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がんと睡眠
睡眠ががんを防ぐか
すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。
「がんと睡眠」をキーワードとして調査しました。テーマは2つで、1つは睡眠ががんの発生と経過に影響するか、もう1つはがんで睡眠が障害されるメカニズムや対応・治療です。両者とも希望したデータがみつかりました。
本連載は今回が最終回です。長期間のご愛読に感謝して連載を終えます。
がん発症・経過への睡眠の影響
「睡眠とがん」と題する、あるサイトでは、睡眠時間ががんの発症率に影響するという研究を引用し、よい睡眠をとってがんを予防しようと述べています。
この問題の検討には、多数、たとえば数千件をある程度の年月追跡調査する必要があり、調査は容易ではありません。第59回日本癌学会での発表として、1988~1992年の5年間、全国50地域で40~79歳の男女約11万人にアンケートし、さらに1997年末まで追跡調査して、生活習慣別の死亡率を分析しています。それによると、「睡眠時間が短すぎても長すぎても死亡率が高くなる」という結論です。
1日の睡眠時間を7時間未満、7~8時間、8~9時間、9時間以上の4群に分け、がんによる死亡率とがん以外の原因も含めた死亡率を比較しました。男女とも、7~8時間の群が最良で、これより短くても長くても悪く、とくに9時間以上群では、両方の死亡率とも悪いという結果でした。がんによる死亡率が1.2以上と高いだけでなく、がん以外の原因も含めた死亡率が男は1.6、女は1.76と高値です。
睡眠時間が短いと、休養不十分で体力が低下すると推測できますが、睡眠時間が長いと成績が悪い理由が不明です。研究した人たちは、「睡眠が長い人は精神状態が悪く、同時に免疫力も低下しているのかもしれない」と推測しています。
類似の研究結果は、米国国立がん研究所(NCI)でも裏付けられます。ただし、同研究所で、睡眠と運動を組み合わせた乳がんの研究では、運動にがん予防効果があるが、睡眠時間が短いと、逆に運動群が、がん発症率が高いとの結論です。
東北大学の調査(前立腺がん)
東北大学が宮城県の大崎地区(14市町・当時)で多数例の長期間追跡調査を施行した研究の結果は明快で、ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・キャンサー誌に2008年に発表され、全文が公開されています。
この研究では睡眠時間が長いほど前立腺がん罹患リスクが低いことを示しています。対象は2万2千人の日本人男性で、睡眠時間を7時間未満、7~8時間、9時間以上の3群に分けています。7~8時間群を正常として、短時間睡眠群では前立腺がん発症率が高く、長時間睡眠群では発症率が正常群と比べて半分以下です。
しかも平均年齢は、ほかの2群が58歳なのに対して、長時間睡眠群では64歳です。前立腺がんは高齢ほど発症率が高いことがわかっており、がんの発症を考えると6歳の差は不利と考えられるのに、逆の結果が出ていることに興味を惹かれます。もっとも、「そもそも高齢者は睡眠時間が短縮する」ともいいますから、9時間以上眠れる人たちは特別健康なのでしょうか。あるいは、大崎地区の老人は身体をよく動かしていて、眠りが深いのかもしれません。
ありがたいことに、前立腺がんには診断にPSA(前立腺特異抗原)という決め手があり、発症率のデータは信頼できます。「よく眠るとメラトニンのコントロールがよくて、がんを防げる」という論理を、この論文でも述べています。しかし、動物実験のデータはあるものの、「メラトニンが、がんを防ぐ」という決定的証拠はありません。
同じキーワードの調査で、「よく眠ってがんに打ち克った」という趣旨の報告を数多くの患者さんが書いています。すべて個人の経験を述べたもので、ほかの方にそのまま当てはまるかは疑問としても、「進行したがんに打ち克った」という記述もあり、それなりに説得力もあります。
がん患者における睡眠障害
がんによる睡眠障害は論文が多く、その中から解説論文を紹介します。日本語版PDQ(*)がん情報要約が教える米国国立がん研究所のものです。
「がん患者は、不眠症および睡眠覚醒周期の障害を発症するリスクが極めて高い」との結論から開始し、がん患者の睡眠障害としては不眠症の頻度が高く、大半はがんとその治療にかかわる肉体的または心理学的要因で、2次的に生じるとしています。
内容は、不安とうつ病・がんの診断に対する一般的な心因反応です。また、がん治療や入院と不眠症の間に高い相関があり、睡眠障害の原因はがんの種類や症状で多種に分かれ、消化管異常・泌尿生殖器異常・疼痛・発熱・咳・呼吸困難・かゆみ・不安・寝汗・ほてりなどを挙げて、その各々を解説しています。
たとえば、消化器障害としては、がんの治療による失禁・下痢・便秘・吐き気など、泌尿生殖器障害としては尿失禁・尿閉・泌尿生殖器の炎症など、呼吸器障害としては呼吸困難のほかにあくびやしゃっくりでも苦しめられます。
*PDQ=米国国立がん研究所(NCI)が配信する、世界最大で最新の包括的ながん情報
がんによる睡眠障害での薬物の作用
がん自体が睡眠障害を招くだけでなく、がん治療に用いられる薬物が不眠症の原因となることもあります。
1つは、カフェインのような中枢神経系刺激薬で、日常生活でも「眠気覚まし」に使うことから当然予想されます。
意外なのが鎮静薬と催眠薬で、ベンゾジアゼピン系やバルビチュレート系と呼ばれる薬物が睡眠障害を招きます。要因は2つあり、1つはこの種の薬物は催眠作用と同時に健康な睡眠を奪う効果があり、長期的に睡眠障害を招きます。アルコール摂取ではよく知られている現象です。
もう1つは、薬物によって睡眠のリズムが壊される点で、たとえば疼痛を抑える薬物の補助薬としてこの群の薬物を使用すると、日中に眠って夜に眠れなくなるなどです。
一部のがん化学療法薬(代謝拮抗薬など)や併用される抗痙攣薬・副腎皮質刺激ホルモンにも睡眠障害作用があることが知られています。
がんによる睡眠障害の治療
原因が明確なら対応できる場合もあり、がんの治療自体がうまくいって睡眠障害が解消されることもあります。ですから、がんの症状や治療が原因なら、それをコントロールし軽減すれば、睡眠障害は解消します。
睡眠障害には、薬を使う以外に心理的サポートなど薬物を使わないアプローチも大切で、騒音防止・照明と消灯・室温調節などです。看護日課を整理して、睡眠の中断を減らすのも有効です。患部の皮膚の清潔と乾燥・マッサージ、寝具や枕への考慮など、さらには適切な水分補給により、頻繁な夜間の覚醒を防ぐのもポイントです。
良好な睡眠にがんを防止する効果があることは間違いなさそうですが、でもそれは統計上であり、個人に当てはまるかは別問題です。がんにかかってからの睡眠障害は絶対的な対処法はありません。「賢い方法を各自探す」ようにしてください。
今回おじゃましたサイト
東北大学 睡眠時間と前立腺がん罹患リスク (http://tpbhealth2.gpcms.net/node/246 は現在ページなし)
※ホームページのURLは、2011年8月29日現在のものです。30日以降のURL変更等につきましては、ご容赦ください