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前立腺がんの治療
選択の幅が広く、自分でも評価できる
すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。
前立腺がんの問題は2004年に1度扱いましたが、その後いくつかの要素が変化したので、再度検討し直しました。たとえば、私自身(1937年生まれ、74歳)を例にとり、PSA検査で高い値を示し、生検でがんが見つかったと想定して、そこから治療に進む道をたどります。診断は一応確定して、治療をどう選んで進めるかの検討です。
前立腺がん治療の大筋
前立腺がん治療に関しては、大きなテーマが2つあります。1つは高齢患者の場合は寿命に対する要求がとくに強くはない点です。たとえば私自身は現在の生活・体力・知力から考えてあと数年から10年ほど元気でいられれば満足で、90歳まで無理に生きたいとは考えません。その代わり、その間の生活のQOL(生活の質)を下げずに暮らしたい。つらい生活は避けたいのが当然で、身体中に転移が広がって痛みに苦しまないよう望みます。
そんな条件で、治療法の選択範囲はどうなるでしょうか。
医学書のメルクマニュアルにわかりやすい表が掲載され、前立腺がんに多い成長の遅いタイプで期待できる余命が短い場合は、経過観察で治療しないという選択がありうると述べています。でも一切治療しないのではなくて、転移が起こってから治療を加えるとの考え方です。
考えるべき要素は、一方で前立腺がんの種類・成長の速さと悪性度、もう一方で期待余命です。重症なほかの病気、たとえば心臓病・糖尿病・中枢神経系障害がある場合、そちらが寿命を制限するので、前立腺がんで生命を失うよりそちらの危険性が高いでしょう。
前立腺がんの外科手術は大手術です。重い心臓病のある人が手術を選んで生命を著しく短縮するのは丸損で無意味です。ほかに治療法がないなら、「一か八か」という考え方もありますが、前立腺がんは治療法選択の幅が広く、専門医まかせでなく自分でも評価できます。
グリソンスコア
PSA(前立腺特異抗原)高値で前立腺がんが疑われると、次のステップが組織の生検です。通常は肛門から針を入れて前立腺を刺して組織を採取します。そこまでの手順で疑わしければ刺す数が増え、最低で4カ所、多い時は20カ所ほど採取します。
このサンプルを顕微鏡的に調べて前立腺がんと診断された場合、がんの悪性度を「グリソンスコア」という指標で表現します。まずがんの悪性度を5段階評価し、「1」が最もおとなしいがんで、「5」が最も悪いがんです。
次に、得られた組織の中で最も多い成分と次に多い成分を加算してスコア化します。たとえば最も多い成分が「3」で、次に多い成分が「4」なら、グリソンスコアは「3」+「4」の合計「7」となります。最も多い成分が「4」で、次に多い成分が「3 」でもスコアは合計「7」ですが、こちらのほうが悪者の数が多いので予後(*)も悪いと判明しています。
全体として、スコアが「6」以下なら性質のおとなしい性質のよいがん、「7」は前立腺がんの中で最も多いパターンで悪性度は中くらい、「8」~「10」は悪性度の高いがんです。
この分類は治療法の選択に影響し、数値の極端に悪いものは、浸潤度が高いことを示すので、明確な浸潤や転移が見つからなくても、潜在的な危険度は高いといえます。
*予後= 今後の病状の医学的な見通し
手術療法
前立腺がんの治療法としては外科手術が大きな領域ですが、身体への負担が大きい上にQOLを下げる危険が大きいので、一応別格として「若い人用」としておきます。QOLの低下は、尿失禁と性的不能(勃起障害)が高い確率で起こります。
放射線治療と小線源療法
次の選択肢は放射線治療ですが、従来は体外から放射線を浴びせました。現在では「小線源療法」と呼ぶ手法が中心で、放射線の線源を前立腺組織に埋め込む手法が急速に広がっています。開発されたのが比較的最近なので、5年生存・10年生存というデータが十分には整っていませんが、現時点で比較した限りでは、体外型の放射線治療より劣ることはなく、また論理的にも優れていると考えられ、データが整ってみたら従来の放射線治療より成績が悪くはないことが推測できます。
従来の放射線治療が照射のために何度も病院に通う必要があるのに対して、この方法は放射線の線源を1度埋め込めば終わりです。もちろんPSAで効果を確認しますが。
小さな欠点ですが、埋め込んだ針が脱落することがあり、それが放射線を発するのでちゃんと拾って回収する必要があります。セックスして射精する際に、やはり脱落する可能性があり、そうすると相手の体内に残ってまずいので、1年間はコンドームを使うようにと書いてあります。元気でけっこう!
ホルモン療法
前立腺がんにはホルモン療法が有効で、がんの成長を遅らせる効果が強く、使うにはいくつかのアプローチがあります。
1. 黄体化(おうたいか)ホルモン放出ホルモンの抑制
下垂体が精巣(睾丸)を刺激するのを防ぎ、男性ホルモンであるテストステロンの産生を妨げる働きを利用します。ある一定の頻度で注射し、PSAを指標に注射を続けます。
2. テストステロン阻害薬
テストステロンの産生と放出は阻害せず、作用を阻害する薬物。経口摂取できますが、毎日服用する必要があるようです。
3.除睾術(両側精巣摘出術)
効果は1、2と類似します。絶対的に確実で、しかも薬物摂取の必要はないのが利点ですが、心理的な影響が大きく、最近では適用頻度が減っています。
以上の3つの方法は、いずれもテストステロン値が低下するが故に有効ですが、それによる副作用もあります。体のほてり、骨粗鬆症、気力の低下、筋肉量の減少、むくみによる体重増加、性的欲求の低下、体毛の減少、乳房の肥大(女性化乳房)などが起こり、勃起機能不全も発生します。
放射線治療とホルモン療法の関係
放射線治療とホルモン療法は、当初から双方を組み合わせる場合もあるようですが、標準的な手法は放射線治療で開始して、それでがんの広がりや転移が起こるようならホルモン療法を組み合わせます。
放射線治療でがんを根絶できる可能性がありますが、がんが残存した場合、放射線の効果は10年程度とされ、それ以上経過すると感受性が落ちるようです。
そうなったらホルモン療法に切り替えます。こちらも数年~10年有効ですから、合計20年ほど対応できることになります。ホルモン療法は転移があっても有効なので、がんが広がったり転移したあとで使う切り札にとっておくのが合理的でしょう。
今回おじゃましたサイト
国立がん研究センター がん対策情報センター がん情報サービスグリソンスコア
九州大学大学院医学研究院泌尿器科学分野トピックスの放射線治療
※ホームページのURLは、2011年6月29日現在のものです。30日以降のURL変更等につきましては、ご容赦ください