前立腺がんとPSA検査
前立腺がんの死亡率は下がるか

文:諏訪邦夫(帝京大学幡ヶ谷キャンパス)
発行:2010年11月
更新:2013年11月

  

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

本項で以前 PSA(前立腺特異抗原)の問題を扱いました。PSAは腫瘍マーカーとして、発現頻度や臓器特異性などの点で「前立腺がんで増える」との基本事実は信頼できます。しかし、「治療の必要ないものまで検出する傾向がある」という点が問題でした。最近、外国でこの点を追跡した大規模な研究が2つ報告されたので、その辺を中心にもう1度調べます。

日本におけるPSA検査の議論

日経のサイトに、あるがん治療専門家の意見として、「早期発見、早期治療が前立腺がんの死亡率を下げるという思い込みがあるけれども、この思い込みは、前立腺がんでは明確な根拠がない」と書かれています。

がんで有名な「早期発見、早期治療」の原理が、前立腺がんでは疑問との主張です。

PSA検査が前立腺がんの早期発見に有効な検査である点に疑問はありません。しかし、「PSA検査を前立腺がん検診に導入して、前立腺がんの死亡率を下げられる」との考え方に対して、一部の専門家は、「早期発見が死亡率を下げるとは限らない。早期発見が死亡率低下につながるかどうかは科学的検証が必要」と考えて、実際にそういう研究が始まりました。

理由はこうです。前立腺がんは高齢になるほど発症しやすいのですが、一般的に進行が遅くて、それで死ぬ頻度は低いのです。高齢者にPSA検査を行えば、前立腺がんを発見はできます。しかし、「前立腺がんの治療そのものが体に負担をかけて、治療行為により死期を早めてしまう危険性もある」との危惧さえあります。

以上の論理と主張は、がんの専門家の意見ですが、最後に「がんの治療だけではなく、がんの予防においても自己決定が必要な時代がきた」とジャーナリストが解説しています。

国立がん研究センターの「科学的根拠に基づくがん検診推進のページ」でも、これに似た考え方が明確に述べられています。「有効性評価に基づく前立腺がん検診ガイドライン」という文書で、内容は以下のとおりです。

まず、背景と事実として、日本の前立腺がんの罹患数は2万3千人、死亡数は2005年に9千人余で、男性では死因分類中、罹患数で5位、死亡数で7位だと述べています。死亡数は過去20年間で3.5倍に増加していますが、年齢調整死亡率()は1996年以降ほぼ横ばい。つまり、前立腺がんによる死亡数の増加は、高齢者が増えたためで、病気自体が増えたとは解釈できません。

一方、PSAによる前立腺がん検診は、住民検診として約半数の市町村が実施し、一部の職域や人間ドックでも施行していますが、それを「前立腺がん検診が死亡率を減少させるか」という観点で内外の文献を検討したもので、対象は1985年1月~2006年9月のものです。

それによると、「PSAが死亡率減少に効果あり」との論文が複数ありましたが、一貫した結果は認められず、一方で前立腺がん検診の不利益として、PSAによる過剰診断と精密検査の合併症、治療による合併症がかなり大きいと判明しました。

念のために説明すると、PSA増加が見つかった場合に「がんを確定診断するには生検(バイオプシー)が必要」で、これは肛門から針を刺して前立腺の一部を取るため、身体を損傷します。何カ所か何10カ所か針で刺して標本を取るのですから、当然問題が生じます。さらに、がんと確定して手術をすることになっても、手術の合併症で生命を縮めたり、後遺症に苦しんだりする危険もあります。

結論として、PSAは、前立腺がんの早期診断に有用ですが、それを受ければ死亡率が減少するとの証拠は不十分です。

個人が受けるのは自由としても、「社会的に対策型検診としての採用は勧められない」としています。

年齢調整死亡率=人口の年齢構成による影響を除いた死亡率

アメリカとヨーロッパの報告

アメリカとヨーロッパがこの問題について大規模な詳しい研究を行い、その結果が2009年にニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスンというアメリカの超一流医学雑誌で報告されました。この雑誌の論文は通常は公開されませんが、この問題に関する2つの論文は公開され、誰でも読むことができます。雑誌の方針として、このような影響の大きいものは公開するのでしょう。

2つの研究のうち、アメリカの報告の内容はこうです。

患者7万6千人を、無作為に3万8千人ずつの2群に分け、検査群は毎年PSA検査を行い、対照群は検査を全く受けません。その条件で7年間経過を追います。その結果、前立腺がんの患者1万人当たりの発生率は対照群で95人、検査群で116人でしたが、死亡率は対照群で1.7パーセントなのに検査群では2.0パーセントと検査群のほうが高かったのです。差は小さいので、「検査すると死亡の危険が増す」とまでは言えませんが。

一方、ヨーロッパの報告の内容はこうです。50~74歳の患者18万2千人を無作為に2群に分け、検診群は平均で4年に1回PSAを検査し、対照群は検査を受けません。そうして2006年12月末までの9年間経過観察しました。前立腺がん発生率は対照群で4.8パーセント、検診群で8.2パーセントでしたが、今度は死亡率も検診群で対照群より20パーセントほど低く出ました。ただし、その差が小さく、「検診の有用性」という観点からは、前立腺がんによる死亡を1名減らすのに1410例の検診が必要と算出されました。

つまり、PSA検査が死亡率を下げるかどうかは、アメリカの研究結果では否定的で、ヨーロッパの研究結果では一応肯定的ながらも、差は小さくて効率が悪いという結論です。どちらの論文も、PSAで陽性の人に生検を勧めて合併症が発生する問題や、手術の後遺症の問題なども議論して結局、「PSA検査は勧められない」と書いています。

こうしたデータに対して、PSAを勧める側はどう反論するでしょうか。

がん研究センターの頁への不満

最後に、上記で説明したがん研究センターの頁に対して、2つの点で不満があります。

第1は普及版が「準備中」となっている点。私が読んだ完全版は充実した記述で44頁あり、一般の方々が読むには重いでしょう。それなのに、普及版が「準備中」なのはなぜでしょうか。普及版作成の手間がとくに大変とは思えません。完璧な普及版は別として、内容を減らした「暫定普及版」を出してほしいものです。私が最初にアクセスしたのは2010年3月でしたが、5カ月後の8月でも相変わらず「準備中」です。

第2はごく一部を除いて完全版の加工ができないこと。私が紹介した要旨の頁はコピーできず、私は1度印刷したデータをパソコンに取り込んでOCR(文字解析ソフト)を使う手順で、パソコン内の文字に変換しました。実に意地悪な作り方で、国の組織として恥ずかしいやり方です。「読ませたい」なら読みやすく作るのが本筋。がん研究センターのこの方針には納得できません。

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