「奇跡」は本当に起きたのか?
肺がんの新薬クリゾチニブにまつわる疑問を探る

文:諏訪邦夫(帝京大学幡ヶ谷キャンパス)
発行:2011年3月
更新:2013年4月

  

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

2010年米国臨床腫瘍学会で、クリゾチニブという新薬の効果が高く評価されたと、「がんサポート」2010年12月号の記事で紹介されました。非小細胞肺がんで、EML4-ALKというがん遺伝子を持っている人に対して劇的に効くという内容です。そこで、この記事を読んで疑問に思った点を検索しました。

新薬クリゾチニブについて生まれた疑問

「がんサポート」2010年12月号の「肺がん大特集」の冒頭に、「がん医療の世界に『奇跡』が起こった」という表題の記事が載りました。クリゾチニブ(一般名)という薬物の治療成績がASCO(米国臨床腫瘍学会)で発表され高い評価を受けたという内容で、この薬物の基礎となるEML4-ALKというがん遺伝子を発見した間野博行さん(東京大学と自治医科大学に所属)の詳しい解説や、ASCOの発表データ、韓国で治療を受けた日本の患者さん数人の経験談などが組み合わさっています。

今回は、この記事を読んで、私が疑問に思った何点かをインターネットで探索しました。

疑問1:韓国のバンさんが発表者なのはなぜか

この臨床試験の場として米国ボストン市、オーストラリア、韓国が選ばれたとあります。発表されたデータは韓国以外の国もすべて含まれているため、共同研究者の1人としてたまたま韓国の方が発表したと解釈してよいと思います。

臨床試験の場として韓国が選ばれた理由は不明で、間野さんは臨床試験の施行自体を知らず、知ったのは米国患者のブログからだったとあります。日本の患者さんにとっては、韓国なら旅行時間も短く航空運賃も安く、オーストラリアや米国東海岸に限られなかったのはありがたいことです。

疑問2:なぜ第1相試験か

次の疑問は、この薬物の臨床試験成績の発表が「第1相臨床試験」となっているのはなぜか。

一般論とすれば、薬物の臨床試験は第1相、第2相、第3相の3段階を行うように、薬事法とその「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」という規定で定められています。日本だけでなく諸外国も同様です。

第1相は「少数の健康人で被験薬の薬物動態(吸収、分布、代謝、排泄)や安全性(有害事象、副作用)について検討することを主な目的とした探索的試験」、つまり身体への取り込みや作用時間や副作用などを「健康人で調べる」もの。

次の第2相で少数の患者で同様の検討を行い、いよいよ第3相で既知の薬物を対照として問題の薬物を二重盲検法などで詳細に調べて効果を判定するルールです。

クリゾチニブの場合、“拡大コホートフェーズ1試験”という第1相試験の変形が用いられています。この用語をインターネットで検索して日本語で24件、英語で150件みつかりましたが、すべて同じクリゾチニブ関係の論文から引用しており、用語独自の解説は見つかりません。仕方がないので、推測してみます。

薬事法の規定でも「抗がん剤などの投与自体に軽い手術や長期間の経過観察や予め副作用が予想されるものは、外科的に治療の終わった患者(表面的には健常者)に対して、補助化学療法としての試験を行う」という注釈がついており、「第1相で患者に使ってもよい」と拡大解釈できます。

一方、論文のほうを読むと、“拡大コホートフェーズ1試験”の説明として、「まず固形がんの患者への作用を多施設共同試験で調べ、さらに進行した非小細胞肺がんでALK陽性のものに適用した」と書いてあり、第1相と第2相を合併した形と解釈できます。肝心の第3相は行われておらず、薬物を製造したファイザー社の「フェーズ3へ開発加速」という発表から、第3相へ進める予定を意味していると解釈できます。

キャンサーブレティン誌2010年11月02日号(Volume 7/Number 21)を訳した「海外癌医療情報リファレンス」にも、「第3相試験が進行中」のフレーズがあります。

もっとも、分子標的薬で標的の存在を確認しながら本薬を使わずに対照薬を使うのは、患者の説得や倫理面考慮からも困難ではありましょう。

疑問3:肺がん患者でこの標的のある比率

分子標的薬では、問題のがんに標的になる物質が存在する必要があります。このクリゾチニブでは、EML4-ALKというがん遺伝子が標的で、それを持っている必要があります。そこで次の疑問は、肺がん患者でこの標的を持っており、この薬物の効果のありそうな比率です。

本誌の記事には5パーセント、インターネットの別の記事でも「非小細胞肺がんの4~7パーセント程度」とあります(キャンサーブレティン誌の訳、日経BP「癌Experts」のPDF記事)。非小細胞肺がんは肺がん全体の85~90パーセントで、肺がん死亡数32万人ですから、小さい数の4パーセントをとっても1万人程度の患者さんが大幅に寿命が延びる可能性を得られると推測します。現時点では、観察期間が短いので「延命の正確な期間は評価できない」と書いた論文がありました。

このEML4-ALKを持つがんは、若年で非喫煙者、しかも従来のイレッサ(一般名ゲフィチニブ)やタルセバ(一般名エルロチニブ)の効かない人に多いので、とくにその群の方の福音となる理屈です。

本誌の別の記事「肺がんの個別化治療って、何?」に、遺伝子検査の費用は2万円、保険適用で3割負担なら6千円とあります。

疑問4:薬剤への抵抗性・耐性

分子標的薬に限らず、抗がん剤には使用につれて必ず抵抗性()が生じます。本誌に紹介された患者さんも、2008年11月に韓国で治療開始した第1例は劇的に改善したものの、2010年12月号の時点では亡くなっています。仮名永尾さんという方は、2009年11月に韓国で治療を開始しましたが、「最近少し効果が落ちているように思う。マーカーの低下が以前ほど急速でなくてなだらか」と述べています。

間野博行さん自身が耐性の問題を考察したものを読売新聞が紹介して「使用の間に突然変異が起こるのをみつけた」と述べています。とにかく突然変異がみつかって、それが広範に発生するなら、またそれをやっつける薬物を開発して対抗できる理屈で、間野さんは可能と考えているようです。

抵抗性=治療の効果がなくなること

新薬の開発が望まれる

肺がんの抗がん剤は、がんが広がって手術対象とならない状態で使える点が大きな利点です。消化器がん・子宮がん・乳がんなどと比較して、肺がんは手術可能な率が低く、薬物治療の意義が大きいので、その分だけ薬物の開発が望まれます。

しかし、雑誌の「奇跡」という表現は、大向こうの受けを狙う意図が表面に現れ、医療面の正確さで抵抗を感じます。

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