対策型検診と任意型検診
有効性の確立されたがん検診は少ない

文:諏訪邦夫(帝京大学幡ヶ谷キャンパス)
発行:2010年12月
更新:2019年7月

  

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

がんといえば、検診で早期発見して早期治療ということを金科玉条のように考えてきました。でも、「前立腺がんとPSA検査」で扱ったPSAを見ると、それも怪しいようです。それで、前立腺に限らず、がん一般で検診の有効性がどのくらい確立しているかを調べるうちに、そもそも検診が対策型検診と任意型検診の2種類に分かれ、専門家は別々に扱っていることがわかりました。

対策型検診を導入すべき証拠はない?

対策型検診と任意型検診について、日本対がん協会が要領のよい解説を加えています

対策型検診:集団全体の死亡率を下げるために行う。市区町村が老人保健事業で行っている集団検診が好例。公共的な予防対策として行われ、公的な補助金が出るので、無料かせいぜい少額。受診者の不利益が最小になるような方法が基本で、施行は市区町村や会社自体だが、委託を受けた機関が行うこともある。

任意型検診:個人が自分の死亡リスクを下げるために受ける。人間ドックがその代表例。健康保険組合から補助金が出ることがあるが、基本的には全額自己負担。検診内容の種類・料金・オプションで選べる検査の種類は、医療機関との契約によって異なる。

以上をさらに細かい表にして、2つのアプローチをわかりやすく示しています。

日本医師会が「シリーズ がん対策」として公開しているものは、2009年7月5日と最新の改訂で、具体例を挙げているのが特徴。日本の対策型検診としては、肺がんの胸部X線検査と喀痰細胞診、胃がんのX線検査、大腸がんの便潜血検査、乳がんの視触診とマンモグラフィ()、子宮がんの視診・細胞診・内診が推奨されています。一方、任意型検診としては、各種の腫瘍マーカーやCT、MRI、PET()、腹部エコー(超音波検査)、また、胃や大腸の内視鏡検査などが行われています。

がん検診は、一般財源化されて、市町村が独自の取り組みを展開して、本来は任意型検診の胃内視鏡検査・PSA検査()・乳がんの超音波検査などを、一部市町村では対策型として導入していると述べています。

厚生労働省がん研究助成金による「がん検診の評価とあり方に関する研究班」(垣添班)で、各種がんのガイドライン策定における課題抽出と対応についての検討や、各種項目を対策型検診に導入する問題を検討しています。対策型検診については、(1)費用・効果の問題、(2)目標は早期発見・重症化防止か、死亡率減少効果か、(3)受診率の正確な算定方法や受診促進、精度管理の向上などの課題が指摘され、現時点で対策型検診を導入すべき証拠はないと結論づけています。

マンモグラフィ=乳房専用のX線撮影検査
PET=陽電子放射断層撮影
PSA検査=前立腺がんの腫瘍マーカーを用いた検査

大腸がんの潜血検査は有効という意見

大腸がん検診と限定したテーマで、国立がん研究センターがん対策情報センターが明快な回答を与えています。やはり、2010年4月1日の最新情報です。それによると、

1)便潜血検査(免疫法)は、大腸がん死亡率減少効果を示す十分な証拠があり、対策型検診としても任意型検診としても推奨できます。

免疫法は、ヒトのヘモグロビンを厳しく選別する方法です。以前はヘモグロビンを化学的に分析する方法を使っており、たとえば、ステーキやローストビーフなど動物の血液を含む食物をとっても、潜血と判定される懸念がありました。しかし、現在の免疫法ではきちんと鑑別できます。

潜血検査には副作用・合併症というマイナス要因がありません。したがって、対策型にも任意型にも採用できます。

2)全大腸内視鏡検査と類似の内視鏡検査には、死亡率減少効果を示す根拠はあります。しかし、無視できない不利益があり、集団を対象とした対策型検診としては勧められません。安全性を確保し、不利益を十分説明した上で、個人を対象とした任意型検診に採用することは排除しません。

3)直腸指診は、大腸がん死亡率減少効果がないとの証拠があり、検診の実施は勧められません。

有効ながん検診は3つだけ

斎藤博さん(国立がん研究センターがん予防・検診研究センター検診研究部長)の講演の記録によると、がん死亡の3分の1は禁煙で回避でき、3分の1は検診で回避できるというのですが、後者には明確な条件がつきます。

斎藤さんによると、日本のがん検診の歴史は長いが、死亡率を下げた成果は乏しいとのこと。理由は、有効性が確立された検診を行わず、おまけに精度管理に疑問の残る故といいます。有効性が確立された検診とは、子宮がんの細胞診・乳がんのマンモグラフィ検査・大腸がんの便潜血検査の3つで、それ以外の胃の内視鏡検査・肺がんのCT検査・前立腺がん検査の有効性は不明と述べています。このように、有効性の証拠のないがん検診が漫然と行われ、一方で科学的に有効性が証明されているがん検診の受診率が低い(20パーセント)そうです。

さらに、「早期発見すればよいというわけではないこと」「検診はやらないより、やるほうがよいという思い込みや誤解の危険」について述べています。たとえば、CTによる肺がん検診では、非喫煙者と女性を対象とすると、過剰診断がん(放置しても症状が出るほど進行せず、検診を受けなければ診断されないはずのがん)が、要治療がんの8倍近く見つかってしまうと指摘しています。命に別条のないがんを無駄に発見するのだから、医療者の自己満足です。しばらく前に話題になった、近藤誠さん(慶応義塾大学医学部放射線科)の「がんもどき理論」と似た話です。

そのうえ、精密検査や治療には一定頻度で必ず副作用が生じ、まれながら死亡例もあり、また、「がんと言われた不安が長期に続く」ことによるQOL(生活の質)低下も軽視できないと述べています。副作用や合併症は2千例から5千例に1例、死亡は10万例に1例くらいのようです。

がん検診に限らず、医療行為には必ず不利益があることを多くの人が重く認識すべきで、有効性の確認されていないがん検診をやめて、その労力や費用を有効性が確認されたがん検診に注いで、受診率を上げようと斎藤さんは主張します。

最後に、「がん検診ガイドラインの考え方」という国立がん研究センターがん予防・検診研究センター検診研究部のサイトを紹介します。文章だけで私の記事の2倍ほどあり、図も加わって充実していますが、抽象的、理念的で、具体的な記述に乏しいのが欠点でしょうか。

今回の調査で、対策型検診と任意型検診の差はよくわかりました。「肺がん検診が敏感すぎる」という点が私には新しい知識でした。検診の危険についての指摘も珍しいと思います。

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