GFPとがん
光るタンパクGFPをがんの治療や診断に利用する

文:諏訪邦夫(帝京短期大学)
発行:2011年4月
更新:2013年4月

  

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

下村脩さんがGFP(緑色蛍光タンパク質)を発見したのは1962年。その後、その研究を発展させたチャルフィーとチェンとともに、発見から46年後の2008年になって、3人がノーベル賞を共同受賞しました。この物質が、がんの診断や治療にも役に立ちそうと書いてあるので調べてみました。

GFPのがん治療への用途の考え方

がん細胞にGFPを組み込むと、それが自由に光ってくれて、広がり方・血液への入り方・転移の起こり方などが目に見えます。従来は、その都度動物を殺し解剖して調べる必要があり、経過を追って調べるには何匹もの動物が必要でした。たとえ発光物質を導入できても、外から加えるのは手間がかかり、途中で代謝をうけて消えるかもしれません。しかし、GFP遺伝子なら確実に光って経過を追えるし、動物1匹の実験で済みます。

この辺の事情を、ザジャックさんが詳しく記述しています。「生物学や医学に利用できる蛍光タンパク:GFP・RFP」と題した文章で、始めの2頁半はGFPの一般論で上記3氏の発見の経過などを解説しています。

続く1頁分で「がんとの闘い」を説明し、カリフォルニア大学サンディエゴ校のホフマンが、蛍光タンパクを使ったイメージング技術とイメージング装置の開発をしていると述べています。

そこには、ホフマンの共同研究者がシクロホスファミドという抗がん剤がマウス体内のがん細胞の成育を促進することを発見したとあります。抗がん剤ががんの成育を促進するという予想外の結果ですが、そういうこともこの方法を使えばわかるわけです。科学には予測がはずれながらギクシャクと進んだり、そこから別の方向に進んだりする面もあり、つまりそれもGFP法の成果です。

キャンサーブレティン誌2009年1月27日号に「クラゲ遺伝子の先に見えてきたがんのイメージングの研究」という記事が載っています。「がんの拡がりを観察する」と題して、サンゴ由来のGFP類似タンパク質を産生するように操作された腫瘍細胞に、特殊な光を当てると腫瘍細胞が緑から赤に色が変わることを利用して、細胞の動きの追跡が可能となったと解説されていました。

この研究を行ったのは、ニューヨークのアルバート・アインシュタイン医科大学のグラス・リッパーらで、「同一の乳腺腫瘍から採取された2つの群の細胞を数週間にわたり追跡した。研究者らが観察時に容易に細胞を見つけることができるように、この研究ではマウスの乳腺にイメージング・ウィンドウ(可視化ウィンドウ)を挿入した」とあります。この論文の原文は、オープンアクセスで誰でも読めます(Nat Methods. 2008 Dec;5(12):1019-21)。

実績の発端は千島隆司さん

GFPとがんをキーワードとして検索して最初に出てきたのは、「世界初は千島博士がAnticancer Inc.で成功」という記事です。

千島隆司さんは、現在は横浜市立大学医学部消化器・腫瘍外科学所属の准教授。平成9年に「遺伝子導入法を用いたがん細胞転移機序の解明および転移巣の遺伝子治療」というテーマで横浜市立大学医学研究奨励賞を受けています。

「蛍光タンパクはどのようにして腫瘍のイメージングに導入されたのか?」という記事に経緯が書いてあります。それによると、千島さんはサンディエゴに留学中に、多数のGFPを安定して発現する腫瘍細胞構築に成功し、さらにこの腫瘍細胞をヌードマウスに移植して、腫瘍の存在する場所をGFPで確認できるようにした、とあります。つまり、基礎技術を作り上げた1人です。しかも、この千島さんの業績は、ノーベル賞のチャルフィーがGFPの遺伝子を大腸菌と線虫に導入して光らせてからわずか3年後で、非常に早期です。(Chishima T 他、 Cancer invasion and —– Cancer Res. 1997)

人体への応用を目指したものを探したところ、名古屋大学消化器外科の映像の話がみつかりました。GFPイメージングを行った実際の写真が載っていますが、写真が人体か動物実験かは不明です。

人体応用までの距離

話を読むとよいことばかりのようですが、おそらくはすべて動物実験レベルで、人体に応用した明確な例はみつかりません。千島さんの最初の発表(1997年)から13年経過しながら、なぜいつまでも動物実験なのでしょうか。実際にGFPを人のがん細胞に組み込んで応用する上での問題点を理化学研究所の中井淳一さんが検討し、また上記キャンサーブレティン誌の記事も少し扱っているので整理すると、以下の3点になります。

第1は技術的な問題です。化学合成した蛍光試薬をどううまくヒト細胞の遺伝子に導入できるかと、蛍光をどのように測定するかです。動物と違って、蛍光試薬をはじめ各種化学物質の安全性、蛍光測定の距離と非侵害性などを確認する必要があります。「距離」では、人体(60キログラム)がマウス(120グラム)より何百倍も大きい点が問題です。

第2は倫理的な問題です。安全を含めて、この種の物質を患者に投与することには法律的な手順が必要なのに、そのアプローチをどうするかは不明です。

第3に費用の問題です。臨床使用には、ある程度患者数がそろって初めて採算がとれます。一方で、おそらく個人ごとの処理が必要で、注文医療ですから個々の試薬の価格だけでなく処置全体が高価になりそうです。現在の医療の枠組みとのすり合わせの可能性も含めて解決の必要な問題が多くあります。

公開講座の記録

最後に「ひらめき☆ときめきサイエンス~ようこそ大学の研究室へ~」という島根大学の市民公開講座を紹介します。ホームページにこう書かれています。

「次世代のサイエンスを担う子どもたちの科学リテラシーを高め、教育活動の活性化を目的として、普段話したり、触れ合う機会の少ない若い研究者やたまごたちといっしょに、可視化できるGFPタンパク質を精製する実習を通してタンパク質を理解し、サイエンスの楽しさを味わってもらいたいと企画した。サイエンスの楽しさを知れば興味がわき、みんなで育てる気持ちがきっと出てくる。可視化をキーワードに、サイエンスは美 しい!楽しい!なるほど!と思 っていただけるよう……」

「光るタンパク質がとれてすごいだけでなく、過程にも興味を持てた」とか「思ったよりきれいに光ってびっくりしておもしろかった」といった子供たちの生の声も収録されて微笑ましく感じました。

「光る」というのは、がんが見やすくなる以上に人間の本性に訴えると感じます。

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