「がんばらない」の医師 鎌田實とがん患者の心の往復書簡 松村尚美さん編 第6回

発行:2004年9月
更新:2013年9月

  

たくさんの目が注がれればきっと医療は変わるでしょう

松村尚美さん

まつむら なおみ
千葉県在住。50歳。1男1女の母。98年乳がん3期との診断を受ける2000年右鎖骨上のリンパ節に再発現在抗がん剤治療を受けている乳がん患者会「イデアフォー」の世話人の1人でもある

がん患者・松村尚美さんから 医療者・鎌田實さんへの書簡

夕暮、庭のヒメシャラの周りでツバメが飛びかっています。「今日もあの樹で寝るんだよ」と、ツバメを見ていた夫が言います。枝を見上げると行儀よく並んだ鳥の尾が、そよぐ風に枝と一緒にゆれています。他にもたくさん木があるのになぜあの木なのかと、不思議です。

6月22日にNHKの朝の番組、「生活ほっとモーニング」に出演いたしました。ご覧いただいたとか。『がんサポート』の編集者から聞きました。本当は内緒にしていたかったのです。テレビですもの、内緒も何もないでしょとお笑いになるでしょうか。

再発がん患者としての出演でした。所属するボランティアグループ、イデアフォーで主催したミニ講演会に、NHKのディレクターが参加されていて、その方からお話をいただきました。

テレビ出演で再発者の問題を伝えたかった

6月の初めから撮影が始まり、3週間ほど、通院の様子、病院での友人との会話、会社、自宅での収録。長い期間でしたので、カメラがまわっていることにもすっかり慣れてしまいました。NHKからお話をいただいたときには、こんなに大掛かりになるとも思わず、呑気にお引き受けしたのですが、やはり大変でした。会社はテレビが来るというので社員全員で大掃除、忙しいときなのにと叱られましたが机の上がとてもきれいになりました。

いつのまにか巻き込んでしまった友人、この番組で伝えたいことがあるでしょうと背中を押してくれた、そして、今回の騒動で、深いお付き合いをしていただいていることにあらためて気付き感謝しています。

家族にとってはストレスになったようです。「あなたは本人だからいいけど、家族は辛いのよ」と、難病で家族を亡くした友人は言っていました。夫や子供はどんどん心に踏み込んでくるインタビューにとまどっていました。

どんな番組になるのかと、先の見えない不安もありました。NHKの方は番組を作ることと、私の家族を守ることとのせめぎあいの中、私たちの心に踏み込んでいくことの是非に迷いも深かったようです。

NHK番組制作者の姿勢の確かさに家族も含め前に進むことができました。放映を終了して、終わったという安堵感と、番組制作にかかわれた心地よい疲れが残りました。

私は、そしておそらく多くのがんの再発者は本当にたくさんの問題を抱えています。高額な医療費のこと、仕事のこと、心を支えるシステムのこと、家族のこと、医療者とのコミュニケーション。いくら大変ですと言葉で表現しても、わかっていただくためには、生活をお見せするしかないと思いました。医療を変えていくには、患者が声をあげていくことが大切なはずです。

医療費は高額医療費として返ってくるけれど、申告制であるその制度を知らなくては利用できない、具合の悪いときはその手間すら大変なこと。そして治療を受けるために、病院に行く時にかなりの金額を用意しなくてはならないこと。健康であれば気付くはずもないことです。知人の、治療を受けるために通院日前にお金をかき集めていると言う言葉が忘れられません。

心を受け止めるところのない患者はもちろんのこと、がん患者を抱える家族の思いはどこにいくのでしょう。瀬戸際に立たされている患者と家族。患者本人、そしてご家族にお話を聴く機会があったことから、私自身も含め大切な問題だと思っています。病院内に患者や家族の心を受け止めるところがあればいいのですが。

社会参加するために、医療費を負担するために続けたいと願う仕事も思うように続けられません。がんはイメージの病気と言われていますが、がん患者であることのイメージが先行し、実際は治療しながら仕事ができることをなかなか理解してもらえません。

治療の節目にセカンドオピニオンを求めたいと願ってもどこに行けばいいかと悩みます。副作用のない治療も、受けられない現実もあります。地方では、がん専門医、乳腺専門の医師すらあまりいません。

この手紙の始まりの時、あなたに訴えたそのままを私はテレビでたくさんの方に伝えようとしました。是非わかってほしい、大変な思いをしている患者達がいること。

医療の現場にいろいろな職種が集まって欲しい

私はよく恵まれた患者だと言われます。

病状があまり深刻ではないこと、ハーセプチン、ゼローダとよく薬が効いたことなど。でも、それより何より、軽いからこそ、声に出す体力があり、たまたま発言する場が与えられました。精一杯、声を出してみようと思ったのです。

そして、私の思いは、番組をつくろうとしている人に伝わりました。そして番組をご覧になった何人かに伝わればと願っています。

患者が声をあげることで医療は変わると私は一人つぶやいていた、そしてそこを伝えようと番組を作っている人たちがいる。医療者もいる、それぞれの立場で向き合い、考えている。

本当に大変な問題だけれど、少しでも前に進みたい。

7月8日、NHK「生活ほっとモーニング 再発と向き合う」の3回シリーズの最終版が放映されました。この3回目の出演の依頼をお受けした時は、お断りしようと思いました。とても怖かったのです。不安でもありました。もっと普段からいろいろなことを考えていればいいのに、学んでいればいいのにとか、前回の出演で、テレビの怖さも感じていました。

島根県の患者さん、佐藤さんは伝えたいことがあるから、田原節子さんは社会とかかわりを持ち続けたいからと出演されると聞いたとき、いったい私は何を甘えたことを言っているのかと思いました。そして、不安を抱えたままの出演となりました。

番組の前半は、佐藤さんががんの専門医が足りないことを訴えていたことから、国立がん研究センターの総長、厚生労働省の担当の方にこの問題についての取材のVTRを中心に展開し、後半は視聴者から寄せられた、ファックス、メールを紹介しつつ、ゲストが話し合うという構成でした。

番組で、専門家として出演されていた医師から、いろいろな情報を聞くことができました。

国立がん研究センターの腫瘍内科医のレジデンスは定員に満たないこと。わずか1週間の研修で、がんセンターに来られた外科の医師がたくさんのことを学んで帰っていること。がんの告知、告知後のケアももちろんのこと、これらが医師のスキルであること、彼ら医師たちは、医療を医師中心と考えていること。

厚生労働省は、がんの専門医の養成になんら手を打っていないという現実もありました。

がん患者の心のケアが重要だと医療者も考えているにもかかわらず、やはり人員が不足していること。

がんは特別な病気ではありません。他にもきっと大変な思いをして病気と闘っている方がいる。共通するのは社会の仕組みと深いかかわりがあることだと思っています。

患者を中心とした医療であってほしい。患者を中心とした同心円状に医師と看護師と、心理療養士、薬剤師、ソーシャルワーカーが同じ目線でいてほしい。医師を頂点としてではなく、医療の現場にいろいろな職種の方が集まってほしい。

前回の番組の出演をお受けしたのは、一人の再発者の生活をありのままに見せることで、がん患者が抱えている問題を訴えることが目的でした。けれど、それは伝わっていなかったようです。知人に何がいいたいのかわからなかったと番組を評して言われたことが重く響いていました。

NHKの番組にかかわって、番組のスタッフが、がん患者が声をあげることで医療を変えていくことになると考えていることを知りました。患者自身が伝え続けること、向き合っていることが大切なのでしょう。そして、がんについて、医療について、目を放さず向き合っていくことを番組のスタッフにもお願いしました。たくさん目がそこに注がれていることで、医療はどんどんよい方向に向かっていくでしょう。

生きていく勇気をもらっています

ゆっくり風景をみたい衝動にかられたとか……そうなのかしら、やはり新しい挑戦のように思えますけれど、あなたのお手紙にあった、新たな旅立ちのこと、私はあまり驚きませんでした。新しいことを始めようとされていることを前から知っていたような気がしました。

困難であればあるほどに、勢いづくエネルギーが感じられます。あなたから感じられるのはそうした力です。心と身体の健康、安全に気をつけてください。あなたのご家族の心配を思うとたまりませんが、存外、柔らかく笑っていらっしゃるような気もします。ほとばしるような、楽しい、そして深い、お話を待っています。そして、自分のためにも是非時間をとっておくことも、忘れないでください。

あなたはあなたの場で、私は私の場で、生き抜くのも……いいですね。

誰かが、懸命に生きているのを感じる。病院の待合室で、点滴ルームで、お会いする方たちの生きていくための闘いは、今日も続いています。病気と向き合い懸命に生きようとするその姿から、生きていく勇気をもらっています。その静かな力に私も満たされています。

いつも希望を失っていない、元気でいるなど、とんでもないことです。

痛みに不安になります。

少しずつ、身体を覆っていくがんに手も足も出ない、恐怖すら感じています。そして今回のように自分の心をさらけ出すことに、これでいいのかと、怖くなります。すべきことが他にあるのではないかと、心配になります。自信のない、不安定な自分に対する嫌悪感もあります。

こうした自分を抱えきれず、おろおろしながら病院へ行き、待合室で静かな時間を過ごします。

友人に会い、言葉を交わし、たくさんの勇気をもらいます。

そしてまた、不遜な心をもち歩き出すのです。

新しい1日のために。

暑い、暑い、日々が続きます。

どうぞお体を大切にお過ごしください。

松村尚美

鎌田實様

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