11年間5000件に上る血液がん患者さん電話相談の現場から
患者さんが言いたいけれど言えない「もう一言」を受け止めたい

取材・文:常蔭純一
発行:2008年9月
更新:2013年4月

  
橋本明子さん
NPO法人
血液情報広場つばさ代表の
橋本明子さん

97年から5000人以上の電話相談を受けてきた、血液がん患者団体「NPO法人血液情報広場つばさ」代表の橋本明子さん。
今年6月には、血液がんと乳がんに相談領域を広げて、NPO法人「日本臨床研究支援ユニット」が事務局機能を担う
「がん電話情報センター」にて、電話相談にあたっている。日々受けている電話相談から感じた、血液がん患者さんの苦悩や言いたいこと、患者視点からの医療現場や行政に対する思いなどをうかがった。

治療と闘病期間が長く、病気が複雑で理解しにくい

ニューズレター「ひろば」

わかりやすい情報誌「つばさ」と治療フォーラムなどのお知らせが掲載されたニューズレター「ひろば」

「担当医から、コツズイイケイ何とかという病気と診断されました。いったいどういう病気なのでしょうか」

「骨髄異形成症候群という病名ではありませんか。病気についてくわしくお知りになりたい場合は資料をお送りすることもできます」

現在は血液がんと乳がんの患者さん・家族を対象としている電話相談センター「がん電話情報センター」には毎日、何件ものこうした相談が寄せられる。

「たとえば白血病には、急性骨髄性白血病、急性リンパ性白血病、慢性骨髄性白血病、慢性リンパ性白血病などにわけられ、またそれぞれにいくつもの種類があります。血液がんは他のがんよりも病気そのものが複雑で、また治療期間が長いという特徴があります。そのため、病気や治療法理解のための相談は他のがんよりも多いかもしれません」

こう語るのは、血液がんの患者団体「NPO法人血液情報広場つばさ」代表で、がん電話情報センター相談主任の橋本明子さん。

「長い闘病生活の中、患者さんとその家族の心がいっぱいいっぱいになるときがあります。診断直後はもちろん、経済問題で先行きを考えたとき、治療効果が出ないことがわかったとき、治療終了のあと、再発を疑い始めて……。
表面的には冷静に病気理解や治療成績についての質問でも、実は相談者の思いは複雑に混乱している場合があります。その恐れや不安が潜んでいます」と、橋本さんはいう。橋本さんを含む相談員は、相談内容だけでなく、相談者のそうした心情をも汲み取るため、相談者が発する1つひとつの言葉を聞きもらさないよう受話器に向かっている。いきおい相談は長時間に及び、1件の電話対応時間は30分を超えることも多いという。

「相談者は話したいことを深層に持っています。それを誰にも話せずにいるから、苦しくなっている。私たち相談員の基本姿勢は、『傾聴』です。相談者の話をただうなずいて聴くことで、『声(こえ)呼吸』をしていただきます。電話をかけてきた人自身が充分話す(深い呼吸をする)ことによって、気持ちが開放されます。実際、相談者の声は、電話をかけてきたときと、電話を切る頃には変わっていて、和らいでいます」 と、橋本さんは語る。

愛息の病気を機に電話相談をスタート

写真:「つばさ」時代の電話相談受付票バインダー

「つばさ」時代の電話相談受付票バインダーが棚にずらりと並んでいる

橋本さんが「つばさ」で白血病患者さんの電話相談を始めたのは、「厚生科学研究班『小寺』班」の依頼に応じた1997年12月。すべての始まりは、橋本さんの愛息が1986年に慢性骨髄性白血病(CML)と診断され、骨髄バンクをつくる活動家となったことだった。92年に橋本さんはまだ10代だった愛息を亡くしているが、電話相談の実施にあたって橋本さんに協力依頼があったのも、骨髄バンク承認までの尽力が買われてのことである。

橋本さんが電話相談の運営に着手することに決めたのも、やはりそうした自らの体験に鑑みてのことだった。

「息子に病気が見つかった頃の日本には、骨髄バンクという言葉すらありませんでした。
1989年に国会で骨髄バンクが承認されましたが、システムはできていませんでした。病気は待ってくれませんので、息子のドナー(骨髄提供者)を探すために、1990年、すでに動きだしていた全米バンクに登録をしに行きました。日本からドナーを探しに来たということで何件もの取材依頼がありました。その中の1社の、ある記者からインタビューの最後に『アメリカまで来た母の思いを、もう一言話してください』とコメントを促されたのです。そのときに、それまで抑えていた感情が一気にあふれ出るのを感じました。感情の奥の扉が開放されて、私も母という当事者であると初めてのように認識しました。そして、私もとても疲れているし、本人はもちろんのこと夫も娘も皆、懸命に耐えていると思うと同時に息子に対する愛情を再確認することもできました。そんな自らの経験から、がん患者さんやその家族には、話したいけれど話せないでいる『もう一言』があるに違いない。その『もう一言』を聴くことができればそれは治療・闘病に何らか役立つのでは? と思ったのです」

電話相談は橋本さんが代表をつとめる「NPO法人血液情報広場つばさ」で、1997年12月~2008年6月まで行われ、11年間にわたる相談件数は5410件に上った。今年6月には、血液がんと乳がんに相談領域を広げて、NPO法人日本臨床研究支援ユニットが事務局機能を担う「がん電話情報センター」にて、電話相談にあたっている。

情報の氾濫で、かえって戸惑う患者さんも

2000年頃からインターネットが普及し、患者側も容易に情報を得ることができるようになった。しかし、橋本さんから患者さんの相談内容を聞くと、一般的にはあまり知られていない血液がん患者さんの不安を知ることができる。

「患者さんやその家族にとって、病気そのものや治療について理解するための情報は必須です。しかし、インターネットの普及なども相まって、いまの社会は情報氾濫しているのが実情です。それが逆に不安や治療に対する不満を募らせる結果につながっているケースも少なくありません。そんな中でも尚、患者さんや家族はたえず情報を求め続けています」と、橋本さんはいう。

「たとえばセカンドオピニオンという言葉が、現在はあたかも『必須』のように使われます。しかし、日本人全体がこれを正しく理解できているとは思えません。医療者の間でも、共通の概念になっているでしょうか? 時に患者・家族は、治療がうまくいっていない不満を、担当医への不満として感じ、それが漠然とした『転院希望』となって『セカンドオピニオンを聴きに行きたいのですが』という相談になっている場合があります」

また、「今、自分が入院している病院にこのまま居ても良いでしょうか」という相談も案外多いとか。時にはそれが高い治療実績を持つがん専門病院に入院している患者さんから、同様の相談が寄せられることもあるという。

「インターネットの普及などで情報が氾濫していることもあり、患者さんはたえず新たな情報を探し求めています。今、自分が受けている治療よりもっと効果的な治療法があるのではないか、その治療を行ってくれる病院があるのではないか、といわば疑心暗鬼のような状態になっているのかもしれません」

このような相談の場合には、相談員は患者さんの声にじっくりと耳を傾けながら、「今、病気はどのような状態ですか」「これからどんな治療が行われる予定ですか」と、患者さんの現況を本人と一緒に確認していく。すると、多くの患者さんは自らの病院選択、医師の治療法が正しいことを再確認し、現状に納得し、安心するという。


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