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がん化学療法と抗がん剤の歴史
戦争中に起こった悲劇から抗がん剤は生まれた

文:諏訪邦夫(帝京短期大学)
(2011年7月)

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。



がん化学療法あるいは抗がん剤の歴史を調べてみました。放射線療法が19世紀末に始まるのに対して、こちらの発祥は20世紀半ば。歴史はずっと短いのですが、内容はずっと多彩です。日本でも数多くの素晴らしい研究が行われてきました。

戦争の爆撃により始まった最初の抗がん剤の研究

抗がん剤の起源として、最初に登場するのはナイトロジェンマスタードです。マスタードはイペリットとも呼ばれた毒ガスで、第1次と第2次世界大戦で使われました。ナイトロジェンマスタードは少し複雑な構造で窒素を含み、3種類あって、やはり毒ガスとしても使われる可能性があります。

第2次世界大戦中の1943年末、イタリアの基地バーリ港に停泊していたアメリカの輸送船がドイツ軍の爆撃を受けて、積んでいた大量のマスタードとナイトロジェンマスタードが漏出し、連合軍兵士たちが大量に浴びました。翌朝から、兵士たちは目や皮膚を侵され、重篤な患者は血圧低下とショックを起こし、それに白血球値が激減するなどして、被害を受けた617人中83名が死亡しました。1日あたりの死者数でみると、被害後2~3日目の最初のピークが毒ガスによる直接死亡で、8~9日後の2度目のピークが白血球の大幅な減少による感染症が原因と考えられました。

この経験からナイトロジェンマスタードの研究が始まり、白血病や悪性リンパ腫の治療薬として使われ始めました。1946年ごろのことで、外科手術か放射線しか治療法がなかった時代に、初めて「薬」が登場しました。

戦後の日本で次々に生まれた抗がん剤

1945年に終戦を迎え、日本国内の大都会はすべて焼野原となりましたが、今から考えると感心するような素晴らしい研究成果がいろいろとあがっています。

1949年には、ナイトロジェンマスタードの毒性を弱めるべく組成を少し変えたナイトロジェンマスタードN-オキシド(ナイトロミン)が生まれました。東京大学の薬学者、石館守三氏と東北大学の病理学者、吉田富三氏の協力によるものです。これが、日本生まれの抗悪性腫瘍薬の最初でした。

1956年には、当時活発だった抗生物質の研究からマイトマイシン)が生まれました。奏 藤樹氏(北里研究所)と製薬会社の共同研究によるもので、抗生物質が抗菌薬以外に使われた最初の例です。

1963年になると、その少し前にストレプトマイシンとよく似た抗菌薬カナマイシンを発見していた梅澤濱夫氏が、ストレプトマイシン・カナマイシンと同じ放線菌の研究からブレオマイシン(一般名)を発見しました。臨床試験を経て、1968年には扁平上皮がん、悪性リンパ腫などの治療薬として認可されましたが、副作用として激症の肺繊維症が起こっています。マイトマイシンブレオマイシンも抗生物質で、化学合成が中心だった動向を広げた意義も大きかったといえそうです。

特筆すべき成果として長野泰一氏らによるインターフェロンの発見が挙げられます。物質自体は1954年に発見されましたが、悪性腫瘍への効果がみつかり、抗がん剤として発展し始めるのは1980年以降のことです。

マイトマイシン=一般名マイトマイシンC

抗がん剤主流派が出そろう

1950年代から1960年代に、現在も中心である抗がん剤の主流派が出そろいます。

(1)植物アルカロイドのビンブラスチン()の臨床試験が1960年前後に行われて製品化され、ついで代謝拮抗薬の1つであるフルオロウラシル()が開発されました。こちらは、化学的に核酸の材料物質と類似してそこへ入り込んで遺伝子の再生を阻害する物質です。メトトレキサート() とメルカプトプリン()(6-MP)も、薬物としても開発時期もほぼ同じグループに属します。

(2)1970年代になるとシスプラチン(一般名)が登場します。プラチナ製剤と呼ばれるもので、分子構造に金属原子のプラチナ(白金)を含みます。分子量が小さく化学構造も簡単で、プラチナにほんのわずかな枝がついただけで、マスタードなどのアルキル化剤と同様に、DNAの2重らせん構造に結合してDNAの複製を阻害するのが作用の中心です。第2世代とされるカルボプラチン(一般名)を経て、現在では第3世代のオキサリプラチン()まで進んでいます。

このグループの薬物は、大抵「プラ」という語幹を含む名前になっています。日本製のネダプラチン()という薬物もあります。

(3)少し遅れて、ホルモン薬に抗がん剤としての働きがみつかりました。一部のがんは、特定のホルモンによって増殖が促進され、逆にそのホルモンの作用が止まるとがん病巣も縮小する性質があり、しかも逆の作用のホルモンでがんの増殖が抑えられます。現在では、前立腺がんが男性ホルモンのテストステロンで増殖が促進されると判明して、エストロゲンなどの女性ホルモンを治療に使用しています。逆に乳がんはエストロゲンで増殖が促進されるので、逆の男性ホルモンが有効と判明して使用しています。また、ほかの抗がん剤とホルモン薬を1つの薬物にまとめたものも出始めています。

(4)同じころ、生物学的応答調節薬も登場しました。体内の生物学的反応を引き出して治療を行う薬で、身体の自然な防御システムである免疫反応を治療に結び付けようとするもので、「がんの免疫療法」がこれにあたります。インターフェロンもその1つで、現在ではいろいろな種類がみつかっており、どのインターフェロンがどのがんに有効かというスペクトルが研究されています。

免疫を利用するものとしては、BCGが古典的な薬物の代表格ですが、ほかに各種キノコ・地衣類などからも有効物質が取り出されています。ただし、こちらは患者自身の免疫を使わないので、手間や費用の点では有利な一方で、有効性・副作用の点では十分ではありません。

(5)1990年代になって、分子標的薬)が臨床的に使用されるようになり、現在の抗がん剤治療はこれと一般の薬物が組み合わされるようになりました。こちらは、本誌でも時折扱われるので、詳しい説明は省きます。

以上より、分子標的薬以外は歴史の早期にほぼ出そろっていることがわかります。

ビンブラスチン=商品名エクザール
フルオロウラシル=商品名5-FU
メトトレキサート=商品名メソトレキセート
メルカプトプリン=商品名ロイケリン
オキサリプラチン=商品名エルプラット
ネダプラチン=商品名アクプラ
分子標的薬=体内の特定の分子を標的にして狙い撃ちする薬

わかりやすく解説されたお勧めのサイト

抗がん剤を、種類と作用の面から分析している素晴らしいサイトを紹介します。「抗がん剤の種類と副作用」と題するサイトで、歴史という視点からは必ずしも有用ではありませんが、薬物を分類し、要領よく解説しており、どの項目もわかりやすくて推奨できます。タイトルは「副作用」となっていますが、主作用の解説も適切です(URLは下記参照)。

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