疫を感染症に対する防御システムというように一面的かつ矮小化して捉えてしまったのでしょうか。

谷口 人類が免疫に気づいたのは約200年前です。英国人医師のエドワード・ジェンナーが種痘の実験を行い、天然痘の予防に成功したことがきっかけです。天然痘ウイルスの親戚筋にあたる牛痘ウイルスにあらかじめ感染させておけば、天然痘ウイルスに感染しても発病しないことを証明し、免疫―ワクチン療法の道を切り拓きました。当時は猛威を振るう天然痘などの感染症をいかに克服するのか、ということが緊急の差し迫った課題だったのです。免疫に対する一面的な誤解を生み出したのは、そうした実用的課題から免疫の研究がスタートしたからだと思います。

しかし、免疫がいつも自分の味方だと思っていたら大間違いです。スギ花粉症や気管支喘息などのアレルギー性疾患の原因は、正常な免疫反応の結果から生じるものなのです。ウイルス性肝炎やウイルス性脳炎などもウイルスが身体を攻撃するというよりも、ウイルス感染細胞に対する免疫反応によって起きるのです。

免疫はなぜ多種多様の異物に対応できるのか

鎌田 免疫の特徴は特異性と多様性を有しながら、見事な調和と的確なコントロールがなされているところにあるといわれます。その特異性と多様性とは、それぞれ何なのでしょうか。

谷口 特異性というのは、1種類の免疫細胞に反応するのが特定の1種類の異物(=非自己)だけだということです。たとえば、ジフテリア菌を認識し排除に乗り出す免疫細胞は、ジフテリア菌のみに反応します。決してその他の破傷風菌等の細菌に反応することはありません。一対一でしか反応しないところが特異性といわれるゆえんです。

一方、多様性とは多種多様にわたる異物(=非自己)にすべて対応できるという特質です。免疫細胞の表面には非自己を見分けるタンパク質(抗原受容体)が存在し、アンテナの役割を果たしています。抗原受容体は免疫細胞全体で10の12乗個(1兆個)の種類にのぼり、それと同数の非自己を識別できると考えられています。外界からの未知の異物や毒素に対応できる多様性は、この1兆個にのぼる抗原受容体によって保障されているのです。

鎌田 免疫は地球上に存在しないものや、遠い将来、新たにつくられるものまで判別できるといわれています。なぜ、そんなことが可能になったのでしょうか。

谷口 人間の遺伝子は約3万個しかないのに、どうして1兆種類もの天文学的な抗原識別能力を獲得できるのか。そのことは大きな謎だったのですが、これを解明したのがノーベル賞を受賞した利根川進博士の「遺伝子再構成」という受容体をつくる遺伝子機構です。

遺伝子再構成とは異物を識別する免疫抗原受容体遺伝子ができあがる仕組みのことで、免疫細胞だけが持つ遺伝子機構のことです。受容体遺伝子は独立した1個の遺伝子ではなく、細胞分化のプロセスの過程で、いくつかの遺伝子の断片を寄せ木細工のように集めて1個の遺伝子をつくるというメカニズムのことです。重要なのはあらかじめ作成された青写真の下に免疫抗原受容体遺伝子がつくられるというわけではないということで、まったく無作為に遺伝子の断片が勝手に寄せ集められて1個の抗原受容体遺伝子はつくられます。

その結果、1兆種類の抗原受容体遺伝子ができ、あらゆるものが識別可能となるのです。私たちの体内には、それぞれ特定の一つの異物(抗原)と反応できる抗原受容体を持つ免疫細胞があらかじめ用意されているのです。そして、ある特定の一つの抗原とある特定の一つの免疫細胞が結合し、たった一つの免疫細胞のクローン(同一遺伝子を持つ細胞群)が大量につくられ、それによって異物を排除するのが免疫の仕組みなのです。

自己を攻撃する免疫細胞をつくって殺す

鎌田 この雑誌を読んでくださっている読者は、ご自身ががん患者さんだったり、身近にがん患者さんを抱えていたりしています。多くの方が免疫に関心を持っています。難しい免疫の話を、今日はわかりやすく聞きたいと思います。免疫システムは白血球によって担われているといいますが、どのような仕組みによって機能しているのですか。

谷口 免疫は生体における即戦力的常設防衛システムの自然免疫系と、以前に感染したウイルスや細菌等を記憶していて、それに対して発動される記憶防衛システムである獲得免疫系の二つに大きく分けられます。いずれも血液中の白血球が支え、前者はその中のマクロファージ、樹状細胞、NK(ナチュラルキラー)細胞等からなり、後者はT細胞やB細胞が担っています。ほかに近年新たに発見された第四のリンパ球ともいわれるNKT細胞も重要な役割を果たしています。NKT細胞は自然免疫系と獲得免疫系の両者の橋渡しをする要の細胞で、感染のみならず、アレルギー制御、臓器移植生着、がん細胞の抑制や殺傷などに深く関係しているといわれます。

鎌田 免疫で重要とされるリンパ球は1日に100万個以上がつくられ、同時に壊れ続けているとのことですが、免疫システムはどのように統御されているのでしょうか。

谷口 人間の身体には約1兆個(約1キログラム)のリンパ球が存在していますが、その中でT細胞とB細胞の二つのリンパ球が高度な免疫システムを担うメインキャストです。とりわけ免疫システム全体をコントロールしているのがT細胞で、T細胞は異物にとりついて殺す戦闘部隊であると同時に、免疫システム全体の司令塔でもあるのです。B細胞は抗体と呼ばれる武器を放って、異物に攻撃を仕掛ける細胞です。

いずれも元になるのは骨髄幹細胞で、骨髄で分裂・増殖し大量につくられた幹細胞がリンパ球前駆細胞を経てT細胞やB細胞へ分化します。T細胞は骨髄でつくられたリンパ球前駆細胞が胸腺に到達し、胸腺の中で成熟し全身に送り出されます。胸腺は心臓の少し上のほうに存在する平べったい器官です。免疫の本質である自己と非自己の教育をリンパ球前駆細胞に施し、T細胞へ変身させる教育研修機関のようなものです。

先ほど遺伝子再構成であらゆるものと反応する免疫細胞がつくられると言いましたが、胸腺では自らの身体と反応する免疫細胞(自己反応性T細胞)もつくられます。実は胸腺で成熟し生み出されるT細胞の約95パーセントが自己反応性T細胞なのです。しかし、自己反応性T細胞をそのままにしておくと体内で自己を攻撃し、自らの生命を脅かしてしまうので、胸腺の中にいるうちに自らそれを殺してしまうのです。

一方、自己と反応しない代わりに非自己と反応するT細胞(非自己反応性T細胞)は生き残り、それが増殖し末梢のリンパ組織へ移って免疫システムとして機能します。いわば免疫は非自己を認識する仕組みを利用して、自己を確立するシステムといえます。積極的に自己主張せず、逆説的に非自己を設定することによって自己の基盤を明確にする、そんな知恵を免疫系は持っているのです。

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 マクロファージの表面にはHLA抗原(自己)が存在する。マクロファージにとり込まれ断片となった異物は、
HLA抗原に結びつき、表面に浮かび上がる。T細胞のアンテナ「抗原受容体(TCR)」が異物の断片が取り付
いたHLA抗原を発見し、「自己」のマークだったHLAが、異物によって「非自己」化したのを認識する

マクロファージ=貧食細胞とも呼ばれ、異物を取り込んで分解する。
樹状細胞=表面に樹の枝のような突起がある細胞で、異物を取り込んで消化し、抗原を提示する。
NK細胞=がん細胞に取りついて次々に殺していく細胞。T細胞でもB細胞でもない。
T細胞=胸腺由来のリンパ球細胞。異物を見分け排除する。
B細胞=骨髄由来のリンパ球細胞。体内に侵入してくる細菌などに対して抗体を作る。

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