医療者だけではなく、一緒に医療を創りましょう!

文:田中祐次 東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワーク部門客員助手
NPO血液患者コミュニティ「ももの木」理事長
イラスト:杉本健吾
発行:2008年8月
更新:2013年4月

  
ももイラスト

たなか ゆうじ
1970年生まれ。徳島大学卒業。東京大学、都立駒込病院を経て、米国デューク大学に留学。
現在は東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワーク部門客員助手。
2000年、患者会血液患者コミュニティ「ももの木」を設立し、定期的な交流会を続けている

患者さんや家族の方は医療以外の仕事をされている方がほとんどです。
だから最初は医療のことはわからない、それは当たり前です。
けれども、医療にかかわると、“医療者ではないからこそ見えてくるもの”があると思うのです。

主治医でないことが話しやすさにつながる

ももの木を主催してから、交流会で自分が担当していなかった患者さんとも会い、話をしています。

以前、患者さんから、

「主治医じゃない、でも医師だから話せる」

と聞いたことがありました。最近はそれがなんとなく実感できます。医師であることは患者さんとの間に信頼感を作ってくれ、主治医ではないということが、話しやすさにつながるようです。

というのも、これは僕の考えなのですが、主治医の先生、もしくは主治医に通じる医師であると、何かしら主治医の耳に入ってしまうのではないか。

たとえば病気や治療の質問をしたら、それが主治医の耳に届いてしまうかもしれない。それを患者さんたちは嫌う。そんな気がしました。ですから、主治医ではないことが結構重要なんだな、そう感じています。

また、以前から知っている患者さんが、ほかの患者さんと僕との垣根を崩してくれているようです。その患者さんは僕にいろいろなことを教えてくれていた方です。

あるとき点滴の針がなかなか刺さらず、汗をかきながらベッドに乗り込み、「さぁ、針刺しますよ」といいながらしゃがむと「ブッ」という大きな音が部屋に響きました。若きころの自分の名誉のために言っておくのですが、これはおならではありません。ズボンのお尻の部分が裂けた音です。もちろん点滴の針はちゃんと刺すことができました(若き日の僕の名誉のために再度付け加えるのですが)。

そんな失敗を繰り返しながらも1人前の階段を登る僕を見ていた患者さんは、たぶん、弟か息子のようなつもりなのでしょう。

こうした患者さんたちが交流会に参加すると「もも先生」ではなく「ももセンセー」というもっと親しい呼び方、ときには「ももちゃん」になっています。でも、その親しい雰囲気だからこそ、初対面の患者さんでも2~3時間のうちにちょっとした話ができるようになるのだ、と思うのです。

医療者は患者さんからの感謝の言葉がやりがいに

イラスト

当たり前ですが患者さんは、病気になる前にさまざまな人生を送っています。職業もいろいろ、感性や特技なども本当にさまざまです。

患者さんたちと話していて、一緒に過ごしていて感じるのですが、僕ら医師は医学の知識、経験は確かに患者さんたちよりも豊富です。でも、それ以外の部分では患者さんたちのほうが知識、経験が豊富です。この当たり前のことが実感できたこと、これが僕の宝になっています。

その宝の1人である「加賀の住人」さんは、その名のとおり、加賀つまり金沢に在住しています。その人との会話のなかで最も印象的だったのは、
「あのときの看護師さんの“笑顔”に救われました」
です。

そして、その感謝の思いを加賀の住人さんは新聞に投稿しました。

以下はその内容です。

題名:命の綱だった看護師さん
現在は看護週間。毎年この時期に思い出すのはリンパ腫治療のために骨髄移植をした時のことです。この時、私は移植病棟の無菌室に入院していましたが、移植前処置の抗がん剤投与や放射線全身照射の副作用が激しく現れ、毎日とても辛い思いをしました。この時、私の命の綱はナースコールのボタンであり、押した時にすぐ病室に駆け付けてくれた看護師の皆さんでした。
移植病棟の患者の状態は、1人ひとり千差万別ですので、看護師さんは心身ともに大変疲れておられたと思いますが、昼夜を違わず、笑顔で献身的に看護してくださいました。このような援助がなければ辛い無菌室生活は乗り越えられなかったものと、今でも心から感謝しています。〔平成20年5月15日北國新聞朝刊30面「地鳴り」欄掲載〕(※本人の許可をいただいています)

加賀の住人さんは文章を書くのが好き、得意なのでしょう。こうした新聞への投稿を何度もされて、本も出しています。新聞への投稿や本の執筆をすることは、加賀の住人さんにとっての大事な表現方法であり、1歩医療に向けて歩んでいることを意味している、と思うのです。そして、それが僕にはすばらしいと感じます。医療者は患者さんからの感謝の言葉がやりがいになります。

しかし、今、確かに医療者と患者さん、患者家族の方との関係は難しくなってきていると感じます。でも、実はそういうことはほんの一部であり、メディアの報道によって皆がより強く感じてしまっているせいかもしれません。

加賀の住人さんの投稿は、この投稿を読んだ多くの医療者たち、とくに看護師の方々は気持ちが和らいだのではないでしょうか。そして同時に、看護師の方々に新たな活力を与えてくれた、そう思います。

患者さんのみなさんに新聞に投稿して欲しいと僕は言っているのではありません。加賀の住人さんは書くのが好き、得意です。そして、自分の能力を生かすことを考え、そうして投稿した。その元には、医療者だけではなく自分も一緒に医療を創る、という思いがあり、それを上手く表現したこと、それを僕はすばらしい、と思うのです。

医療者でないからこそ見えてくるものがある

医療者は多くが医療の仕事しかしていません。患者さんや家族の方は医療以外の仕事をされている方がほとんどです。だから医療のことはわからない、でもそれは最初だけです。

医療にかかわると、医療者ではないからこそ見えてくるものがあると思うのです。僕はそれを教えてもらってきました。まだまだ未熟ですが。

でも、僕は思うのです。これからは、患者さんや患者家族の側から、新しい医療の一部を創っていけるのだな、と。

無理をすることはないのですが、みんなの持っている力を少しずつでも集めていければ、医療者だけでは成し遂げられなかった、今まで創ることができなかった医療が創れる、そう信じています!!

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