ももセンセーが知らなかった「患者さんのこと」

文:田中祐次 東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワーク部門客員助手
NPO血液患者コミュニティ「ももの木」理事長
イラスト:杉本健吾
発行:2007年6月
更新:2013年4月

  
ももイラスト

たなか ゆうじ
1970年生まれ。徳島大学卒業。東京大学、都立駒込病院を経て、米国デューク大学に留学。
現在は東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワーク部門客員助手。
2000年、患者会血液患者コミュニティ「ももの木」を設立し、定期的な交流会を続けている

患者さんが教えてくれた「手当て」の意味

かつて僕が勤めていたK病院は4チームに分かれ、朝に自分が受け持つ患者さんを回診するのが通常でした。

そのときに、自分の担当ではないけれど、愛想のいい女性の患者さんがいて、ついつい立ち止まっておしゃべりをしてしまいました。担当の先生や看護師さんたちが回診中のときは、その背後からピースサインをしながら横歩きをしていました。

その患者さんはまだ若かったので、お母さんが毎日のように身の回りの世話をしにきていました。むくんだ手や足を、お母さんがゆっくりと時間をかけて、さすったり、もんだりすると、むくみは、一時は良くなります。しかし、原因を伴っていますので、時間が経つと、細くなった足が再びむくみ出します。

そんな様子を目の当たりにした僕は「一時的にむくみは減っても、原因を取り除かなければ……」と考えていました。

一方、そのとき彼女は「先生、私の足が元に戻るのがわかってうれしい」と感じていたそうです。

そのことを後で聞いた僕は、とても驚きました。同じ現象なのに、視点が変わると考えも異なってくるのですから……。もちろん、どちらが正しいとか悪いとかいう問題ではないのです。患者さんの気持ちにはこういう思いもあるのだと実感したのです。

また、別の患者さんから教えていただいたのは「手当て」の意味です。

「先生、私が受けた最高の手当てってわかる?」

「……!?」

「それは、先生が手を当ててくれたことなんだ」

患者さんが望む手当てとは、まさしく医師が患者さんの体に手を当てる「手当て」です。

思い返すと、以前、患者さんが胃痛を訴えたことがありました。治療の関係やそれまでの経緯から胃が荒れてしまったようで、これには胃薬が必要だと考えました。そこで、すばやく薬を手配すると「あの先生の態度はひどい!」と言われてしまったのです。

そのときは、何を患者さんが不満に思っているのかわかりませんでした。けれども、それからしばらくして患者さんは、患者会の交流会の席でこう告げてくれたのです。

「あのときに『ひどい!』とは言ってはいません」

ただ、そう言われてもなお理由が理解できず、どうしたらよかったのかわかりませんでした。「手当て」の意味を教えてもらい、患者さんをもっとしっかり診なくてはいけなかった……、手当てをしなくてはいけなかった……、と、ようやく理解できました。

患者さんと医療者の関係は、ささいな会話・挨拶から

イラスト

最後は、僕自身も「う~~む」と考えさせられたエピソードです。

「特定非営利活動法人 グループ・ネクサス(悪性リンパ腫患者・家族連絡会)」には、悪性リンパ腫の患者さん同士が語らうメーリングリストがあります。

そのなかで知り合った、ある患者さん(以下=Aさん)のエピソードです。

積極的な治療を断っていたAさんですが、突然、積極的な治療を受けようと病院を替えて、骨髄移植を受けました。この心変わりには何があったのでしょうか?

もし僕自身が治療を行う側の立場であったら、その理由はわからなかったでしょう。しかし、今回はインターネットを通じて相談を受けながら、ときには直接会って話を聞く立場だったので、心変わりをした理由が見えてきました。

そのAさんに、この誌面上でエピソードの紹介をお願いしたら、Aさんは快く承諾してくれて、次のような文面の返事をくれました。その一部を紹介します。

《移植を断っていた人間が、何とかここまでこられたのも、こんな経験によるものかも知れません。といっても、だいそれたことではないのですが……。
以前、南米を1人で旅して撮った写真を、葬式に配る目的で冊子にしようと思い立ちました。けれども、書店に並ぶ写真集にしようと欲が出てきて、ベッドで写真を整理したり、メールで印刷屋とやりとりして写真集にしました。
このときは、移植の危険より、命が短くなっても本は完成したかったという心境でした。今は、海外でもその本を販売しています。
病院の5階には、ネクサスの仲間3人が、移植を終えて元気でいるのも励みになっています》

もう、おわかりと思います。そう、僕ら医療者は病院だけの患者さんしか見ていないのです。でも、患者さんにしたら長い人生のなかで病院での生活はわずかで、もっと長い人生を生きてきているのです。そのことを医療者は気が付いていないのではないでしょうか。

Aさんがつくられた写真集は、1970年代にAさん自身が旅した南米の鉄道写真を編んだものです。骨髄移植を行うか否か悩んでいたAさんが、移植を受けようと決めたときに言われた言葉は「先生、この写真を撮るために、1日中やぶの中で電車を待ち続け、そしてシャッターを切るんだよ。僕はその一瞬のために1日中鉄道を待ち続けていることができるんだ。だから、移植にも耐えられるはずだ」というものでした。

患者さんの話に耳を傾けることは大切なことです。それは、誰もが知っています。でも今の医療者はそれができないし、していません。その理由は、時間がないからなど、たくさんあります。

だからこそ、僕が聞いた患者さんのエピソードを皆さんに知って欲しいと思います。となれば、もっと患者さんの声に耳を傾けるようになる医療者が増えるような気がします。そうしなければ、決して患者さんの気持ちはわからないのです。

あるとき患者さんから言われました。

「世間話ができない人は、もっと深い話は尚更できない」と。

医療者と患者さんの間で、まずは挨拶から、そして世間話から始めてみませんか?

グループ・ネクサス

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