患者さんや家族の方の経験や知恵が医療には必要なのです

文:田中祐次 東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワーク部門客員助手
NPO血液患者コミュニティ「ももの木」理事長
イラスト:杉本健吾
発行:2008年2月
更新:2013年4月

  
ももイラスト

たなか ゆうじ
1970年生まれ。徳島大学卒業。東京大学、都立駒込病院を経て、米国デューク大学に留学。
現在は東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワーク部門客員助手。
2000年、患者会血液患者コミュニティ「ももの木」を設立し、定期的な交流会を続けている

アメリカのゴルフ場はとにかく安い

突然なのですが、皆さんはゴルフをされるでしょうか?

僕自身が留学していたデューク大学はノースカロライナ州にあります。ノースカロライナ州はとてもゴルフが盛んで、全米オープンなどが開催される有名なゴルフコースなどもあります。

さて、日本でのゴルフとノースカロライナでのゴルフは決定的に違いがありました。それは値段です。平日であれば2000円でコースが回れるのです。そんな環境にいたため、日本ではあまりやらなかったゴルフにも親しむことができました。

というわけで僕もゴルフを楽しむ1人になりました。日本人や韓国人は多くがグループになりゴルフ場に向かいますが、アメリカ人などの中には1人で黙々とゴルフをする姿があります。

僕も時々1人でぶらりとゴルフをするのですが、スタートのときや途中で知らない人と一緒になったりしてコースを回ることもありました。そういったことからも値段だけではなくゴルフが非常に気軽なスポーツに思えてきました。

残念ながら、日本に戻ってきてからはほとんどゴルフをする機会がなくなっています。

ゴルフはホントに紳士淑女を育むスポーツ?

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先日、ある方から「ゴルフとは紳士淑女を育てるスポーツである」と教えられ、1冊の本を紹介されました。それは『ゴルフを以って人を観ん』(夏坂健著、日経ビジネス文庫)です。

ここまで読まれて、あれれ、これって「もも先生」のコラムだよねーって思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、もうちょっとゴルフの話にお付き合いくださいね。

僕らが知っているゴルフは、打数を競うスポーツであり、ゴルフ教室ではいかに遠くに正確にボールを飛ばすか、を学びます。プロゴルファーもいますが試合で競われるのはスコアです。紳士淑女を育てる場にはなっていない、と思います。多分皆さんもそう思いますよね。

ところがゴルフを小学生の精神的な成長のためのスポーツとして取り入れる国があったり、古くはケルト民族が大人になるための精神的な成長を目指した競技であったのも事実のようです。

確かに、ゴルフをしているとその人の性格がよく表れます。それを利用して、会社の社長が社員の昇級なども決めていたところがあるそうです。

ではなぜ紳士淑女を育てるスポーツが打数を競うスポーツになってしまったのでしょう? そこには道具や技術などの発展とゴルフをする人たちに気持ちが関係していると思いました。道具や技術が発展してくるとより遠くにより正確に飛ばせるようになり、結果、人と争うようになったのではないでしょうか?

また、それを好むゴルフをする人たちが多かったので精神的な鍛錬の場ではなく、競うということにばかり熱中してしまったのでしょう。

その本の中に書かれていたのですが、昔のゴルフのルールはスコットランドの長老たちが集まって定めた2か条の掟だけだったそうです。それが、

1 自分の有利に振る舞わない

2 あるがままにプレーせよ

でした。この2か条だけ守ればトラブルなど発生するはずがない、というのです。しかし、人と争うことが主たる興味となったゴルフではその2つだけではルールが足りなくなってしまったのでしょう。その2か条だけで十分だったのは精神的な鍛錬の場としてのゴルフであったときだけだったのかもしれません。

ゴルフのスコア同様に治療成績ばかりではダメ

そして、ふと思いました。あれ、これは医療に似ているな、と。

医療の技術が進化しました。医療機器もたくさん登場し、薬もたくさんでてきました。医療の中心が医師であり病気である(かのような世の中なので)、患者さんや家族の方も「病気」ばかりに注目してしまっているのではないか、そう思うのです。

つまり、ゴルフでスコアにばかり注目してしまったように、医療では病気に対しての治療成績がもっとも大切である、そうなってしまったのではないかと感じます。

もちろん、患者さんの気持ちを考えて、が大切であり、医療者も患者さんも家族の方も皆がそう思っていると思います。しかし、実際には、病気を治すことばかりにとらわれてしまっているのではないでしょうか?

患者さんや家族が持っている情報、知恵などがとても貴重

今の医療技術なり医療機器やお薬はとても大切だと思います。でも、それだけではないことを明らかにしていくことが大切だと思うのです。

たとえば、「情報格差」という言葉を聞かれたことがあると思います。医療情報が医療者とくらべて患者さんや家族の方は少ない、その格差を意味する場合がほとんどでしょう。

でも、闘病生活の情報は患者さんのほうがたくさん知っています。退院してすぐの生活に関してもっとも熟知しているのは医療者ではなく患者さんであり家族の方です。その経験者である患者さんや家族の方が持っている情報、知恵、疑問などがとても貴重であると思うのですが、これがなかなかまとまらない。だから注目されない。

ホームページやブログなどを使って一部の方々が自分の経験などの情報を提供してくれているのですが、そうやって情報を発信するのはなかなか大変な作業です。だから、あまり多くの情報が出てきません。けれども、皆が声を出して情報を欲していけばいいのだと思うのです。そうすればその価値に気がつかなかった医療者も気づくことができ、気がついていたけれど行動できなかった医療者にも勇気を与えると思うのです。

そうすることで患者さんや家族の方が今までにない形で、医療に貢献できる機会ができてくると思うのです。

そうすると、ゴルフの原点はわずか2か条のルールでしたが、医療における原点も見つかるかもしれません。決して病気を治すことだけ、ではないはずです。そしてそれを知っているのは患者さんや家族の方だと思うのです。

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