気持ちのズレは埋められます

文:田中祐次 東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワーク部門客員助手
NPO血液患者コミュニティ「ももの木」理事長
イラスト:杉本健吾
発行:2007年9月
更新:2013年4月

  
ももイラスト

たなか ゆうじ
1970年生まれ。徳島大学卒業。東京大学、都立駒込病院を経て、米国デューク大学に留学。
現在は東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワーク部門客員助手。
2000年、患者会血液患者コミュニティ「ももの木」を設立し、定期的な交流会を続けている

ある20歳代の患者さんは若くして長期の入院が必要でした。彼はサッカーをこよなく愛する大学生でした。そして突然の入院。本人は自分の病気を知っていますが、必死に病気と戦いました。

入院中、生来の性格なのか、周りの友人、家族、そして医療者にも気を遣い、明るく過ごしていました。

彼自身が体調などを考えてお見舞いを断っているとき以外は、多くのお見舞い客の方々が、入院している彼のもとに訪れていました。

個室のときには良いのですが、大部屋のときなどは周りに気を遣って、別の談話室でお見舞いの人と会って話をしていました。

手もみマッサージが運んでくれた安らぎ

お父さんは仕事の合間に、時間を見つけてお見舞いに来ます。

お母さんは毎日お見舞いに来ます。病気で入院中の息子のためにお母さんは、必死でした。それは、僕のほうから見ていてもよく分かるのです。

お母さんは、いつも笑顔でいるようにと、頑張っていました。患者さんの体調が回復しているときには部屋の雰囲気も元気になりますが、患者さん自身の状態が良くないときには部屋の雰囲気が暗くなってしまいます。

あるとき、彼の部屋から笑い声が聞こえました。彼とお母さんの笑い声でした。

お母さん曰く、

「昨日のお見舞いの帰りに、『手もみマッサージ』をしてもらった」らしいのです。

それは、毎日何の娯楽もせずに病院と家とを往復し、懸命に息子の看病をしていたお母さんが、初めて自分のためにしたことでした。それが「手もみマッサージ」だったそうです。

それまでお母さんは、身体が(おそらく心身共に)疲れていてどうしようもなかった、でも闘病している息子に悪いと思い、自分のために時間を使うことはできないでいた、というのです。

お見舞い帰りについつい入ってしまった「手もみマッサージ」。店を出たときに、気分がすっとした自分がいたそうです。

翌日、お母さんはそのときのことを病室で自分の息子さんに話しました。そして、その反応が、笑い声だったのです。もちろん、お母さんも息子さんも2人とも笑顔でした。

患者さんは、自分がつらいということは十分にわかっています。でもそれ以上に、家族にも気を遣っています。なので、お見舞いに来てくれた母親が徐々に疲れていく姿に対しては、悲しい思いをします。自分が闘病でしんどいことも知っています。他の人に助けて欲しいと思っています。

でも、その反面、彼の場合は自分のせいで……と、自分のせいでお母さんが疲れている、と思っていたのです。でも言い出せないでいました。

まずは、お母さん自身が元気になること、それが一番です。今回の「手もみマッサージ」はまさにそれだと思います。

ちょっとしたことで心と身体が安らぐ、それは患者さんだけではなく家族の方にもいえるのですよね。

患者さんはみんなに気を遣っています

イラスト

実は彼の思いが理解できたのも、別の患者さんからの言葉があったからなんです。

彼女は僕の担当ではありませんでしたが、いつも笑顔でかわいらしい20歳代の患者さんでした。自分の患者さんが同じ大部屋にいるときなどは、ちょっと足を止めて彼女と話をしました。もちろん医療的な話ではなく世間話、そう、おしゃべりでした。

あるとき彼女から、

「患者は先生だけではなく、看護師さん、家族、友人にも気を遣っているよ。
一番身体のしんどい患者がなんで一番気を遣うのだろうね。患者はみんなそうだよ」

と、言われました。驚きました。患者さんは、医療者だけではなく、家族、友人に対しても気を遣っているというのです。

もちろん親しい友人がお見舞いに来てくれるのはとっても嬉しい。けど、身体の調子が悪いときは、実は心配かけたくないから気を遣って、元気を装っているというのです。親しいからこそ元気な姿を見せたい、と思ったそうです。なので、友人が帰った後は、どっと疲れてしまうのだそうです。

もちろん、お見舞いが嬉しいからこそ、の気遣いなんですね。彼女から教えてもらったことがそれでした。 患者さんと医療者、家族にもズレがありますが、大学生の彼の出来事はそのズレを少し埋められたと思っています。

彼と僕は普段から世間話も含めておしゃべりをしていました。そして、彼と思いを共有することができました。なので、彼とお母さんが笑っているのを聞き、見て、そして彼のお母さんに対する思いが少し僕にもわかったのだと思います。

もちろん、そこには「患者は皆に気を遣っている」という彼女の言葉もあってのことでしょう。

彼の思いを感じた僕がこうやって文章にしました。そして、今回の話を読んでくださった皆様にも思うことがあると思います。

もしその声が再び僕に届くことがあれば、素晴らしいことだと思っています。これこそまさに暗黙知の形式知化だと考えています。大切なのは1人の思いを感じること、そう思っています!

こころに残る彼との約束

彼とは年齢も10歳以上も離れていたのですが、妙に気が合うのでいろいろな話をしました。天気の話からスポーツの話、そして、彼女の話もしました。そんな親しい間柄になれたからこそ、こういった話が聞けたのかもしれません。

そして、今でも心に残っている彼との約束があります。

彼は大学生であり、将来は教師になるつもりだったのです。が、あるとき、僕と一緒に開業をして手伝ってくれる……なんて約束をしてくれました。

彼は僕の心の中にいつまでもいます。そしていつまでも応援してくれています!

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